53)救いの方法

 小春は、玲人の行動に思い当たる所が幾つもあった。玲人の学校の生活は真面目その物だが、何と言うか“心、此処に非(あら)ず”という風に思う所があった。


 しかし、あのショッピングモールの事件の時、玲人は小春に確か“今は俺の世界だ”と言っていた事を思い出した。


 あの時の玲人は、普段小春が目にしている玲人とは、別人だった。何ていうか野生に戻るというか、静かであるが凄みがあった。


 そしてあのテロリストとの戦いの時、小春は玲人がある意味生き返った様に見えた。水を得た魚、とでも言うべきだろうか。


 それが玲人自身が言う“今は俺の世界だ”という事なんだと理解した。


 普段は無愛想だが、時折見せる笑顔が逆に新鮮で小春は大好きだった。しかしその表情の裏で玲人は無理をしているのでは、と思う時があった。あのボーリングの時や空手部の練習の様に。


 でも、玲人が仁那の為に戦う時、本当の意味で生き返るのなら、小春には止める事が出来ないと思った。


 “玲人君は仁那の為にだけ本当の意味で生きている”


 分っていた筈なのに、明確な事実を突き付けられた感じだった。認めたくなかった事を見せつけられた小春は急に自分が悲しくて情けなくなった。


 (玲人君は、誰も本当は見ていない。ただ仁那の為だけを見て、仁那の為だけに生きている……)


 小春は玲人の本当の気持ちが理解できた気がした。そして其処には自分への気持ちが無い事も。この時だけは胸のガーネットが重く感じた。


 「うっ、うう……ぐすっ……うぅ!」


 小春は食事中であったが堪らなく(たまらなく)なって顔を両手で塞いで泣き出した。その様子を見た薫子は薄く冷たく微笑んで、小春の肩を抱きそして語りかけた。


 「……その気持ち分るわ……私も玲君と生活して10年以上になるけど、玲君の頭に有るのは仁那ちゃんの事だけ。仁那ちゃんの為なら本当に玲君は何でもするでしょう……横に居る私達に構わずにね……」

 「…………」

 「……でも小春ちゃん。貴方は、貴方だけは玲君の横にずっと居られるわ」


 「……ど、どういう、事ですか?」

 「貴方しか仁那ちゃんを救えない、って私は言った。その方法を、真実を言うわ」

 「……」

 「その方法はただ一つ。小春ちゃん。貴方が仁那ちゃんになって、仁那ちゃんが小春ちゃんになるのよ」


 「……な何言ってる、のか良く、分りません……」

 「聞いてくれる? 本当の事を言うと仁那ちゃんは後、半年以内で崩壊により確実に死ぬでしょう」

 「そ、そんな!!」


 「事実よ。仮によ、仮に仁那ちゃんを”私達”が助けられなかったとしたら、玲君はどうなると思う?」

 「……玲人君も生きられない……」


 「そうよ、精神的な意味でね。仁那ちゃんと玲君は双子として離れず生きてきた。でもその関係は世間一般の意味するものと違う。もっと、根幹的な事で二人は繋がっている」


 「……」

 「これを見て欲しいの」


 そう言って薫子は一枚の写真を見せた。其処には今より少し背の低い玲人と、玲人より背が高い姿の仁那が写っていた。二人とも学生服を着ている。今通っている学校の制服では無さそうだ。


 「こ、これ! 仁那と玲人君ですか!? どういう事? 仁那に体が有って、今より大人に見える。玲人君は何か小さく見える……」

 「写真の日付を見て」

 「……2081年6月5日……わたし達が生れる前……それじゃ、この人達は……もしかして……」


 「そう、仁那ちゃんと玲君のお父さんとお母さんよ。私の妹に当たる大御門早苗と親戚の八角修一君よ。この写真は、早苗が17歳で修一君が14歳の時ね。この一年後に二人は死んだわ。仁那ちゃんと玲君を残してね」


 「……二人はどうして亡くなったんですか」

 「私達の父、大御門剛三は妄執に囚われた人でね。仁那ちゃんと玲君を身ごもった早苗と修一君にある実験を行った結果、二人は亡くなったの」

 「そんな……」


 小春は薫子の話を聞いて、衝撃のあまり口に両手を充て絶句した。薫子は尚も話を続けた。


 「……当時の私と兄は実の父が、その……嫌いでね、いえ怖かったんだと思う。大御門家の全てが……

 だから目や耳を塞いで、分らない振りをしていたんだと思う。死んだ父や、大御門家がやろうとしてきた事、ずっと長い間やって来た事を。そして全てが終わってしまい、気が付けば実の妹を、あの爆発を止められなかった、止め様ともしなかった私達の罪深さに漸く気が付いた……本当に遅すぎるけど、私と兄はその後の事に必死になった……」


 「……それってもしかして……」


 小春は、玲人の叔父の弘樹と以前夕食に招かれた時に、弘樹の心情を聞いた事を思い出した。


 「小春ちゃんは兄と会って聞いたと思うけど、兄の弘樹は関わろうともしなかった大御門家を継いで全てを立て直した。大御門家がやって来た事を償い、玲君と仁那ちゃんを守る為に。そして兄は玲君達の叔父として父替わりになった。

 私は仁那ちゃんを何とか助ける事に全てを注いできたわ……その方法を探る為、お医者さんになったり、科学者になったりね。それでも足りずに、嫌で堪ら(たまら)なかった大御門家の秘密を学んだりね……」


 「……そう、だったんですか」


 「実の父により不幸な死を遂げた二人だけど、早苗と修一君は深く愛し合っていた。そして二人から生まれた仁那ちゃんと玲君は早苗と修一君と瓜二つだった。仁那ちゃんと玲君を見て、私は早苗と修一君がもう一度人生をやり直そうと誓い合って生まれた様な気がしたの」


 「……」

 「私が、根幹的な事で二人は繋がっているって言った意味はそういう事から来ているの。医者らしくない非科学的な話だけど、実際に仁那ちゃんと玲君の二人の繋がりは、何より強いわ。まるで私の話を裏付ける様にね」


 ここまでの薫子の話を聞いて、小春は玲人が仁那に対し何故、あんなにも強い想いを持っているのか漸く理解出来た。


 そして小春は玲人の心の中に自分が入り込む隙間が全くない事を悟った。だが、だからと言って玲人の事を諦める気持ちは全くなかった。それに……


 (不思議だけど、仁那と玲人君の間を羨ましがるの、何か、初めてじゃ無い様な……ずっと、ずっと以前も二人の間をただ、眺めていた事が有った様な……気がする……)


 「話を戻すわ。後、半年も待たずに仁那ちゃんは確実に死ぬわ。そうして同じ様に、仁那ちゃんと深い繋がりを持つ玲君も精神的な死を迎える可能性がとても高い。それを救うにはただ一つ。さっきも言ったけど貴方と仁那ちゃんが一つになるの」


 「……その意味が……よく分かりません」

 「簡単な事よ。小春ちゃんの体に、仁那ちゃんの意識だけ移植するの。そうする事で、貴方は小春ちゃんで有りながら仁那ちゃんでも有る事になる」

 「そ、そんな事、出来るの!?」


 「ええ、私なら出来る。その為に十分な研究と入念な準備をして来た。鍵は貴方よ、小春ちゃん。貴方しか絶対に仁那ちゃんと同化出来ない。そしてその方法しか仁那ちゃんを救えないわ」


 確信を持った瞳を小春に向けて語る薫子の話を聞きながら、小春は考えていた。


 (わたしが仁那になって、仁那がわたしになる? それは……嫌じゃない。いや、そうなりたかった、気がする。ずっと……)

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