第13話 サイ、ギルドを追放される
「……プレスさん」
「……うう」
「サイプレスさん、起きて下さい」
気がつくと、ギルドの受付嬢がサイの顔をのぞき込んでいた。
「こ、ここは?」
「まだ、動かないで」
跳ね起きようとすると額をやわらかく押さえられた。後頭部のふんわりと柔らかな感触からすると、どうも膝枕をされているらしい。
「魔道士ギルドの救護室です。覚えていらっしゃいますか? サイプレスさんは私と話している最中に突然倒れられたんですよ」
説明しながら、彼女は神経を落ち着かせる薬湯の入った吸い飲みをサイに手渡した。口に含んだ薬の青臭さと苦さが、サイの意識をゆっくりと覚醒する。
「……そうだったんですか。それはご迷惑をおかけしました」
サイは顔だけ起こして薬湯を飲み干し、彼女に支えられながら重い上体をどうにかこうにか持ち上げると、ふるふると頭を振る。
「疲れてたのかな。ひどい悪夢を見ました。魔道士ギルドから僕が突然除名される……」
言いかけて受付嬢を見ると、彼女は悲しげな表情を浮かべてすっと顔をそむけた。
「やっぱり。夢じゃなかったんですね」
「……すいません」
「いえ、あなたが謝るようなことじゃないです」
サイはため息を一つつくと、ふらつく体を支えながらゆっくり立ち上がった。
さっきまでの混乱し、高ぶった気持ちはすっかり冷えきっていた。
心の底から信じていた人間に裏切られると、こんなにも心が冷たくなり、身体まで凍えるのだと、生まれて初めて知った。
「これまで色々お世話になりました。それでは」
「そうだ! いえ、ちょ、ちょっと待って下さい!」
受付嬢に背を向け、ドアノブに手をかけようとした瞬間、彼女は突然何かを思い出したように、サイを突き飛ばす勢いでバタバタと部屋を飛び出していった。
サイが首をひねりながら受付カウンターのあるエントランスに戻ると、彼女はギルド幹部の執務室に通じる扉から姿をあらわした。
見れば、手には小さな革袋を持っている。
「これ、持って行って下さい!」
「……これは?」
「あなたのお金です!」
受付嬢は不思議なことを言い出した。
「え? でも、さっき、僕らの貯金は全部……」
「メープルさんは、〝私達が預けたお金を全部引き出します〟とおっしゃいました」
「……はぁ」
「ですから、私はあなた方が預けた分のお金を全額引き出して彼女に渡しました」
「ええ、ですから」
「これは、ええと、そう、り、利息です!」
「え?」
「ですから、利息です。あなたはあれだけの大金をギルドに預けていたのですから、当然利息が付きます。でもメープルさんは〝預けたお金〟としか言いませんでした。そこに利息は含まれません」
「そんなバカな! それは詭弁——」
「しーっ!それ以上は言っちゃだめです!」
サイは、受付嬢が適当な口実をつけて彼にお金を渡そうとしているのだと思った。
だが、なんだかんだと難癖をつけて渡すべきお金を渡さないことはあっても、逆のパターンなど聞いたこともない。怪しいとは思いつつ、結局押し切られるままに革袋を受け取ってしまった。
「すいません。なんだか変だなとは思ったんですよ。あんまり彼女が急いでいるから。あの時何でもいいから理由をつけて支払いを差し止めてさえおけば、こんなことには……」
「ですから、あなたの責任じゃないですって」
「すいません。こんなことしかできなくて。あなたにはこの六年、本当にお世話になりました。失ったお金には全然届きませんが、先ほどのお金は、ギルド長からのほんの感謝の気持ちだと思ってください」
「いえ、こっちこそ最後の最後に冴えない結末で期待を裏切ってしまって……」
受付嬢はしばし沈黙し、思い直したように言葉を続ける。
「……サイさんが誰も引き受けたがらない寒村の討伐をこまめに引き受けてくれて、ギルドとしてもとても助かっていたんです」
「まあ、確かにあの手の依頼は報酬が危険に見合いませんからね」
「ですです。依頼を出した村の切実な思いとは裏腹に、ああいうのはえてして塩漬け依頼になりがちなので……」
受付嬢は再び黙り込んだ。二人の間に長い沈黙が流れる。
「じゃあ、僕は、これで。お心づかい、感謝します」
サイは小さく咳払いをすると、革袋を懐に納めた。
「……あの」
受付嬢は眉をへの字にして、思わずサイを呼び止める。
「余計なお世話かも知れませんが、これから一体どうされるんですか?」
「ええ、これ以上王都にとどまる意味も元手もありません。故郷の村に帰って細々とまじない師でもやろうと思います」
「そうですか。寂しくなります」
彼女はつぶやくように言って悲しげにため息をつく。
「まあ、少なくとも
受付嬢はそう、サイに王都を離れることを勧めてきた。
もしかしたら、このアドバイスすら罠の可能性もあるが、今のサイにはもはやどうでもよかった。
「はい。では。お世話になりました」
サイはまだ何か言いたげな表情の受付嬢にそれだけを言い残し、もう二度とまたぐことのないであろうギルドの門を出た。
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