第73話 心休まる休息のひととき
望月からのメッセージが送られて来てから1週間ほど経過して5月も中旬に入った今日、俺は久々に実乃里とデートをしている。
春らしく果物狩りをするために2人で遠方にあるいちご農園まで来たのだ。
公務員の一次試験が終わるまでは中々デートにも誘いづらい雰囲気ではあったが、ようやく終わったため今回俺から誘った。
この1週間は望月のせいでかなり精神をすり減らしてしまったので、今の俺には実乃里という癒しが必要なのだ。
ゼミの帰りに大学の駐輪場で望月が待ち伏せしている姿を見た時はバイクを放置してタクシーで家まで帰る羽目になったし、元バイト先であるコンビニに頻繁に来て俺の事を探し回っていたと同僚から教えてもらった時には最悪の気分になっていた。
警察にストーカーされていると相談しようとも思ったが、今のところは何も実害が無く相手にすらされない気がしたので行ってない。
「春樹君、朝からずっと浮かない顔してるけど大丈夫?」
「ちょっと最近色々あってな……」
実乃里にはあまり心配をかけたくなかったため望月から送られてきたメッセージの件については一切話していない状態だ。
望月の一件は俺が原因で引き起こしてしまった問題と言えるため、実乃里を巻き込んでしまう事だけは絶対に避けたい。
「そっか……でも私も一次試験終わったし、春樹君も内々定が取れてひと段落したんだから今日のいちご狩りは2人で精一杯は楽しもうよ」
「そうだな。久しぶりのデートなんだし楽しもうぜ」
実乃里の言葉に元気付けられてテンションの高くなった俺は、彼女の手を取って受付へ行く。
そしてそこで料金を払った俺達はチョコソースと練乳の入った専用のトレーを受け取ってハウスへと移動する。
「うわー、あっちもこっちもいちごだらけだ」
「いちごの甘い香りも漂ってくるし朝ごはん食べたはずなのにめちゃくちゃお腹すいてきた」
まるで子供のようにはしゃぐ実乃里に対して俺もそう共感してつぶやいた。
「じゃあ制限時間もあるし、早速食べようよ」
「だな、取ろうか」
俺達は周りの家族連れやカップル達に混じって2人で仲良くいちごを取り始める。
「種類がたくさんあるみたいだし、色々食べ比べができるね」
「いちごに種類なんてあったんだな、全然知らなかった」
貰ったパンフレットにも書かれていたがこの農園では紅ほっぺ、おいCベリー、よつぼし、さちのか、あまえくぼ、あまおとめ、しずくっこ、もういっこという8品種のいちごが栽培されているらしい。
いちごからヘタをちぎった実乃里は練乳を付けると、一口食べる。
「めちゃくちゃ美味しい! 春樹君も食べてみてよ」
実乃里から食べかけのいちごを目の前に差し出された俺は、そのままパクりと食らいつく。
「うん、確かに甘くて美味しいじゃん」
「でしょでしょ、どんどん食べようよ」
それから俺達は制限時間の40分が経過するまでハウス内をひたすら歩き回っていちごを食べ続けた。
「もう流石にお腹いっぱい、今日はもう昼ごはん食べなくてもいいくらいだよ」
「俺も……」
調子に乗って食べすぎてしまったせいで俺達2人は共にハウス外のベンチでダウンしている。
「でも久しぶりに2人ではしゃげて楽しかったね」
「そうだな、最近はお互いに忙しくて全然時間が取れなかったもんな」
就活で忙しかった俺と公務員試験の勉強で忙しかった実乃里は中々タイミングが合わずデートも一切出来なかったのだ。
「デートはまだ始まったばかりなんだし、もうちょっとだけ休憩したら次の場所へ行こうぜ」
「うん、次は牧場でチーズ作り体験だよね」
それから休憩を終えた俺達は農園に併設された牧場に向かって歩き始める。
「私チーズ作りは初めてだから楽しみだよ」
「俺も初めてだから上手くいくかちょっと心配なんだよな……」
「九相津温泉で湯もみをやった時もだいぶ苦戦してたもんね。安心してよ、万が一上手くいかなくても私の作ったチーズを分けてあげるから」
俺が失敗する事前提でかうように話してくる実乃里を見て、俺は絶対に成功させてやると密かに心の中で誓う。
そんな雑談をしながら歩いているうちに牧場に到着した俺達はチーズ作り体験の受付を済ませた後、他の参加者達と一緒にまず牛についての知識と飼育の仕方などを学ぶ。
そして次にチーズの材料と作り方の説明を受けた後にチーズ作りの本番がスタートする。
「えっと、まずはこれを細かく刻んでいけばいいんだよな」
「そうそう、それでその後お湯に入れてひとまとめにしていくんだよ」
俺と実乃里はそれぞれチーズのもとになる
「おっ、今回は上手くいってるみたいだね」
「当たり前だろ。一緒に参加してる小学生くらいの子でも問題なくできてるっぽいのに俺ができないのは流石に情けなさすぎるからな」
俺は丸めたチーズを手で延ばしこねて形を整えながら、話しかけてきた実乃里に対してそう答えた。
後はある程度形が整ったチーズを氷水の中に入れて5分間ほど冷やして固めて、食べやすいサイズにカットすれば完成だ。
「よし、完成した」
「私もできたよ」
俺も実乃里も無事にチーズを完成させる事ができたためチーズ作り体験は無事終了となった。
「チーズ作りも結構楽しかったね。どうやって作ってるかも分かったし、良い勉強になったよ」
真面目すぎる発言を聞いてつい俺が笑ってしまうと、実乃里は抗議の声をあげる。
「もう、なんで笑うのよ」
「ごめんごめん、こんな時まで勉強って単語を出す実乃里が真面目で可愛いと思っちゃってさ」
実乃里はほっぺを膨らませて俺を睨んでくるが、まるでハムスターに威嚇されているようにしか感じられず、はっきり言って全く怖くない。
こんな感じの流れになるのはかなり久しぶりだな。
俺がそんな事を考えていると実乃里はゆっくりと口を開く。
「……いいよ、許してあげる。その代わりまたデートで春樹君のおすすめの場所に連れて行ってよね、約束だよ」
「勿論だよ、実乃里の喜びそうなところを探しとくから」
「やった、楽しみにしてるね」
こうして久しぶりのデートは幕を閉じ、望月のせいで精神的に疲れていた俺にとって心休まる休息のひとときとなった。
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