91)小春の覚悟

 急に体が替わった小春は溜息を付きながら呟く。


 「ふぅ。仁那も急なんだから……はっ、玲人君!! ご、ごめん! そのままの状態だったの忘れてた……今、降ろすよ!」

 「今度は小春か? もう、怒ってないか? 別に自分で外せるが……」

 「い、いいよ! わたし気が動転して、やり過ぎちゃった! 本当に御免なさい!」


 そう言って小春は右手を差し出し、その掌を一瞬発光させた。すると玲人をミノムシ状態にしていたケーブルはスルスルと生き物の様に勝手に解け、玲人は小春の能力によってゆっくり地面に降ろされた。



 その様子を見ていた安中と梨沙はその自然な姿に正直感嘆し呟いた。



 「……仁那技官は検知能力とエネルギーの吸収・増幅能力に優れていた。しかし准尉の様な念動能力は確認されていなかったが……」

 「そう言えば……拓馬、こっち来る途中で説明した思うけど、玲人の方も今まで使えなかった仁那ちゃんの能力が使える様になったんだ」

 「そうか……一度奥田中将閣下にも立会頂き、2人の能力確認をした方が良いな……」



 安中と梨沙がそんな話をしていると、横に居た薫子が突然割り込んできた。



 「待って下さい。彼女の、いえ彼女達の意志を無視して軍に関わらせる訳に行きません。先ずは、彼女達全員の意志を確認しないと軍の施設には行かせません」


 薫子は安中と梨沙の目を見て、しっかりと言い切った。その瞳は一歩も引かない、という強い意志が込められていた。


 「しかし、薫子……仁那ちゃんの能力は、軍の方でも管理するという約束だった筈よ。アタシ達は能力の確認させて貰うだけで、別に任務に就かす心算は無いわ」


 薫子の意見を聞いて、梨沙が釘を刺す。しかし薫子は一歩も引かない姿勢だ。


 「それは建前で貴方達自衛軍は、いつか小春ちゃん達の能力を欲しがる筈よ、梨沙。何より……現時点で小春ちゃんの体には、仁那ちゃんだけで無く、小春ちゃん本人と、仁那ちゃんのお母さんである早苗の3人が居るわ。その3人共に能力発動の可能性が有る時点で、その3人の意志を確認し、弘樹兄様、そして小春ちゃんのお母様の意見を踏まえて貰わないと大御門家としては、小春ちゃん達を例え検査目的だったとしても軍に連れて行けない」


 「「…………」」



 薫子の強い意志の籠った言葉を受け、安中と梨沙は言葉を呑んだ。安中が何か言おうとした時、小春が口を開いた。


 「挨拶が遅れました。安中さんに、坂井さん、どうもこんにちは。さっきのやり取り聞こえてました。薫子先生がわたし達の為、自衛軍と関わるの反対してくれてましたね……有難うございます、薫子先生。わたし達を守ろうとしてくれて……

 仁那から薫子先生の気持ちは伝わってる。戦いを拒絶する仁那の気持ちを大事にして、軍から遠ざけてくれてる事とか。でもわたしや早苗さん、そして仁那。このわたし達3人の答えはもう、決まっている。

 ……わたし達は、玲人君だけに戦わせない。わたし達も矢面に立ち、玲人君、いえ玲人君達の為にわたし達は戦います。その為に必要であれば、わたし達は自衛軍にも赴きます。その事は、誰にも止める事は出来ません。例え薫子先生達でも、お母さん達でも。心配してくれているのに、本当に御免なさい。でも、此れだけはわたし達はやらなくちゃいけないの……」


「……小春ちゃん……」


 小春の強い意志を感じた薫子は絶句した。其処に突っ立っていた玲人が小春の肩に手を置き優しく語り掛けた。


 「小春、何を言ってる? 戦うのは俺の責務だ。小春達を守る為に俺は此れからも戦う。だから、小春は心配しなくてもいい」


 小春を案じて優しく語る玲人の言葉が、小春は何より嬉しかった。しかし此処で守られているだけなら、今までの小春、そして過去に生きたエニと同じだ、と思った小春は肩に置かれた玲人の手の上に自分の小さな手を重ね、玲人を見て微笑んだ。



 (この人を守り愛する為にわたしは、わたし達は“もう一度”生まれたんだ。だったらわたし達はもう、悩まない)



 そう強く決意した小春は、其処に居た皆を見渡し語りだした。



 「皆さんに聞いて頂きたい話が有ります。わたし達と玲人君について重要な事です……そして、此れから起きるかも分らない危機についても」


 小春は、其処に居た全員に小春がマセスや早苗に聞いて知った事を全て話した。



 ・小春が、エニとして生きた過去を持っている事。

 ・石に封印されていたマセスと“あの人”というアーガルムの事。

 ・玲人や仁那は彼らアーガルムと魂を融合し誕生した事。

 ・そして早苗と修一も彼らと魂が融合した状態で生きている事。

 ・マセスと小春達が同一の存在となり、アーガルムとなった事。

 最後に人類を指すマールドムに危機が迫っている可能性について、全て知り得た事を皆に説明した。



 「……とんでもない話だ。とても信じられん。失礼だが石川君、その、君の作り話と言ってくれた方が良いのだが……」

 「……! 安中さん!!」


 安中が信じられないばかりに、小春に話の真偽を問うと、横に居た薫子から大きな声が上がった。しかし、小春の横に居た玲人が冷静に安中に話す。


 「大佐殿、小春の話は俺は全て真実だと思います。理由は、自分も自分の“中で”父の修一に会いました。そして其処で父に聞いた話と、小春の今の話は共通する事が多くある。

 俺が父から聞いた内容は、此処に来る前に坂井少尉に説明しました。つまり、小春と会う前の事です。時系列的に偶然や作り話で片付けられる事じゃありません。何より……同時刻に起こった俺と小春達の変化。全てが同じ状況を指示している。

