第12話 サイ、幼なじみに愛想をつかされる
「三日ほど前のことだよ。突然あの子が辞めるって言ってきて。いきなりそんなこと言われても、代わりの働き手もすぐには都合つかないし。私も、ほとほと困ってるんだよ」
おかみのため息交じりのクレームに、サイはすぐに答えることができなかった。
「まさか。そんなこと全然。この前会った時も別にそんな素振りは……」
呆然とするサイに、おかみはさらなる爆弾を投下する。
「……こんなこと、どうかと思って、今まであんたには黙っていたんだけどね」
そう言って再び大きなため息をつく。
「最近、あんたのいない隙を狙って、例の派手な魔道士様がちょくちょくうちに来ていたんだよ。それはまあメープルにしつこく言い寄ってねえ」
「え?」
「最初はあの子もずいぶん迷惑そうにしていたんだけど、頼ろうにも肝心のあんたはとんとうちに寄りつかなくなっちまうし、そのうちにあの子もまんざらなじゃない
サイは、実験の前の日、メープルに会った時の複雑な表情を今更ながらに思い出していた。あれは……。
「で、メープルは今どこに?」
「知らないわよ。大方、あの魔道士の所にでも行ったんだと思うよ」
おかみの口ぶりはあきれを通り越して、もはや投げやりだった。
「あの貴族魔道士、位は高いし、羽振りも相当良さそうだったし。私もまあ女としてはあれだけ熱心に口説かれればまんざらじゃないって気持ちはわかるわねぇ。それでも、私はあの子があんたを選ぶと信じてたんだけど」
「……して」
「え?」
「どうして僕に教えてくれなかったんです?」
「だって、あんた、最近あの子に冷たかっただろう?」
「え、違います。あれは——」
「結婚を間近にしてナーバスになっているあの子を、仕事にかまけて放っておいたじゃないか。あんたにも原因の一端はあると思うよ」
「でも、もうすぐ全部すっきりするってちゃんと言ったのに……」
「私も告げ口みたいなことはしたくなかったしね。まあ、揺れているところにあれだけチヤホヤされれば、そりゃ心変わりもするってものさ」
「……そんな!」
「あの子はあんたの許嫁だったかもしれないが、同時に一人の人間で、普通の女なんだよ」
まるで謎かけのようなセリフに、サイは眉をしかめる。
「ああ、そういえば、あの子からあんた宛に手紙をことづかっていたんだった」
おかみはそう言って、四つに折りたたまれただけの質の悪い皮紙をサイに手渡した。
「見るつもりはなかったんだけど。悪いね。中身、見えちまった」
「あ、はあ」
「あんたへの恨み言しか書いてなかったよ」
「……」
それだけで、サイはその手紙を開く気にならなくなった。そのまま懐に無造作に突っ込む。
術式の完成と討伐任務。忙しさにかまけてなかなかここに来る時間が作れなかったのは確かだ。
だけど、落ち着くまでほんの数ヶ月の我慢だと思っていたし、メープルにも何度もそう説明した。
全てが片付けば、そして、学校を卒業して魔道士資格を得さえすれば、その先には幸せな未来が待っているものだと彼は信じて疑わなかった。
二人の幸せのため、貯金だってあれほど頑張って……。
「はっ!」
サイはようやくそのことに思い至った。
「ちょっと、あんた!!」
おかみが止めるのも聞かずに店を飛び出すと、そのまま同じ通りにある魔道士ギルドに駆け込む。だが、現実はさらに過酷だった。
「はい、確かにメープルさんご本人の依頼で引き出されています。やはり同意の上じゃなかったんですね」
魔道士ギルドの顔なじみの受付嬢は、眉をへの字にして、心底申し訳なさそうに答えた。
「じゃあ、今の残高は!?」
「……ご愁傷様です」
「こっ! これまで貯めた金額は——」
「そうですね、記録だと王都に小さな家が買えるくらいはあったようですね」
「そ、そんな!!」
足が震え、気を抜くとそのまま膝から崩れ落ちそうな気がして、サイはカウンターの端を両手でぐっと握りしめた。
「それよりもサイプレスさん、あなたにはもっと緊急の問題がありますよ」
一方、彼女はそう前置きして、国の公式文書に使われる枠飾り付きの皮紙を二通重ねてサイに示した。
「今朝早く、王立魔道士団からの採用内定取り消し通知、及び魔道士学校からの放校通知がギルドに届きました」
「まさか、そんなに早く」
「つまり、サイプレスさんはもはや魔道士でも魔道士学校の生徒でもないということです」
彼女は沈痛な表情でそう付け足すと、目を伏せて首を小さく左右に振る。
「それが、何か?」
「ええ、魔道士ギルドへの加盟にはご自身が認可された魔道士、あるいはその養成課程にあることが絶対条件です。ですから、サイプレスさんはこの通知が私達のもとに届いた時点で当ギルドを除名、ということになりました」
「……そんな」
「結果として、これまでギルドが提供していた様々な利便はすべて失われます。様々な依頼の受託権、魔道士としての身元保証や財産の管理代行もそれに含まれ——」
最後まで聞いていられなかった。
度重なる追い打ちで、サイの精神はもはや崩壊寸前だった。
頭は真っ白で、何も思いつかない。
体中から力が抜けて、サイはその場にガサリと崩れ落ちた。
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