101)透明な少女の切なる願い

 アルマも優しく小春を見つめながら、ガリアに問い掛ける。


 「……そう言えば、“器”と“雛”の両方に色々“混ざった”みたいだけど問題ないの?」


 アルマがガリアに“混ざった”と聞いたのは早苗と修一の魂の事を指していた。問われたガリアはアルマに答える。


 「私もラシュヒに確認させた。奴が言うには合金と同じで魂の性質が向上し、尚且つ安定化するとの事らしい。ラシュヒは変人だが学だけは有る。信頼して良いだろう」


 アルマはガリアの答えに納得して頷いた。横に居たドルジは何も言わず街の光を眺めている。

 

  アルマは小春を眺めながらずっと気になっていた事をガリアに聞いた。


 「最後に……ウォルスがマールドム側に裏から貸した“黒結晶柱”の事だけど、 マールドムの技術でも、何とか上手く機能出来て良かったわ……でも、出来るだけ早く回収した方が良いんじゃない? 彼らの技術力じゃ何も分らないでしょうけど、面倒事が増えるのは嫌だわ」


 アルマの問いに、ガリアは声を上げて笑い出す。


 「アハハハ、余り笑かすな、アルマ。クク、この街を見ろ、奴らが使っている物の基礎は元々我らが遥かな過去、奴らに伝え教えたモノが根幹となっている……にも拘らずこの程度の水準だ、相変わらず奴らは目に映る物だけが全てだと思っている。

 奴らの知識などその程度、所詮はモノマネだ。何より意志を具現化出来ず、空すら自らの意志で飛べぬ下等なマールドム共に、我々アーガルムに一体何が出来る? かつての様に僅かでも意志力の具現化が出来たあの時ならいざ知らず、今の奴らを見るがいい。愚かにも自ら作った道具の中でしか生きられぬ。

 我らが教えてやった数々の知識や技をそれを奴らは何も考えず何度も破壊して作り直した結果、出来上がったのはこの歪で劣化した文明だ」


 そう言ってガリアは大きく手を広げて、街の光を指し示す。言われたアルマは溜息を付いて話す。


 「そうね、マールドムの民は意志の具現能力を完全に失ってしまった。これは大きな退化と言っていいわ。かといって私達が油断するのは違うんじゃないかしら。かつての彼らとの戦いでは私達は痛い目に遭ったわ」


 ガリアはアルマの苦言に静かに答える。


 「確かにあの大戦では我らも手を焼いた。しかしそれは奴らが下種な真似で我らの裏を取った為だ。あんな汚い事等奴らしか思い付かんからな……

 そして忘れたのか? 我等が奴らを滅ぼさんと迫った時、奴らには一体“誰が”付いたのかを……其れが無ければ奴ら等、数だけの存在だ。そして最早奴らには、其れが充てに出来ない。もう、今度は戦いにすら為らないだろう」


 「確かに、其れもそうね」

 「……弱者との戦いは胸が躍らぬ」


 ガリアの言い分に、アルマは納得し、ドルジつまらなそうに呟く。そんな二人を尻目にガリアは語り続ける。


 「そもそも文明や数云々以前に種族として奴らは不完全だ。奴らは自分達の目に映る物しか見ようとせず、しかも脆弱な分際の癖に力を求め、その結果、何度も自滅する。前回もそして今回も。顕著なのが少し前の大戦だ。自らの力では制御不能な力を弄んだ結果がアレだ。

