第66話 味方

「今日の面談は以上になります、今後の選考スケジュールについてはまた後日追って連絡するのでよろしくお願いします」


「ありがとうございました、それでは失礼します」


 3月になり約1週間が経過した今日、俺は四菱商事の人事面談を受けていて、今ちょうど終わったところだ。

 面談は約1時間ほどであり終始カジュアルで穏やかな雰囲気ではあったが、時々鋭い質問も飛んで来ていたため一瞬たりとも油断はできず、何とか無事に終わって安心している。

 個人的な感触としては恐らく問題は無いと思っているので、後は大人しく結果を待つだけだ。

 かなり緊張する面談だったが、以前インターンの選考に参加させて欲しいと人事部に熱弁した電話についてを触れられ、その行動力とガッツについても高く評価していると言われた事は嬉しかった。


「……あっ、そうだ。遠江銀行の東京支店って確かこの近くにあるんだよな、明後日が面談の予定だからついでに支店の場所を下見してから帰ろう」


 四菱商事の本社ビルを出て暗くなり始めていた道を歩いて駅に向かっていた俺は、スマホのマップで遠江銀行東京支店を検索して向かい始める。

 目的地は四菱商事本社から歩いて5分もかからないくらいの距離にあり、すぐに到着することができた。


「へー、東京支店ってビルの中にあるのか」


 初めて東京支店の外観を見た俺はそう言葉をつぶやく。

 地元にあった遠江銀行の支店は2階建てくらいのこじんまりとした建物ばかりだった記憶があるため、オフィスビルの中にある東京支店は凄く特別感があるように感じたのだ。


「そんな複雑な場所にあるわけじゃないし、ここなら特に迷う事なく来れそうだ」


 場所を確認して満足した俺が再び駅に向かって歩いていると見覚えのある建物が視界に入ってきたたため、つい足を止める。


「ここって2年の後期TOEICで通ってた予備校じゃん。最近来てなかったから忘れかけてたけど、この辺だったよな」


 実乃里と出会ったきっかけを作った予備校の建物を見て俺は懐かしい気分になった。

 あの時成績優秀者にならなければTOEICを頑張る気にもなれなかったし、実乃里と出会うことすら無かったんだろうなと内心で色々考え始めていると、建物から見覚えのある人影が出てくる。


「あれ、春樹君だ。こんな所で何やってるの?」


「えっ、実乃里じゃん。そっちこそどうしてここにいるんだ?」


 何と予備校から出てきたのは実乃里だったのだ。


「私は公務員試験の対策講座をここで受けてるからだよ」


「……ここの予備校って公務員試験用のコースもあったのか。てっきり他の予備校で勉強してるもんだと思ってた」


 地方公務員を目指している実乃里が以前から予備校に通っている事は知っていたが、俺が通っていた予備校には専用のコースが無いと勝手に思い込んでいたため、ここに通っているとは思いもしなかった。


「俺は就活の帰りで、たまたまここの前を通りかかって懐かしい気分になったから見てただけなんだよな」


「なるほど、それでスーツを着てるんだね。スーツ姿は今日初めて見たけどかなり似合ってるよ」


 そう実乃里から褒められた俺は嬉しい気持ちになり思わずその場で舞い上がりそうになる。

 自分の彼女にスーツ姿を褒められて喜ばない男なんてこの世にはいないに違いない。


「ありがとう、頑張って就活用に一生懸命髪をセットした甲斐があったよ」


 俺はかなり上機嫌な態度でそう答えた。


「そう言えば春樹君って今日はまだ予定あるの? せっかく会えたんだし、もし良かったら一緒に晩御飯を食べにいきたいなとか思ってるんだけど」


「今日の予定はもう全部済んだから大丈夫、行こうか」


「やったー、どこにする?」


 歩きながら実乃里と何を食べるかを話し合い、駅近くにあるファミレスへ行く事を決めた。


 


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 


「ここに来るのは結構久しぶりだな」


「だね、予備校の授業が終わってからよく一緒来てたもんね」


 このファミレスは予備校で実乃里とアニメという共通点で仲良くなってから帰りによく来ていたので、思い出の場所と言えるだろう。


「私はカルボナーラにするよ」


「実乃里は毎回それを頼んでるイメージがあるな」


「……だって好きなんだもん」


 ほぼ毎回同じメニューを注文している実乃里をからかうと少し恥ずかしそうにそう答えた。


「俺はミックスグリルにするか……ワインが美味しそうに見えてきたし、ちょっと飲みたくなってきた」


 面談で疲れていて何かご褒美が欲しくなった俺はドリンクメニューに載っていたワインを頼もうかと少し思い始める。


「じゃあ私も飲みたい」


「ならワインも頼もうぜ、すみませーん」


 店員を呼んだ俺は注文を伝え、それからしばらく待っているとテーブルに運ばれてきた。

 最初は普通に雑談しながら食べていたのだが、お互いにアルコールが回り始めるとだんだんテンションがおかしくなってくる。


「ねえねえ、春樹君の前付き合ってた人ってどんな人なのよ? 私とその人ならどっちと結婚したいか今すぐ答えてよ」


「その話もう3回目だよ。望月の事はさっき散々話したし、結婚するなら実乃里以外あり得ないから」


「あっ、結婚するなら私って今言ったよね。新婚旅行はイタリアに行きたいからよろしく」


 アルコールのせいか実乃里は普段なら絶対喋らないような事をハイテンションで話しているが、もしかしたら日頃から言いたかった事を言っているだけかもしれない。

 色々恥ずかしい事も口走っていたが、実乃里はアルコールが入ると記憶が飛ぶため明日になったら綺麗さっぱり忘れているはずだ。


「そろそろいい時間だし、帰ろう」


「うん、ごちそうさま」


 俺達は会計を済ませるとファミレスを出て駅へと向かって歩き始める。


「ねえねえ、どこに向かってるの? 変なところに連れ込んじゃダメだよ。あっ、でもやっぱり春樹君ならいいよ」


「駅に向かってるだけで変なところには連れて行かないから安心しろ」


 酔った実乃里の相手を適当にしながら手を繋いで歩いていると、一瞬黙り込んだ後実乃里は真面目そうな表情となり口を開く。


「私は何があっても絶対春樹君を裏切らないし、これからもずっと味方だから」


 突然の事に俺が驚いていると先ほどのシリアスな雰囲気から一転し、実乃里は再びハイテンションな様子で話し始める。


「……ありがとう、実乃里」


 俺は静かに感謝の言葉をつぶやいた。

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