第15話 もう一人の魔女の娘
私の名はフィルシャンテ。
ブラノア伯爵家の一人娘として両親に大切に育てられた。
何不自由ない貴族令嬢としての暮らし。優しい両親。
父は国の将軍職だったけれど、家では穏やかで誠実な父親だった。母は派手な事を好まない物静かな人で、貴族らしくないというのか、子供の私を乳母に任せきりにすることはせず、細やかな愛情をかけてくれるような人だった。
ただ、私には秘密があった。幼い頃から自分自身の姿が本来の自分でないことに気づいていた。
――――いや、だんだんと理解していったと言えば良いのだろうか?
時折、鏡に映る自分の姿が自分でない。そういったことは何度も起こった。
それは誰の目にも見えるものではなく、私だけが気づくことだった。
豊かな赤い巻毛に緑の瞳。
鏡に映る姿は、皆が私として見ている金髪に薄い水色の瞳をした、妖精の様だと評される儚げな印象を相手に与えるいつもの姿ではなく、赤毛に緑の瞳の勝気そうに見える全くの別人だった。
これはだれ?
見直すといつもの自分の姿に変わっている。そういうことが何度あったろうか?
誰にも言えず、思い悩むことが多くなった。王都では特別にブラノア家には許されて置かれている竜が私に懐かないことにも気づいた。私は竜騎士の家を継げないのかもしれない。
10歳になる頃に身体に異変を感じた。身体から鉛のような重さを感じる。それまで風邪一つひかない身体だったにもかかわらず体中の節々から感じるギシギシとした違和感。これは何だろう?
心配させたくなくて誰にも言えない。いや、この人では起こりえないような異常を知られるのが恐ろしい。それにこの秘密が知られたら、私はここから追い出されるかもしれない。
胸に渦巻く漠然とした不安。
そんな時、夜中にあの人が寝室に現れた。家に張られた防御魔法など意にも介していない様子だった。
私のもう一つの姿に酷似した赤い髪に緑の瞳をした人。
ああ、この人はもしや・・・。
彼女は私に、自分は『棘草の魔女』だと名乗った。
そして、「貴女の身体は作り物で、いずれは壊れてしまうけれど、今のうちは直してあげられるから任せてほしい」と言われたのだ。
彼女の言葉通り、彼女が私に触れて呪文を唱えると節々の異常がなくなった。
「貴女は本来は魔女として生まれてくるはずだったけれど、亡くなってしまったから魂を新しい入れ物に入れ替えたの。私の作った人形に。『魔女の取り替え子』とでも言うのかしら、こうすれば人として普通に生きられる時間が長くなるから・・・」
『妖精の取り替え子』なら、聞いたことがあったけれど、そんな言葉は知らない。この人は何を言っているのだろうか?
それから何度か身体の不調が出た。すると決まって魔女が現れて治してくれた。その度に少しずつ私に真実を魔女は私に告白したのだ。
私は父とこの人との間に生まれるはずの子供だったという話。
嘘ではないのだろう。けれども私にとって、母とはブラノア伯爵夫人だけだった。
父のしたことは褒められた事ではないが、この人のしたことは人として許されない事だった。
けれども、この人は魔女であり人ではないのだ。そして、私も。
自分勝手な魔女の行いは、それでも誰も咎められない。
私はこの人のしたことを教えられても、どうすることも出来ず長い間ずっと、結論など出せぬまま思い悩んだ。
「悩むだけ、考えるだけ魔女の魂は成長するのよ。もっと成長して、そして自分の力で生きられるようになってくれたら・・・そうしたら・・・」
時折、魔女は私には理解できないことを独り言ちた。
時間をかけて、あの人の語ることを自分の中で消化して行き着いた真実。魔女は、私と入れ替えた本物の伯爵家の娘の魔力を私に与えていたということ。それは色々な理由を重ねてはいたけれど、入れ物の中の私を生かす為だ。なんて酷いことをするのだろう。
その娘の魔力が無ければ、私は人として健やかに生きては来れなかったはずだ。娘はきっと魔力を奪われて不自由な生活をしていたに違いない。
それがもし逆の立場だったら、私だったら、そう考えると気がおかしくなりそうだった。
お母様は本当の娘を奪われて、魔女の娘を育てさせられていたと知ったらどうするのだろう。まるでカッコウの托卵のよう。なんて悲しい・・・なんて苦しい。
「貴女が罪悪感など感じる必要はないのよ。成人の誕生日が来たら、貴女は消えて、本当の娘が貴女の居場所に戻るの。ねぇ、全部悪いのは私、全て棘草の魔女のやった事」
私が消えてなくなると言うことは私にとって救いなのだろうか?消えてしまう事が何をしても良い理由にはならないはずだ。
戦の前に魔女が現れて私を抱きしめた。
「誕生日前には戦を終わらせて会いに来るわ。私の術は誕生日までしか効かないけれど、その先はあなたの力で道を切り開けるようにするから」
だけど、棘草の魔女は死んで、私に魔力を奪われていた本物がここにやって来た。
その本物は、私が考えていたような哀れみを感じさせるようなものは何も持っていなかった。
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