第11話 サイ、魔道士団を追放される
「え? 一体どういうことですか?」
討伐任務でしばらく王都を離れ、一週間ぶりに王立魔道士団に出勤したサイは、門番を務める魔道士に隊舎への入室を拒否された。
「貴様の任務はすでに終わった。これ以上貴様のような出自の判らん部外者をこの建物に入れるわけにはいかん!」
門での騒ぎを聞きつけて表に出てきたアルトカルは、ひと筋も表情を変えず、サイに向かって突き放すように告げた。
「いえ、確かに術式そのものは完成しましたが、引き継ぎとか色々ありますし、報告書もまだ書き上がっていませ——」
「これは我々貴族の仕事だ。貴様のような下賤に与える仕事はないと言っただろう」
大魔道士はそう言い放つと、これで話は終わりだとでも言うようにくるりと背中を向けた。
「え? アルトカル様、ちょっと待ってくださいよ!」
「大魔道士様に対して馴れ馴れしいぞ!」
「判ったら、ごちゃごちゃ言わずにさっさと立ち去れ!」
門番は大魔道士の後ろ姿を見送ると、サイの胸を数人がかりでぐいぐいと押し、門の外に強引に押しやって門扉をがしゃりと締め切った。
「ええ! でも」
「うるさい。あくまで留まると言うなら兵を呼んで貴様を拘束してもらうまでだ!」
「わ、わかりましたよ!」
まったく取り合ってもらえなかったサイは、事態の急変っぷりに首をひねりながら魔道士学校に舞い戻り、学校長に至急面会を求めた。学校長以外に詳しい事情を知るものはいないと考えたのだ。
だが、クェルカス学校長は不在だった。
代わりに、学校長代理だというぶくぶくに太った小柄な男性がサイの前に姿を現した。
「貴殿がサイプレス・ゴールドクエストか?」
「ええ。あの、クェルカス学校長は?」
「元・学校長だ。彼はすでに辞職なされた」
「え!?」
「次の学校長が正式に決まるまで、この私が代理を務める。その上で——」
「ちょ、ちょっと待って下さい! 学校長が退職されたというのは——」
「何度も言わせるな。元・学校長だ。故郷に有事ありとのことで、一昨日付けで辞表が出ておる」
「ええっ!?」
まさに晴天の
確かに、最近は多忙で校内でサイが学校長の姿を見かける機会はめったになかったが、十日ほど前に食堂の入り口ですれ違った時にも、そんな切迫した様子はまったくなかった。
『どうだ〜、例の術式の方は?』
『ええ、もうほとんど完成です。数日中に実証実験を行う計画でして』
『そうか。じゃあ君の卒業もいよいよ目前だな。楽しみにしているぞ』
確かそんなやりとりだったと記憶している。
魔道士学校の卒業に決まった日付はなく、六回生の第二期中に卒業条件を満たせば、第三期の任意の日をもって卒業日とすることができる。
もちろん、就職先との兼ね合いで第三期最終日まで学生寮に居残ることもできる。そのため、家賃を節約するためにギリギリまで粘る学生も少なくない。
一方、すでに課題認定を済ませ、第三期が始まったその日に早々と卒業した同級生も数名いる。サイの場合は天候改変術式の完成がその条件だったはず。なのだが。
「サイプレス・ゴールドクエスト。貴殿は本日付で放校処分となる。すぐに荷物をまとめて寮を出て行きたまえ」
「はあっ? 一体どういうことです!?」
「君は期限内に卒業課題の提出を行わなかった。また、第二期の出席日数は卒業に必要な基準を大幅に下回っておる。よって卒業の意思なしと認め、私が放校を決定した」
「何をおっしゃっておられるのかわかりません! クェルカス学校長とのお話で、王立魔道士団での勤務は出席日数に充当されるとうかがっていますし、任務を終了すればその時点で卒業資格を認定すると——」
「悪いが、私はそんな話を聞いていない」
「しかし!」
「では、何かその約束を証明する物はあるかね?」
「……それは、ありません」
サイは唇をかみしめて自分のうかつさを呪った。
学校長との取り決めは確かに口約束で、書面を作るようなことはしなかった。これまで六年間の信頼関係があれば、そんな物は不要だと完全に安心しきっていた。
「では、規定通り判断するほかないな。戯言をほざいてないで、今日中に出て行くこと。いいな!」
それ以上、いくら食い下がっても無駄だった。
「とりあえずもう一度魔道士団に戻ろう。アルトカル大魔道士にきちんと事情を話してお願いすれば——」
焦ったサイは、再び魔道士団にとって返す。だが、今度は隊舎の入り口どころか、敷地に足を踏み入れた瞬間に兵士が槍を持って飛び出してきた。
とても面会どころではなかった。
サイの魔力を使えば兵士を無力化して強引に隊舎に押し入ることも難しくはない。だが、そうすれば今度は〝王立〟魔道士団全体が敵になる。国家に対する明らかな反逆の罪と見なされかねない。
「一体……どういうことなんだ?」
何が何だかわからなかった。
昨日までの日常が突然百八十度ひっくり返った気がした。
なすすべもなく、サイはがっくりと肩を落として再び魔道士学校に引き返した。
だが、学生寮につながる門の外にサイのわずかな私物がまとめて放り捨ててあるのを見た時、足から力が抜け、彼の心の中で何かがプツリと切れた。
「……もういい」
メープルと二人、希望を胸に故郷の村を飛び出してから六年。
つらいことは確かに多かった。だが、いくら思い返してもここまで一方的に理不尽な扱いを受けたことはなかった。
「魔道士団から追い出され、学校も追い出された。つまり、僕にはもう魔道士の道はないってことだよな……」
冷たい石畳に膝をつき、サイは独りごちた。
「……それなら、いっそ、民間の魔法師にでもなるか」
この国では、魔道士という呼び名は正式に国家の公認を受けた魔法使いであることを意味する。
だが、平民街には、国の後ろ盾を受けることなく、ちょっとしたまじないや大衆薬の調合と販売を生業とする民間の魔法使いも少ないながら存在する。
そういう職業を総じて「魔法師」あるいは「魔女」と呼ぶ。国のお墨付きがないだけに詐欺師めいた怪しげな輩も多いが、貴族ばかりのふんぞり返った魔道士より、むしろ平民に身近なのは魔法師の方だ。
「考えて見れば、平民の僕が魔道士を目指すなんて最初から分不相応だったんだ」
サイはゆっくりと立ち上がり、膝の泥汚れを払う。
「稼ぎは小さくなるけど、今までの蓄えで家くらいは買えるし、慎ましく生きるつもりならむしろ魔法師あたりがピッタリかもな」
サイはそう頭を切り替えた。
早速今後のことを急いで相談しようと、メープルの勤める宿屋兼食堂に足を向けた。だが、
「辞めた?」
苦虫を噛み潰したような表情でおかみがサイに告げたのは、またもや信じられない事実だった。
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