第234話 クラバック造反
一行はすぐに鎮守台の砦に入り、王宮にスリアンの無事を知らせる伝書鳥を放った。が、それと入れ違いに完全武装の王直騎士団一個中隊、約二百名が鎮守台に到着した。
一国の女王が突然連れ去られたのだからあたり前と言えばあたり前なのだが、賊徒をブチ殺す気まんまんで殺到した騎士団の面々をなだめるのには、スリアン本人をしても相当に苦労した。
そんなこんなで、砦内の練兵場に急きょ展開された天幕に騎士全員が落ち着く頃には、あたりにはすっかり夕闇が迫っていた。
「では、サイの行方はまだつかめていないんだね?」
普段はサイが使っている執務机におさまり、スリアンは捜索のために先行していた騎士から報告を受けていた。
王直騎士の他に、サイ直轄の部下である鎮守台の兵士数名も同席している。
「はい、総監は時々ふらりと周辺の見回りに出られることがあるのですが、今まではこれほどお留守が長くなることはありませんでした。それに、総監がお一人で出られるときはだいたい大がかりな魔法をお使いになられる時で、随員はかえって邪魔になるからと……」
「そんなあいまいな理由で総監をお一人にするのか! 現に今回——」
「中隊長、やめよう」
「はっ!」
激昂して兵士を叱りつけようとした騎士を諫め、スリアンは小さくため息をつく。
「彼の大規模魔法は広範囲に影響が及ぶから。時には味方も巻き込んでしまう。それだけ考えればサイの言い分は決して間違いじゃないんだけどね……」
しかし、彼の今の立場では、随員を一人もつけず歩き回るのは非常識だ。現にこうして大騒ぎになっている。
スリアンはふうと息を吐き、魔女の塔に入り浸っていた頃を思い出す。王直騎士団の敷地の隅に建つ魔女の塔に夜な夜な押しかけ、嫌がるサイを引きずって二人だけでこっそり悪者退治に出かけていたあの頃が懐かしい。
自分は王位など縁のない気楽な身分だったし、サイもまた王直の魔道士とはいえ国の舵取りに影響するような立場ではなかった。
「あの頃は二人とも身軽だったよね……」
考えてみれば、暦の上ではあれからまだ三年ほどしか過ぎていないのだ。
「わかった。新しい情報があれば夜中でも構わない、たたき起こしてくれていい。じゃあ、今夜はこれで解散しよ——」
そう宣言しかけたところに、血相を変えた伝令兵が飛び込んで来た。
普段は砦の屋根裏部屋で伝書鳥の世話をしているおっとりとした男で、誰も彼が感情的になったところを見たことがないと噂されている。そんな彼が震える手で通信筒をスリアンに差し出した。
「王宮からたった今届きました。最優先、最重要のタグつきで——」
「うん、ありがとう」
スリアンはなにげない顔を装って通信筒を受け取ると、伝令兵を下がらせ、通信筒から細く丸めた皮紙を引っ張り出す。
「う〜ん」
眉間を寄せ、改めて文面に目を通した彼女は、執務室に残る全員の目が自分に注がれていることに気づき、大きく息を吸って言葉を発する。
「クラバックが造反した。独立を宣言して、周辺の貴族領に武力侵攻を始めたらしい」
長く国を治めた王が退き、新しい王が立つタイミングでは、時に内乱が起きることもある。
まだ若い新王の即位そのものに反対だったり、あるいはその能力を認めず従おうとしない有力貴族が単独、あるいは連合して国に反旗を翻すのだ。
今回の場合、クラバックは新女王スリアンの即位やその方針にずっと反対し続けていた。国を割るとあからさまに脅しをかけてきたこともある。
その上、ゼーゲルが復興し富を生み出す気配が濃厚になると、今度はサイを追い出して自分が領主に座ろうと画策した。スリアンが彼のもくろみを一蹴したことでいよいよ堪忍袋の緒が切れたのだろう。
自分の派閥の貴族たちにも見限られ、起死回生の秘策だったスリアン暗殺にも失敗した。クラバックには、もはや内乱でも起こして国ごとひっくり返す以外に権力を握り直すすべはない。
「まあ、クラバックの気持ちは理解できるよ」
王宮との間で慌ただしく伝書鳥を行き交わせ、王直騎士団全隊に加えて軍をクラバック領に動員する指示を済ませたスリアンは、宿直の兵士がいれた黒豆茶をすすりながら苦笑気味に言った。
「ボクはもともと
「しかし、そんなワガママが通るようならそもそも国など成り立ちません。反旗を翻すなどもってのほか——」
「うん。だから、クラバックは討たなければいけない」
騎士団中隊長の言葉に深くうなずくと、スリアンは唇をぐっと噛みしめ、誰にともなく続ける。
「ここ数年ずっと
だが、サイのように気安くなぐさめてくれる者はいない。スリアンのグチはそのまま気まずい空気の中に溶けた。
「では、明朝夜明けをもって出発。王直騎士団はボクと共に東へ向かう」
「はっ!」
「鎮守台の諸君は引き続きサイの発見に全力を尽くせ。手紙を残しておくから、発見次第読んでもらって」
「はっ!」
「で、できるだけ早くボクらに合流すること。いいね」
サイがその空間に迷い込んでから、すでに一昼夜ほどが過ぎていた。
彼が生き埋めにされた洞窟の一番奥、泥に
思わず一歩踏み出した彼の背後で扉は音もなく閉まり、押せども引けども再び開こうとはしなかった。
目の前には茫漠とした白い空間が広がっている。扉が開かない以上、前に進む以外の選択肢はなかった。
「しかし、どこまで歩けばいいんだ?」
階段はおよそ三階分ほど下ったところで終わり、そこからは長い廊下がひたすら続く。
天井も壁も、そして床までもが白く発光し、輪郭をあいまいにする。
いくら歩いてもなぜか疲れも空腹も感じない。まるで仮想空間に迷い込んだような不思議な感覚だった。
そうして、時間感覚すらおぼつかなくなったところで、ようやく突き当たりにたどり着いた。
そこだけ廊下の幅が広く、扉のない小部屋のようだ。
そんな空間の真ん中に、まるで玉座のような背もたれの高い椅子が一脚、ぽつんと置かれていた。
「ここに座れっていうこと?」
もちろん、どこからも返事はない。
サイはしばらくためらった末、硬そうな見た目に反して座り心地のよい椅子にゆっくりと腰を下ろした。
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