 ……此れは小春の話した事が真実だと事象が雄弁に語っていると俺は思います」


 「うむ……」


 玲人の語る言葉に安中は黙って考える。そして自分の考えを皆に告げた。



 「石川君が話してくれた状況、並び准尉が説明した現象……此れだけでは情報が少な過ぎて判断する事は出来ない。まだ、現時点で人類全体の危機を予想させる事案は確認されていない。目下の問題点は国民を脅かさんとする反政府組織の脅威だ。本件は持ち帰り、奥田中将閣下の指示を仰ぐ事とする。

 各位、この件については内密に願いたい。国民に不安を与えるのは我々としても本意ではない。石川君、其れでいいか?」


 「……はい。今は其れで良いです」


 小春は安中に是非を問われた時、内心としてはこの件を公にして欲しかった。しかし、自分としても迫りくるだろう危機に関して、確固たる証明が現時点で出来ない為、安中の言葉に従った。



 そんな小春の様子を見ていた玲人は、小春の頭をポンポンと叩き、また安心さす様に話し掛けた。


 「小春、何も心配するな。小春達は俺が守る」


 小春はそんな玲人の優しさと勇気に感謝しながら、それでも“自分達”の考えを玲人に伝えた。


 「有難う……玲人君。でも……自分の意志で戦うのはわたし達の意志なの。玲人君がわたし達を守る為戦うのと同じ。わたし達は玲人君達を守る為に戦うわ。この事だけは譲れない」


 「……しかし、小春……」


 玲人は強い意志で言い切った小春の言葉に少し戸惑った。



 其処に梨沙が口を挟んだ。


 「だけど、小春ちゃん……戦う、たって君は玲人と違って戦えないでしょう? 戦う意志の無かった前の仁那ちゃんみたいに此処に籠って非戦闘員の技官としてフォローするって事ならいいさ。でも今、君が言った事は玲人の横で戦うって事だろう? 個人の能力が低いと全体の足かせになるわ。自衛軍は遊び場じゃないよ。玲人を守りたい、って気持ちは買うけどさ……」


 小春の気持ちに、坂井が敢えて厳しく答える。小春の身を第一に考えた為の憎まれ役だった。しかし小春は動じない。


 「……確かに今のわたし達の能力は、玲人君の能力には到底敵わないでしょう。だけどわたし達の戦い方は、玲人君と方向性が違います」


 対する坂井も引かず、小春の身を案じて反対した。


 「ダメだよ、小春ちゃん。君達には確かに能力が有るかも知れない、だけどその能力を使って敵を殺せるの? 自衛軍に居るって事はそう言う事よ。綺麗事だけじゃ勤まらない事も多いのよ」


 「おい、梨沙、石川君に対してそんな言い方しなくても……」

 「拓馬は今、黙ってて……お願い」


 小春と坂井のやり取りを聞いていた安中が仲裁に入ろうとしたが、梨沙によって止められてしまった。


 梨沙としては目の前の健気な少女を自分の様に、殺し殺し合う血みどろの戦いの世界に足を踏み入れて欲しくなかった。


 能力が有るだけで、その力の大小に関わらず、自衛軍は小春達を無条件で招き寄せるだろう。ましてや安中の立場では安中自身の意に反して、小春を勧誘しなければ為らない筈だ。


 玲人も姉の仁那を戦いから遠ざける為、自らの意志で戦場に立っていた。小春の考えはその玲人の気持ちに反するものだ。


 梨沙自身、小春位の年齢で戦場に立っていた経験より小春の、誰かの為に戦う気持ちは誰より良く分かるが、自分が大事に思う安中や玲人の意を組むと、反対せざるを得なかった。


 

 対する小春は梨沙の反対する気持ちは良く分かっていたが、此処で折れる様なら過去の自分と何も変わらないと分っていた。だから、梨沙の目を見てしっかり自分の意見を伝えた。


 「坂井さん、わたし達の心配して頂いて本当に有難う御座います……ですがわたし達は玲人君達を守る為に生まれ変わりました。その為、その事は諦める事は出来ません。坂井さんの言う様に戦いの場では、酷い事も起こるでしょう。でも、だからこそ、この力は玲人君だけでなく多くの人達の助けになると自負しています」


 梨沙は小春の意志の固さに素直に感心していた。だからこそ明確に言う必要が有ると思った。


 「小春ちゃん、自衛軍は実力の世界だ。口だけでは何とでも言えるよ。君の気持ちは間違っていないと思う。だけど気持ちだけではダメだ」


 そう言って梨沙は敢えて厳しい態度で小春を制した。小春は梨沙の親切心から来る拒絶の態度にどう応えようか思案していると……


 「……!? ち、ちょっと待って下さい! 今、坂井さんと話して……え? 替わって欲しい? だけど……大丈夫ですか? ……ハイハイ、分りました……約束、守って下さいよ?……」



 急に小春の脳内から早苗が替わってはしいと言いだしたのだった。



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