73)救い

 小春は、ナースコールを通じて薫子を自分の病室に呼んだ。薫子は小春に最後の確認を行った。


 「小春ちゃん、心の準備はいいのかしら?」

 「……はい、薫子先生。もうこれ以上の時間は辛いだけです……」


 ここで薫子は、小春の手を握りしっかりと小晴の瞳を見て話しかける。その眼には涙が浮かんでいた。


 「小春ちゃん、本当に有難う。貴方が勇気を出してくれなければ仁那ちゃんだけでなく玲君もそして私自身も多分生きる事が出来なかったと思うわ。心から感謝します……」


 「……玲人君も仁那も、そして薫子先生も皆がずっと頑張って来たと思います。わたしの選択で皆が救われるなら……それが、多分、一番だとわたしは思ってます」


 「こんな事を言っても気休めでしょうけど命に別状は何も……」

  「薫子先生」

 「……なに? 小春ちゃん」

 「此処まで来て、何を言われてもわたしは辞める気は有りません。ですから本当の事を教えて下さい。わたしの体に仁那の意識を移植したらわたしは本当に消えないんですか?」


 「……小春ちゃん……本当の事を言うわ。どうなるか分らない、と言うのが真実よ。小春ちゃんの意識と仁那ちゃんの意識が混ぜあった新しい人格が生れるのか、二人とも意識が残るのか、片方が消えてしまう事も有るかも分らない。その場合は意志力が強い方が残るでしょう」


 「……本当の事を言って頂いて有難うございます。でも、良かった。強い方が残るなら仁那が消える事は無さそうですね……」


 そう言いながら小春は震え、泣いている。事実が分かり恐怖していたのだった。


 「……恨んでくれていいのよ。私がしている事は心底軽蔑していた父の剛三と同じ事を貴方にしているのだから」


 「……恨んだりなんてしません。だって薫子先生は仁那の為にしている事ですから。薫子先生はわたしに選ばせてくれました。わたしは自分で選んで此処に来ました。玲人君と仁那と一緒に暮らす為に。先生が居なかったら仁那を助ける事が出来なかった……だから恨んでは、いません」


 小春はそう言って俯く。薫子は小春の両肩を掴んで正面を見据え誓った。その両目には涙が浮かんでいる。


  「……小春ちゃん。私は貴方に約束する。例え何があっても、これから私は貴方と貴方の大切な人達の為に生涯尽くすわ」


 その誓いを聞いて、小春は何だか気が抜けてしまった。同じ様な事を玲人から聞いていた為だ。


 「あはは、先生。そのセリフ玲人君と被ってるよ」

 「あら? そうだった? そしたら小春ちゃんは玲君と私の両方から生涯尽くされる訳ね。凄いわね、一生左団扇よ」


 「ふふ、玲人君だけで十分です。先生は自分の幸せを考えて下さい」

 「有難う、でもさっきの小春ちゃんへの約束が守る事が優先よ」


 「有難うございます、でも気持ちだけでいいです。玲人君の言葉を期待しますから……ところで……薫子先生から本当の事が聞けたから、これが無駄にならずに済みそうで良かったです。これを皆に渡して下さい」


 そう言って小春が薫子に渡したのは手紙の束だった。


 「家族の分と友人と、そして玲人君の分です。わたしが消えちゃったら先生の方から、皆に渡して頂けますか」

 「ええ、分ったわ。だけど諦めないで。この手紙を渡さなくて済む様に全力を尽くすから」


 「はい、有難うございます。……それでは薫子先生、そろそろお願いします」

 「分りました。私と仁那ちゃんの準備は既に出来ています。小春ちゃんさえ良ければ、早速始めましょう」

 「はい。宜しくお願いします」


 薫子に連れられ、小春はタテアナ基地にある最下層の部屋に来ていた。以前まで最下層と言えば仁那と玲人の部屋だったが、今日この日の為に薫子があらかじめ準備していたとの事だった。


 その部屋は、急ごしらえの為か仕切りも何も無い広い円形の部屋だった。部屋の中心に真白くて巨大な台座があり、その周りに幅1mはある六角形の真黒な黒曜石の様な材質の太い柱が6本台座を取囲む様に円状に並んでいた。

 

 巨大な台座と柱の脇にポツンと作業用の机が置いてあり、机の背後にはスーパーコンピューターだろうか、沢山のLEDが明滅するキャビネット状の機械が沢山設置されている。


 6本の柱にはケーブルが沢山貼り付けられており、柱にはLEDとは異なる不思議な線上の光が表面に浮き出ており明滅している。


 中心の台座には既に仁那が寝かされており、眠っている様だった。仁那の脇には表示端末が設置されている。


 「さぁ小春ちゃん。衣服を脱いで仁那ちゃんの横に寝てくれるかしら。横になったら自然に眠たくなるわ。目が覚めた時は全てが終わっているわ」

 「……服を、脱ぐんですか?」

 「大丈夫よ、この部屋には私達しかいないし、台座に寝たらシーツを掛けるわ」


 小春は薫子に言われた通り、衣服を全て脱いだ。但しその旨には玲人から貰ったシャンパンガーネットのネックレスは薫子にお願いして、此れだけは身に付けさせて貰った。


 そして一糸纏わぬ姿で台座の上に横になった小春に気付いた為か、仁那が目を覚ました。


 「……おおぅい……」


 一言呟く仁那だったが、生気が無く苦しそうだ。かなり無理をしているのが分かる。仁那の脇の表示端末には一言“…小春…”とだけ表示されている。会話するのも今の仁那にとっては辛そうだった。


 小春はそんな様子の仁那を見て、そっと仁那を抱き寄せ呟いた。


 「大丈夫……わたしが絶対貴方を守ってみせる。そして玲人君も……」

 「……おおぅい……」


 仁那は同じ言葉を一言発するだけで精一杯の様だった。その様子に小晴はもう我慢がならなかった。


 「先生、始めて下さい」

 「分ったわ。二人ともこれを付けて」


 薫子に促されて小春と仁那は不思議な光沢を放つ金属製のヘアバンドの様なモノを付けられた。


 「二人とも二人とも目を閉じて上を向いて横になってね、今シーツを掛けるから。小春ちゃんが仁那ちゃんを抱き寄せた形でも別に構わないわ。

 この台座の周囲に配置された装置が作動すると着けて貰ったアンテナを介し、二人の意識に干渉し同化を促すの。

 その間二人は眠った状態になるから痛みも無く目が覚めた時に、小春ちゃんと仁那ちゃんは同一の存在になっている筈よ……それでは始めるわ。二人ともリラックスして、意識を楽にしてね」

 

 目を瞑った小春は周囲から白い光が輝いている事に気が付いた。


 光はどんどん強くなりこの部屋全体を煌々と照らしている様に思えた。小春は仁那の体を離れない様、もう一度抱き寄せて……そして意識を失った。


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