第3話 ドン底からの再起

「最悪だ、辛すぎる。もう死にたい……」


 自分の部屋の机にうつ伏せて、俺はそう言葉を漏らした。

 俺はつい先日、初めて出来た彼女から浮気をされた挙句ストーカーにでっち上げられてサークルからも強制的に除名されてしまった事で、今人生のどん底とも言えるような状態となっている。

 サークルから除名された直後はまだ頭に血が上っていてその理不尽さに対して激しく怒り狂っていたが、時間が経つにつれてどんどん喪失感が強くなっていき、今ではすっかり落ち込んでしまっていた。

 除名は自分が狙っていた女である望月と先に付き合った気に入らない後輩、つまり俺をサークルから追放するために秋本が主導で仕組んだ事に違いない。

 さらにここ数日の間、大学のキャンパス内を歩いていると”ストーカー君”や”性犯罪者”などと元サークルのメンバーから罵詈雑言を容赦無く浴びせられるなど、複数の嫌がらせを受けていたのだ。

 何も悪い事をしていない俺がなぜこんな酷い目に合わなければならないのかと毎晩悪夢を見るレベルで苦しみ続け、精神的にかなり追い詰められている。

 ちょっと前まで彼女ができてリア充になったと浮かれた気分になっていた俺だったが、今や何もかも失ってしまったと言っても過言では無いだろう。


「……もう嫌だ、何もかも忘れたい」


 そんな呟きをしていると床の上に無造作に置かれた授業のノートとテキストが目に入ってくる。


「……そうだ、勉強でもして気を紛らわせよう。とにかく時間だけはたくさんあるからな」


 それから俺はひたすらテスト勉強に打ち込む事を決めた。

 今の俺は何かしらの現実逃避をする手段が無ければ発狂してしまうほどの酷い精神状態となっていて、勉強であれば気が紛れて現実逃避になるのでは無いかと思ったのだ。

 俺はサークルを追放された事によって去年の今頃よりも自由時間が圧倒的に増えており、気づけば寝ている時間とアルバイトの時間以外の全てを勉強に費やすような生活をテスト期間中ずっと続けていた。

 そして迎えた定期テスト本番、俺は全ての教科で9割近い得点が出たのでは無いかと言えるほどの手応えを感じている。

 だがそれは当たり前だろう、あれだけ死ぬほど必死こいて勉強を続けていれば嫌でも問題は解けるようになるのだ。

 平常点も出席や小テスト、レポート提出などを毎回欠かさず行っていた事を考えると、問題なく取れているため、今回のテスト結果はかなり期待できるのではないだろうか。


 


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 


 それから1ヶ月後、ようやく俺の心の傷が癒え、立ち直り始めていた時期に期末テストの成績発表が行われたのだが、スマホに表示された成績表を見てめちゃくちゃ驚いた。


「……えっ、GPA3.91!?」


 GPAの基準は大学によって異なるが、俺の通う西洋せいよう大学の場合は0〜4段階の評価となっていて数字が高いほど優秀となる。

 GPAの平均は大体2.4~2.8くらいだと言われているので、ほぼ4に近い俺の成績はびっくりするくらい良いと言えるのだ。

 今回のテストは現実逃避するために無心で勉強していた事もありかなり自信があったのだが、まさかここまで良い成績になるとは正直思っていなかった。


「この成績なら多分学生表彰に呼ばれるよな」


 成績優秀者は学長から表彰され来学期分の学費が免除になるという制度がうちの大学には存在している。

 GPA4は恐らく存在しない事を考えると、経済学部2年生のトップはほぼ確実に俺で間違い無いだろう。

 しばらく待つと大学の電子掲示板が更新され、学年学部別の成績優秀者の名前が貼り出される。

 さっそく見てみるとその中には俺の名前も勿論載っていたため、成績優秀者である事が確定した。

 成績発表から一夜明けた次の日、俺がアルバイト先である大学内のコンビニへ向かっていると、見覚えのある奴らに突然道を塞がれる。

 それは元カノである望月と腹の立つ先輩である秋本、その他名前すら覚えていない元サークルメンバー数人だった。


「ストーカー君が成績優秀者になるなんて世も末だな。お前実はカンニングでもしてたんじゃねえのか」


「そうだそうだ、お前みたいな人間のクズが成績優秀者なんかになれるわけないだろ」


 秋本は開口一番に俺に向かってそう言い放ち、周りにいた取り巻きたちも何やら騒ぎ始める。

 どうやら成績優秀者の中に俺の名前があった事が気に食わないらしく、絡んできたのだろう。

 その上、何を根拠にカンニングしたと主張しているのかは全く理解ができないが、どうやら彼らの頭の中で俺はカンニングをしたクズ野郎という事になっているらしい。


「そう思うなら学生部にでも綾川がカンニングしてましたって報告でもしてみろよ。まあ多分相手にすらされないと思うけどな」


 俺が呆れ顔でそう言い返すと秋本たちは黙り込む。

 うちの大学は不正行為に対する対策をかなり厳しく行なっているため、ペーパーの持ち込みやスマホを使ったカンニングなどはまず無理なのだ。


「ちっ、行くぞ。こんな奴に構ってる暇なんて無いからな」


 流石に自分達の主張には無理があると感じたのか、秋本達はそんな捨て台詞を残して去っていく。


「わざわざ待ち伏せして絡んできたくせに何を言ってるんだよ」


 その場に残された俺は、今の気持ちをそう呟いた。

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