235) 問答

 ワンボックス車から逃げた真国同盟のテロリストを追って来た玲人。



 しかし……自分が追って来たテロリスト達が、この場に居らず……運転手らしきブロンドヘアの美女が、穏やかな笑みをたたえてリムジンの横で一人立っていた。



 その姿に玲人は強い違和感を感じたのだった。



 「……どう言う事だ、奴らは此処に来なかったのか?」



 現場を見た玲人は予想外の状況を不審に感じ、思わず呟く。


 玲人の予想では……此処に来たテロリスト達は、リムジンの運転手を必ず人質に取ると考えていた。


 だからこそ、玲人は急ぎ追って来た訳だったが……正面玄関にはテロリスト達は何処にも見当たらず、運転手らしきブロンドの美女がにこやかに立っているだけだ。


 女性一人に銃を構えた男が三人……追われている状況ならば、自分達が有利になる様に連中も手を打つのが道理。


 本来ならば、ブロンドの美女はテロリスト達に銃を突き付けられ、羽交い絞めにされて交渉の道具にされていた筈だ。




 どうにも不自然な状況に、玲人は隻眼フルフェイスのヘルメットを被ったまま、ブロンドの美女に尋ねる。



 「申し訳ありませんが、少しお尋ねします。自分は自衛軍の関係者です。此処に……銃を構えた3人組が来ませんでしたか?」


 「……此れは御苦労様です。貴方様の言われる通り……つい今しがた、その様な男達が来ましたが……彼らは、此処を通り過ぎて裏手に向かいました」



 テロリスト達の行方を問う玲人に対し、運転手らしきブロンドの美女は笑顔で丁寧に答える。



 「そうですか……。所で、貴女自身に危害は有りませんでしたか?」


 「ええ、私自身には何も」



 女性を案じて問う玲人に対し、彼女は美しい笑顔で迷いなく答える。



 「……分りました、ですが此処は危険です。一刻も早くこの場から離れ、安全な場所へ避難して下さい」


 「はい、然しながら……上の者が大切なお客様と共に中に居りますので、此処を離れる訳には参りません」


 「その方々も危険です。早急に連絡を取って、この場から離れて下さい」



 女性運転手の身を案じ、玲人は避難勧告するが……彼女は丁重に断る。しかし玲人も折れる訳にはいかず、更に忠告した。


 

 「はい、心得ました。私共の身を案じて頂き……どうも有り難うございます」


 「自分は、連中を追いますので……くれぐれもお願いします。それでは!」



 ブロンドの女性運転手は、今度は玲人の忠告に素直に従い、礼を言った。対して玲人は去り際に念押しして、女性の元を離れる。



 そんな玲人に彼女は背後から労いの声を掛けた。



 「お仕事、御苦労様です。“玲人様”」



 玲人は彼女から声を掛けられながら、テロリストを追って駆け出す。駆けながら又も違和感を感じ、思わず足を止めた。



 「……そう言えば、何故……彼女は俺の名を知っている? 顔も見せていないのに」



 重ねて起こる奇妙な状況に、流石の玲人も戸惑ってしまう。



 「今は、作戦に集中しなければ。彼女に関しては、後で坂井少尉に相談するか……」

 

 不可思議な状況の中、玲人は気持ちを切り替え作戦に向かうのだった。





  ◇   ◇   ◇





 一方、その頃の小春はと言うと……美術館の大広間に置かれたテーブルセットに座り、リジェと共に紅茶を飲んでいた。


 「……ほら、遠慮せず食いな! 小春! アタシも良くわかんねェけど、このケーキ有名らしいぜ!」


 「そ、そうですか……、でも、何かお腹いっぱいで……」



 リジェはメイド姿のシャリアから手渡された美味しそうなケーキを、自身も食べながら小春に勧めてくるが……周りの雰囲気に馴染めない小春は余り食べる気がしなかった。



 それもその筈……此処は喫茶店では無く、国立美術館の大広間だ。



 誰も居ないとは言え、そんな場所にポツンと用意された豪華なテーブルセットに……謎が多い出会ったばかりのリジェとのティータイム……。


 しかも粗暴だがリジェは大人っぽい美人で、小心者の小春は緊張しない筈が無かった。



 そもそも玲人を危険な目に逢させない為に、リジェの要望通り此処へ招かれたのだ。その真意も、リジェ自身の謎についても、小春は全く分っていない。



 緊張の最中、どうしようかと考えている所へ……食べる事が大好きな“猛獣”が意識の奥から小春に話し掛けてきた。



 “小春ー!! 小春が食べないなら、私が食べたげるよ!”


 (仁那、今はタイミング悪いから後にして……)



 美味しそうなケーキを前に、意識奥に設けられたシェアハウスから仁那は叫ぶ。予想を裏切らない彼女の言動に、小春は頭を抱える思いで彼女を制止する。



 “ケーキ! ケーキ! ケーキ!”


 (……分ったよ、それじゃケーキ食べる間だけ替わるね……。でも何か有ったら元に戻って)

 


 小春の制止も空しく小さな猛獣は制御不能で大騒ぎする。小春は仕方なく仁那に体を渡す事にした。



 「……えっとリジェさん……わたしの中に居る、仁那がケーキ食べたいって言うから……替わりますね」


 「おお! 幼くなったマセス様だろ! 大歓迎さ、沢山食べてくれ!」



 小春はリジェに一言話してから、仁那と替わる事を念の為、事前に説明した。大人しかった小春が豹変してケーキに貪る姿を見ればリジェも驚くだろうと思ったのだ。



 幸い、リジェとメイド姿のシャリアには最初に会ったファミレスで貪り食う仁那(体は小春)を見せているので理解して貰えると小春は思ったのだ。説明を受けたリジェは大喜びで歓迎してくれた。




 小春から意識を替わった仁那は、眼前のケーキを大喜びで食べている。余りに急いで食べるので、頬にはお約束のクリームが付いている。



 「アハハ! そんなに慌てなくたってケーキは沢山有るぞ!」


 「もぐもぐ……うん、有難う!」


 「マセス様、いえ仁那様。今、お代わりを準備いたしますね」



 リジェはケーキを嬉しそうに食べる仁那(体は小春)に笑顔で話しながら、頬のクリームを拭いてあげた。メイド服姿のシャリアも喜喜として仁那に給仕をする。



 リジェとシャリアは本当に嬉しそうだ。彼女達だけでは無く小春の護衛であるローラ達3人やフワフワと浮くアリたんもずっと嬉しそうに小春を見てくれている。


 小春は意識奥に設けられたシェアハウスで、善意しか感じられないリジェ達やシャリア達の様子を見ていた。


 

 そんな小春は胸に熱い想いが溢れ、何故だか自然に涙がこぼれるのであった。


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