 何より、間抜けな奴らが起こした先の大戦で我らは再度目覚めた……もう笑うしかない程の愚かさだ。

最早、奴ら自身が自滅を望んでいるとしか私は思えん。私はこの一連の出来事は奴らを滅ぼせと言う天命に思えた」


 心底、マールドムと呼ぶ人類を見下したガリアの物言いにアルマは溜息を付いて答える。


 「……まぁ、ガリアの言う通りなんだけどね」

 「ああ、同意する」



 アルマの呟きに珍しくドルジが相槌を打つ。そんな彼らの前に、突如光が生じその中から美しい少女が現れた。


 その少女はフリルがあしらわれた真黒い長袖のシャツを着ている。下半身は先端がギザギザで鋭利な形の硬質感のあるスカートを着ている。

 この少女も美しく、年の頃は10歳程度だろうか、真白い肌に髪型はドールバンクのウエーブが掛かった銀色の髪を靡かせている。そしてこの少女の瞳も黄金色だ。


 ただ、最も特徴的なのはこの美しい少女は輪郭が光っているが投影された映像の様に透けて背後が見えていた。彼女は実体が無いのだ。


 少女が静かに語る。実体が無い筈のにどういう理屈か声は確かに聞こえる。



 「御三方、御苦労様です」


 少女の挨拶にアルマが応える。


 「あれ、アリエッタ? どうしたのこんな所に?」


 アリエッタと呼ばれた実体の無い少女はアルマに返答する。


 「はい、アルマ卿。御三方に十二騎士長筆頭ウォルス卿より招喚指示が出て居ります。恐らくは次の段階に移行するものかと思われますので一度アガルティアにお戻りを。

 私は御三方の代わりに“雛”と“器”の御傍に控えさせて頂きます」


 アリエッタにそう言われた3人は、顔を見合わせ頷いて答える。


 「承知した、アリエッタ。招喚に応じ、アガルティアに戻る。その間、頼むぞ」


 ガリアはアリエッタにそう告げた後、自身の体を白く発光させ、一瞬の内にその姿を消して転移した。アルマもドルジも続いて転移して、大御門病院の上空より消え去った。



 一人残ったアリエッタは大御門総合病院の一室で眠っている小春と玲人の姿をじっと見つめる。


 彼らを眺めながらアリエッタは遥かな過去に過ぎ去った思い出の日々を思い起こしていた。


 かつて自分が唯のアーガルムの少女だった時、無垢なその手を掴んで抱き寄せてくれたのは誰だったのか、そして頭を撫でてくれたのは誰だったのかを思い起こす。

 

 透明な少女、アリエッタは静かに眠る二人を見て涙を浮かべ悲しそう微笑んで呟く。


 「……どうか今暫くは安らかにお休みを。御二人の歩む道が、彼の日とは違う結末である事を切にお祈りしております……」

 

 そう言ってアリエッタは、その小さな手を胸の前で組んで目を瞑り静かに祈る。



 “……大丈夫よ! アリエッタ! きっと今度こそ、上手く出来るわ!“



 祈りの最中、アリエッタはかつて大切な親友と共に遊んだ時に彼女に掛けられた言葉を思い出した。


 「そうよ……今度は……エニ、貴方が二人と共に居るから、きっと大丈夫だよね…….」



 アリエッタの呟きは静かに月夜の中消えていく。しかしその美しい顔はいつの間にか微笑んでいた……

 


 小春は自身の体を仁那に貸した状態で、自らは仁那と同じ様に意識は眠りについていた。

 

 思えば、玲人に出会ってからの小春は、激動の連続だった。その中でも小春の人生にとって最大の出来事と言えば小春が行った運命の選択だろう。

 玲人に初めての恋をして、仁那との出会いを経た小春は運命の選択を決断した。



 ……全てを受け入れると言う決断だ。



 その結果、小春は仁那と早苗と自身の肉体を共有する事になり、そしてマセスと融合しアーガルムという存在になった。

 そして同じアーガルムである玲人もそんな小春に生涯を共にする事を誓った。



 きっと遥か過去より続く輪廻の旅が小春と玲人をこの軌跡に導いたのだろう。

 


 今より二人の世界は大きく変わっていく。小春と玲人は惹かれ合いながら、輪廻の因縁がもたらす激動の渦に翻弄されるのだった


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る