その9

 それから二週間は、何事もなく過ぎた。――というわけには行かなかった。


「あのさ、鈴池」


 平日の学校で四時限目まで授業をこなし、昼食のあと、適当にスマホでラーメン情報でも見ようと思っていた俺に、妙な声がかけられた。顔をあげると、同じクラスの男子の川崎、鈴木、本田がいる。俺なんかとは違って、女子にも結構人気がある三人だった。弥生さんほどではないが、リア充に分類される人種である。


 要するに、俺とは住む世界が違う方々だった。


「何?」


 これでヤマハがいればバイクのメーカー勢揃いになるんだが、世のなか、そんな風におもしろくは話が進まない。というか、なんの用だ? いままで、特に仲良く話をした記憶もないんだが。不思議に思って聞いた俺に、三人がニヤつきながら顔を近づけてくる。


「あのさ、鈴池ってラーメンに詳しいんだよな?」


「は?」


 俺は少し首をひねった。


「ラーメンは好きだけど、べつに詳しいってほどじゃないよ」


 弥生さんのときにも言ったが、俺より詳しい人間なんて山ほどいる。正直に返事をしたつもりだったんだが、三人の笑顔は変わらなかった。


 ――なんか、弥生さんが俺に見せる笑顔とは種類が違って見えた。ひょっとして馬鹿にされてるのか俺?


「ふうん。まあ、いいや」


「それで、おまえがどれだけラーメンに詳しいのか、ちょっとテストしてやろうと思ったんだよ」


「はあ」


 なんだいきなり? 訳がわからずに返事をした俺の前で、川崎が口を開いた。


「あのさ、ラーメンって何種類くらいあるのか、言ってみな?」


 またアバウトな質問をしてくる。俺は少し考えた。


「あのさ、いま言ったラーメンの種類って、デフォのスープあり温ラーメンと、冷やしラーメンみたいなスープあり冷ラーメンと、油そばみたいなスープなし温ラーメンと、冷やし中華みたいなスープなし冷ラーメンのことを言ってるのか?」


 質問の意図が理解できないので確認で聞いたら、川崎たち三人がキョトンとなった。少しして、なんだか困ったようで俺をにらみつけてくる。


「そんな細かい話じゃねえよ。スープだよスープ。ラーメンスープの種類を言えばいいんだ」


「あ、そういうことか」


 かなり初期のレベルの話だな。そういえば、俺も弥生さんにそういう質問をしたっけ、などと頭の片隅で考えながら、俺は川崎たちをながめた。


「まあ、基本は、醤油、塩、味噌、豚骨だな」


 俺が言ったら、川崎たちの顔に笑みが戻った。――なんとなく、自分が上位になれてほっとしたような感じに見えなくもなかった。


「さすがにそのへんはわかってるみたいだな」


「じゃ、さらに質問。そのなかで、ひとつだけ、ほかの三つとは違うものがある。言ってみな?」


「違うもの、か」


 塩って言ったらまずいんだろうな、と俺は思った。原点の中国の麺料理では、スープは塩味であっさり目が基本。たとえば函館の塩ラーメンスープはその直系と言ってもいい。醤油、味噌、豚骨は、そこから独自の進化を遂げた、日本発祥のスープで、言ってみれば分家的立ち位置になるんだが、こいつらにそれを言っても理解してもらえるとは思えなかった。


「まあ、普通に考えたら豚骨だな」


 仕方がないので当たり障りのない答えを言ったら、川崎たちがおもしろそうにうなずいた。


「じゃ、なんで豚骨だけ、ほかの三つとは違うと思ったんだ?」


「醤油、塩、味噌は調味料。豚骨は出汁をとる材料だから」


 これも返事をしたら、川崎たちが顔を見合わせた。


「一応は知ってるみたいだな」


「まあ、話はこれからだ。――それでな鈴池? 東京醤油ラーメンってあるだろ? 醤油で味付けしてある、透明なスープの奴。実はあれにも豚骨が使われてるんだぜ? それでも白く濁らないんだ。なんでか知ってるか?」


「は? そりゃ、ガス台の火力の問題で」


 と、ここまで言って俺は気づいた。


「おまえたち、弥生さんから何か聞かされたんだろ」


「「「何い!?」」」


 俺が言ったら、いきなり三人が切れた。なんでか敵意のある目でにらみつけてくる。


「てめえ、いまなんて言った?」


「は? だから、弥生さんから何か聞かされたんだろうって」


「この野郎、二回も」


「ちょっとこい!」


 いきなり川崎が俺の服をつかんで、無理矢理俺を立たせた。そのまま、ひきずられるみたいに歩かされる。なんだよ乱暴だな。歩く先には、ほかの女子と話している弥生さんがいる。弥生さんも川崎たちの剣幕に気づいて、驚いた顔でこっちを見ていた。


「大泉さん、すみません」


「鈴池の野郎、偉そうに大泉さんのことを下の名前で呼び捨てにして」


 言いつけるみたいな調子で弥生さんに話しだした。


「呼び捨てになんてしてないだろ。ちゃんと、弥生さんって、さんづけにした」


「そういう問題じゃねえ! 大泉さんはな、おまえみたいなのが話にだしていい人じゃねえんだよ!」


「だいたい、ラーメンマニアなんてのは、店で自作したラーメンスープしか認めない、なんて偏見でものを言う連中ばっかりだからな。いいか、いまはコンビニの冷凍つけ麺もものすごくレベルが高いんだよ。おまえ知らねえだろ? そんな程度のもんを夢中になって食ってる奴が何を偉そうに」


「ちょ、ちょっと待って」


 怒鳴りつける川崎たちに、あわてた調子で弥生さんが声をかけてきた。

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