21章 疑惑の部隊

254)梨沙少尉の疑念①

  「……おーい、どしたの姉御ー? こんな所呼び出して……」



 特殊技能分隊の民間技官、垣内志穂は上官である坂井梨沙少尉に呼び出され……とある場所に来ていた。



 志穂が呼び出されたのは……中部第3駐屯地の屯基地内にある、薄暗い倉庫の一室だった。



 「あー悪いな……此処なら誰も来ないし、見られる事もねーからな……って思ってさ」


 「!? ちょ、ちょっと……姉御! いくら腹黒大佐から夜の相手されないからって、この私に手を出すなんて……! こう見えて私は女っすよ……!」



 声を潜めて話す梨沙に対し、志穂は後ずさりしながら両手で体を守り、大いに動揺して叫ぶ。



 「あ、あほか! そ、そんなんじゃねーよ! 女のお前に手を出さなくても、ちゃんと相手にされてる……でも……確かに最近、回数が減ったけど……アイツも忙しいし……。は!? ち、ちがう! 何を言わせんだ!」


 「……あー面白いですねー、ちょっとイジると、この反応……」



 ”ゴッ!”



 動揺して赤くなりながら私生活を暴露し、更にパニックになる梨沙。



 そんな彼女を見て小馬鹿にした志穂は、脳天にゲンコツを喰らう。志穂にからかわれた事に激高した梨沙によるモノだ。



 「……うー……」

 「自業自得だ……」



 ゲンコツを喰らってうずくまる志穂に、赤い顔でプリプリしながら言い放つ。



 「いてて……こんな人気の無い所に呼び出したのが、逢引きじゃ無いって言うなら……何なんですか?」


 「……全く飛躍し過ぎだろう! コホン! 話を進めるぞ、全く! ……お前を呼び出したのは、他でも無い……調べて欲しいんだ。……拓馬を……いや、安中大佐を……」


 「えー!? まさか浮気調査に部下を使う気!? 言っとくけど……相場、一時間10000円は必要……」


 

 ”ゴッ!”



 梨沙の“安中大佐を調べて”と言う言葉に、浮気調査と決め付けドン引きした志穂が騒ぐが……直ぐに梨沙のゲンコツが炸裂した。



 「アホか! 拓馬は……そんな事はしない。……いや……“今の”拓馬は……絶対アタシを傷付ける事はしない……。だけど……“昔の”拓馬なら……浮気なんて平気だったな……。最低且つ最悪のクズ野郎だったから……」



 ふざけた志穂にゲンコツを落とした梨沙は怒りながら話す内に……安中との過去を思い出しながら自虐的に呟く



 「いつつ……、えーっと……ノロケ話を聞かされる為に……こんな所に、私を連れ込んだんすか? そんな話なら、居酒屋で大吟醸チビチビやりながら聞きますよ! もちろん姉御のオゴリで! ……でも、あの大佐に、そんな黒歴史あったんですか? 今も腹黒ですけど、ちょっとイメージ違うなー」



 そんな梨沙に対し、志穂は頭を摩りながら疑問を口にした。



 「……ああ……今の拓馬は……別人だ。本当に生まれ変わった様にな……。昔の拓馬は、人を利用する事しか考えていなかった……。アタシも、その利用された一人さ。昔のアイツは私と付き合いながら……陰で女を侍らせていたんだ。そして、自分の出世の為に、人を蹴落とす様な奴だった。

 アタシと同い年にも関わらず、大佐なんて立場なのは……アイツ自身優秀なのも当然だが、自分がのし上がる為に、裏で散々どす黒い事をしてたからさ。

 だからこそ、新見元大佐ともウマが合ったんだろう……。新見の野郎も昔の拓馬以上にクズ野郎だからな。

 もっとも……馬鹿で子供だった当時のアタシは、昔の拓馬に騙されて、散々遊ばれた挙句……簡単に捨てられたけど……」



 「え……えーっと……それは……ご愁傷様? でも……そんなトラウマレベルのクズ野郎と……何で姉御はヨリ戻してんの? は!? こう見えて、姉御は意外にドМの変態……」



 ”ゴッ!”

 


 嫌な過去を思い出して、遠い目をしながら語る梨沙に対し、志穂は遠慮なくストレートに思った事を口にしたが……梨沙は言葉で返答する代わりにゲンコツを喰らわした。



 3回目のゲンコツを喰らった志穂は涙目で蹲るが、梨沙は彼女に構わず語り出す。



 「……そう……ガキの頃のアタシは昔の拓馬に、手酷く裏切られた所為で……しばらくは病んだよ……。だけど、当時は戦時中でさ……病んでる場合じゃ無かった……。生きる為に必死で……。いつしか、昔の拓馬の事は……若い時の思い出になった。もっとも……思い出したくない最悪に嫌な思い出だったけどな……。

 そして、8年前……この中部第3駐屯地に任務で偶々、立ち寄った時……アタシは再び、拓馬に会ったんだ……」


 「……ゴクリ……そ、それで……どうなった!? 感動の涙って訳は無いよな……。ま、まさか! ドМの姉御は尻尾を振って駆け寄った!?」



  ”ゴッ!”



 「んな訳あるか!」

 「い……痛い……」



 安中との再会を語る梨沙に、生唾を飲み込んで興奮する志穂。調子に乗って余計な事を口走った為、またも梨沙のゲンコツを喰らい志穂は苦悶の声を漏らす。



 「……全く懲りん奴だなー。話を戻すぞ……アイツと再開した際……アタシは思いっ切り拓馬に右ストレートをブチかましてやったわ!」


 「おおお!! カッコイイ!!」


 「……その後……アイツは、拓馬は……何度もアタシの所に来て、頭を下げやがった。この中部第3駐屯地から、アタシが離れた後もな……。拓馬の奴が謝りに来る度、アタシは右ストレートを喰らわしてやったが……拓馬は懲りずに何度も謝りに来るもんだから……その内、馬鹿らしくなってな……。色々有って……それで、ついに許してやったんだ。それから、一緒に飲む仲になったのさ。

 そして……アタシが、中部第3駐屯地に戻って来てから暫くして……拓馬と付き合う様になったんだ……。もう一度な……」


 「えー意外ー! あの腹黒大佐にそんな一面が……! うん? 最初に聞いていたクズっぷりとの格差が凄くね? 腹黒大佐、もしかして洗脳でもされた? それとも寺に出家したとか?」



 安中大佐との過去を話した梨沙に対し、志穂は女子らしく大いに盛り上がったが……過去の安中と、現在の姿が余りに豹変した事に違和感を感じ、梨沙に問うのだった。


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