17)石川家

 玲人が立ち上がり、帰る準備を始めると、石川家のカーポートに急バックで入ってくる車があった。


 どうやら小春の母らしいが何故か大慌てで帰ってきたようだ。その様子を見て慌てる小春。小春の中では今日の母はもう少し遅かった筈だった。


 突然ドアが開けられてハァハァ息を切らしながら、小春の母である恵理子が現れた。



 「ハァ ハァ 何とか、何とか間に合った良く知らしてくれたわ、陽菜ちゃん!」


 ドアの横で見え隠れする陽菜が小春に向け親指を立てサムズアップする。


 (陽菜の奴! お母さんと玲人君を会わさない計画だったのに!)


 最近やたらと玲人の事を聞いてくる母の恵理子を危険視して玲人との接触を避ける心算だったのに、妹の陽菜の裏切りにより目論見は崩れてしまった。


 「あー落ち着いた! 初めまして、小春の母です。 あなたが噂の玲人君ね!」

 「初めまして、大御門玲人です」


 玲人は頭を深く下げて挨拶する。


 「んー! いい子じゃないの! 今日は良かったら晩ごはん食べて行きなさい」

 「しかしご迷惑では……」

 「むしろ、是非食べてって!」

 「……それではご馳走になります」


 夕飯の準備をする為、小春の母、恵理子は陽菜と一緒に一階のキッチンに向かう。下に降りながら恵理子は陽菜に話している。


 “全然いい子じゃないの、陽菜ちゃんの残念ってどういう事?”

 “今日かなり、上方に改善された”


 等と陽菜が答えているのが聞こえた。



 小春は今日の晩御飯での質問攻めを予想して頭が痛くなる思いで玲人に謝った。


 「……玲人君、ごめんね。何かうちのお母さん強引に誘っちゃって」

 「いや、構わない。寧ろ新鮮だ」

 「……そう」


 ここで小春はずっと聞きたかった事を思い切って聞いてみた。


 「……玲人君、あの、この前学校早退した日、どこに行ってたの」

 「……今は言えない」

 「……そ、そう」


 小春はまた失敗した、と後悔した。玲人があの件に関して言えず、尚且つ学校も薫子も把握している事なら、いい加減な理由である筈が無かった。


 それを聞き出そうというのは単に自分の我儘だったと猛省した。


 「「…………」」


 二人の間に一瞬広がった気まずい沈黙の中、玲人は姉の仁那が言っていた小春の父親について思い出した。


 仁那は自分に直接関係無い筈の小春の父の事件について強い自責の念を抱いていた。それなら自分が、と玲人はある事を思い付いた。


 「……小春? 君の亡くなった父の墓前にご挨拶をさせて頂けないか」

 「……え、いいよ」


 小春はどうして、とは聞かなかった。何か理由が有るのだろうが、聞き返す事はしなかった。


 以前会った仁那の態度と玲人の用事と、父はもしかしたら関係があるのか、とも考えたが、仁那のあの感じは悪い感じはせず、きっと仁那と玲人は何も悪くないと直感していたからだ。



 夕飯は、母の恵理子が奮発してご馳走を作ってくれた。決して大きくは無い、ダイニングテーブルに4人が座った。今日の晩御飯はエビフライと母特製のハンバーグだった。


 散々母の恵理子から質問攻めにあった小春と玲人は、小春は狼狽していたが玲人は全く動じず、寧ろオブラートに包まず素直に受け答えする為、逆に小春は大いに焦った。快活な小春の母は玲人の事を陽菜同様、苗字では無く名前で呼ぶようになった。



 ひとしきり質問攻めを受けて母の恵理子が玲人に料理について聞いてきた。


 「玲人君、お口に合ったかな?」

 「……とても美味しかったです」


 玲人がお世辞でもなく、感嘆して恵理子に答えた。恵理子が続ける。


 「やっぱり、男の人が居ると、ご飯の減りが早くて嬉しくなっちゃうわ。いつも女ばっかでしょ。いつもご飯が余っちゃうのよ」

 「……その、ご主人について大変でしたね」

 「なーによ! 玲人君! その言い方、おじさんみたいよ」

 「育てて頂いた恩人に年輩の方が多くて、自分の喋り方が変なのは友人にも指摘されます」


 ここで、母の恵理子がある事に気づいて聞き返した。


 「……ねぇ、玲人君ってたしか大御門って苗字だけど大御門家に関係ある家の子なの」


 変な質問だが、この土地に住む人間なら通じる言い回しだった。


 「……ええ、そうなります」

 「もしかして……貴方の玲人君のご両親も14年前のあの事件で?」

 「はい。あの事件の折、自分と姉を生んだ直後に亡くなったと聞いています」


 「……御免なさい。余計な事を聞いたわ」

 「いいえ、そもそも両親の事は生前の写真しか思い出がありませんので、自分と姉は気付いた時には二人きりでした。4歳位になって漸く叔父と叔母と一緒に暮らすようになりました」

 「「「…………」」」


 ここで、石川家の面々は黙ってしまった。まず、小春と陽菜は母が言った14年前の事件など知らない。


 追悼ニュース等もされている様子が無い。そして小春と陽菜は玲人が姉を思いシスコン気味な理由を少し分った気がした。



 「……小春にもお願いしましたがご主人の御仏壇に線香を上げさせて貰っていいですか」


 玲人の一言に感じ入る事があったのだろう理恵子は涙ぐみながら答えた。


 「……えぇ ぜひお願いするわ。きっとパパも喜ぶと思うわ」


 玲人は食事の後、和室に置かれている仏壇に線香を上げさせて貰った。遺影はまだ若い男の笑顔が写っていた。



 享年35歳だという。丁度叔父の弘樹と同じくらいの年齢だ。真国同盟の起こしたテロ事件で亡くなったのは4年前、弘樹が結婚した位の時だった。


 玲人は線香を上げる時、一つ目ちゃんも横に置いて上げさせて貰った。姉の仁那と一緒に上げる心算だったからだ。

 

 線香を上げ終わると何故か、石川家の面々は皆、涙目だ。亡くなった父の事を思い出したのだろうか。


 「……有難うね。でも上げてくれたのが小春の彼氏さんだと知ったらパパ怒るかもね」

 「……確かに自分の所業を考えれば怒られても仕方ない。いずれ侘びさせて頂きます」

 「うん? ……所業ってなに!?」

 「今この場では自分は言えない」


 玲人の限りなく誤解を招く言い方で、変なスイッチが入った恵理子は、どういう意味か玲人に追及する。



 もっとも玲人が言っているのは自分が過去に取り逃がした真国同盟リーダーの新見の事を言っているのだが、それは民間人の石川家の面々に言えない為、大いなる誤解を小春の母、恵理子に抱かせてしまい揉めに揉めた。


 結局小春の“手も握られていない!”という涙ながらの潔白発言により漸く母の誤解は解けた。


 その潔白発言に関して陽菜は憐れみを持って“ふぅ”と溜息をついた。

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