その12

「まず、第一。最初に俺が説明した方法。普通に出汁と味噌ダレでラーメンスープをつくる。出汁の風味はわからないけど、味噌ダレがうまいんだから、ほとんどのお客さんは文句を言わない。本当にこだわって、いろいろ言ってくる俺みたいな客は十人にひとりだから無視してもかまわないし」


「はあ。じゃ、それをやったら」


「ただ、この店でこの手は使えない。なぜかって言うと、いままで皐月さんがこの手を使ってきたからだ。味をリニューアルします、グレードアップしますってチラシを配るんだから、違う手を考えなくちゃならない」


「あ、そうか」


「で、第二。味噌ダレを減らす。ただ、それで出汁の風味がわかるまで味噌ダレを減らすと、塩分と発酵調味料の香りが、うまいって思える最低ラインを下回ってしまうんだ。だから、追加で醤油ダレを入れることで、塩分と発酵調味料の香りを補充する。ほら、さっき、塩ラーメンに香りつけで醤油ダレを入れるって話をしたと思うけど。あれとは逆の理由で同じことをやるんだよ」


「あ、なるほどね。それだったら」


「ただ、これも、味噌ラーメン専門店なら使える手なんだけど、この店では難しい。なんでかっていうと、これをやった味噌ラーメンのスープは醤油色になるんだよ。で、この店は普通に醤油ラーメンや塩ラーメンもだしてるから。醤油ラーメンと似通ったビジュアルの味噌ラーメンをだすのは問題なんだ。味噌ラーメンを頼んだのに、醤油ラーメンをだしてきたってお客さんがでてくる危険があるし」


「あ、そうだよね」


「つづいて、第三。出汁を強くする。豚骨、鶏ガラを倍近く使って、煮こみ時間も火力もあげれば、味噌に負けない出汁がとれる。これなら出汁の風味もわかるから。ついでに言うと、俺がバイトしてる『とんこつラーメン ひずめの足跡』のとんこつ味噌ラーメンがそれなんだ。豚骨スープなら味噌にも負けないし」


「あ、じゃ、それをすれば」


「ただ、この店でそれをすると、この店の売りと言うか、皐月さんがこだわっている鰹節の香りが負けちゃうと思うんだよ。ほら、魚介と獣肉って、どうしても獣肉が勝つから。それで皐月さんも悩んでたんだし。鰹節の香りが無くなっちゃうのは本末転倒だ」


「――あー」


 俺の説明に、弥生さんも困った顔をした。


「言われてみれば、そうだよね。じゃあ、どうしようもないと思うんだけど。どうすればいいの?」


「そこで第四。出汁の風味なんて一切考えず、味噌を超えるインパクトの調味料で、味噌以上の特徴をだしたスペシャルな味噌ラーメンをつくればいいんだ」


「「――は?」」


 これにキョトンとした声をあげたのは弥生さんだけではなかった。皐月さんもである。

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