34)模擬戦-7

 「……さすがに負けを認めるよ。まさかここまで一方的にやられるとは思わなかったな」

 「そんな事は有りません、前原兵長。前原兵長や泉上等兵が行った様にエクソスケルトンには行動の多様性があり自分も幾分か戸惑いました。そして最後の前原兵長の御覚悟は自分も感嘆しました」

 「ただの苦し紛れだよ。それに沙希と同じ所で負けを認める訳にはいかなかった。……模擬戦は君の一人勝ちって感じかな」


 そう言って笑う前原に、玲人は何かを感じた為か遠くを見つめ黙っている。


 「…………」

 「……玲人君?どうかしたか?」 



 “ダーン!!”



 前原が玲人に声を掛けたと同時に銃声音がした。ハッとして玲人の方を前原が見ると、大きな銃弾が玲人の眼前で停止している。



 “ダーン!!”



 続いて銃声が響き、気が付くと玲人の眼前で銃弾が2つ停止していた。


 「……伊藤さんか……」

 「……この銃弾、対物ライフルの様ですね ……伊藤曹長も本気を出してきた、て事だと思います」


 そういって玲人は心底嬉しそうに微笑んだ。玲人としてもこのまま模擬戦が終わってしまうのは余りに消化不良だった。


 もっとも玲人が示した微笑はヘルメットにより、前原には見えなかったが。


 「前原兵長。自分は伊藤曹長の元へ向かいます」


 そう言って、玲人は自らの体を一瞬白く輝かす。そして浮き上がった。


 「…………」


 前原は余りの事に言葉を失った。手品でも何でも無く、一人の人間が空中に浮いているのだから。玲人は唖然とする前原を気にせず、超高速で伊藤の元に飛び立った。残された前原は……。


 「……こりゃ勝てんわな……」


 そう一人呟いたのであった。



 (まさか飛ぶ事まで出来たとは……それにこの速度では追撃は不可能だ……対物ライフルは至近距離では振り回せない……選択はとしてはこれか……)


 伊藤はこちらに来る玲人に対し接近戦で勝負を掛けるつもりだった。コンバットナイフを取り出し、慣れた手つきで片手で振り回した。


 (銃器ではまるで役に立たない。対物ライフル弾ですら意味が無かった。活路を見出すとすると接近戦だ)


 伊藤はスナイパーとして非常に卓越した技術を持っていたが、それ以前にレンジャー部隊として長く任務に就いており、近接格闘術にも精通していた。


 (まずはこいつで牽制する!)


 伊藤は腰の小銃で飛んで向かってくる玲人を迎え撃ちアドバンテージを取るつもりだった。携帯スコープで玲人を見ると、丁度この廃ビルの壁沿いに飛行してくる所だった。伊藤は屋上から玲人を狙い撃った。



 “ダン! ダン! ダン!”



 伊藤の放った銃弾は全て玲人に命中したが、又も“壁”で防がれる。


 (自動で展開されるのか?……やはり銃弾はダメだ。まぁ対戦車ロケットも防ぐって話だからな……もう、此処に来るか!)


 伊藤が思慮する間に廃ビルの壁沿いに垂直飛行してきた玲人は屋上に飛び上がり着地した。

 

 その様子を目で追った伊藤は躊躇せず、小銃で玲人を打ちながら距離を詰めた。



 “ダン! ダン!”



小銃のマガジンが空になった時点で、コンバットナイフに持ち替え、玲人に肉薄する。相対する玲人は伊藤の意図が分かった様で距離を取らず構えて静止した。


 「……答えてくれるのか……嬉しいね……大した自信だが、どうなっても知らないぞ」


 伊藤は玲人に対し獰猛な笑みを浮かべる。そしてナイフを下に構え突進してきた。

 

 玲人は左手でナイフを掴み、身をよじる。そして大きく上げた左足で伊藤のナイフを持つ腕を踵落としの要領で絡め、伊藤を転がした。


 次に右手で伊藤の鳩尾を穿ち悶絶させた後、ペイント弾を胸に命中させた。


 「……うぐ……ゲホッゲホッ……今の、技確か……海外の特殊部隊の格闘術か……」

 「ええ、各国の近接格闘術は概ね習得しています。その内の一つです」


 伊藤は驚きを隠せなかった。伊藤が近接格闘に持ち込んだのはレンジャーとして伊藤自身が近接格闘に自信があり、いくら玲人が経験が有るとしても、玲人は能力に頼る事が多いと予想し近接格闘は伊藤に分があると踏んだ為だった。


 しかし結果は逆だった。近接格闘術においても伊藤は玲人に勝てる自信が無くなった。


 「……ハァハァ、大佐は、とんでもない怪物を作り上げたな……」

 「それは違います。伊藤曹長」


 そう言って玲人はヘルメットのバイザーを上げた。そうする事で顔が露出する。


 「俺がここに居るのは自分の意志です。戦う術を学ぶのも、戦場に立つのも全て俺個人が望んだ事です」


 そう言ってバイザーを下げ、能力で飛び上がりそのまま、地上に急降下していった。恐らくは志穂を拘束する為だろう。


 「……自分の、意志だと……だとしたら、余計に恐ろしい話だ……」


 そう呟いて、伊藤は座り込んだ。


 「うわー!! 玲ちゃん超強すぎだよ! ダルマもロボコンビも……なにより私のしもべ達が! 手も足も出ないなんて!」

 「まぁ、予想通りだったけどな。今日のもだいぶ手加減してたからな、あいつ」

 「玲ちゃんの本気ってどうなるの!? 金色になって髪の毛逆立つ!?」

 「ネタが古いな……玲人の本気は誰も見た事ねーんだよ」

 「……そうか…….じゃ、次は私がしもべ駆使して本気にさせる! ほんで髪の毛逆立ち検証するわ!」


 「あー垣内隊員、盛り上がってる所だが、まだ模擬戦は終わってない。君が居るからな」


 志穂と坂井が話している所に安中が水を差す。


 「え!! でも私のしもべ、いや無人機はみんな行動不能になって……」

 「それは君にとって兵装みたいなものだろう。ああ、ほら丁度来た様だ。健闘を祈る」


 安中が志穂に引導を渡したその時、指揮通信車の屋根にドン、と言う音がした。


 「ヒイィ!」


 何もしていないのに指揮通信車の上部ハッチのロックが独りでに外れる。


 「あああ姉御! たた助けて!」

 「往生際が悪いぞ、諦めろ」


 上部ハッチが開いて、中に黒い物体が滑り込む様に入り込んできた。玲人だ。玲人の周りには沢山のペイント弾が空中に浮かんでいる。


 「あああ玲ちゃん……しし志穂お姉さんは予備隊の人だから……命令でほぼ泣きながらやらされて……その、殺すなら大佐にして?」

 「オイ……垣内隊員、お前とんでもないな」


 あっさり自分を売った志穂に安中が素で呆れる。坂井は横でため息つきながら首を振っている。


 「いえ、垣内隊員。これは模擬戦ですので問題は有りません。それに自分の対戦相手に安中大佐殿は含まれていませんので。それでは……お覚悟宜しいですか」

 「ギャー!!」


 志穂の敵前逃亡も玲人には叶わず、玲人は志穂のお腹に優しくペイント弾を命中させるのであった。

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