その11
「じゃ、次の質問――の前に、ちょっと説明をします。ここは東京なので、東京醤油ラーメンをベースに話をしますけど。東京醤油ラーメンって、昔は油が少なめで、かなりあっさりしていたんだそうです。スーパーマーケットで売ってる特徴のない袋麺はいまでもそうですし。ただ、それは、あくまでも過去の話で。いまの日本人は、昔よりもこってりしたものが好きになってきているせいか、東京醤油ラーメンも油の多いものがでてきています。ラ博に出店してる醤油ラーメンも、油の量は五段階評価で二とか三が普通ですし」
簡単に言ってから、俺は皐月さんを見つめた。
「で、ここで食べたラーメンも、油の量はそんな感じでした。やっぱり、そういうのを意識したわけですか?」
「あ、それは、そうじゃなくて。食べてわかってもらったと思うんですけど、私のだしているラーメンって、塩分は控えめにしてるんです。それで、鰹節の香りが効いたラーメンスープだと、お吸い物とあんまり変わらないんじゃないかって言われちゃいそうな気がして。だから、これは、あくまでも和風出汁のラーメンスープなんですよ、鰹節の香りが効いてるけど、お吸い物じゃないんですよ。その証拠に油が浮いてるんですよって言いたくて」
「あー、そういうことか」
俺はさっき食べたラーメンの塩分を思い返した。
「じゃ、さらに質問です。確かに俺も塩分は薄めだと思いました。どうして薄めなんですか?」
「それは、食べたお客さんの健康も考えたからなんです。私も調べたんですけど、人間が一日に摂取していい塩分って、男性だと8グラム、女性は7グラムなんだって聞いて。で、ラーメンって、最初から塩分が高いから。私のラーメンで、お客さんが具合を悪くしたら申し訳ないって思って。だから、おいしいって感じるギリギリまで塩分は控えめにしてるんです」
「なるほど。じゃ、次なんですけど。ここのラーメンって、モヤシが乗ってますよね? 50グラムくらいでしたけど」
「あ、はい。正解です。50グラムです」
皐月さんが、少し意外そうな顔をした。で、隣にいた弥生さんも驚いた顔で俺を見る。
「へーすごい。グラムまでわかるんだ」
「そりゃ、まあ、それくらいは」
スーパーマーケットで売っているモヤシがひと袋200グラムで、量もわかってる。その四分の一くらいの量に見えたから適当に言っただけなんだが。
「で、そのモヤシなんですけど、どうして乗せたのかっていうのが」
「栄養バランスを考えたんです。それからラーメンスープって、野菜で出汁をとることもありますけど、出汁ガラの野菜を捨てるのはもったいないから。そんなことをするくらいなら、野菜を直接食べてもらったほうが、食物繊維もビタミンも摂取できるからいいんじゃないかって思って。シャキシャキした食感もアクセントになると思いましたし」
「ふむふむ。それから、煮玉子はトッピングメニューで、デフォではついてませんね。これは?」
「世のなかには玉子アレルギーの人がいますから。そういう人たちにも、安心してラーメンを食べてもらえるように、玉子は別料金で設定したんです」
「あ、親切なこと考えてたんですね」
俺は感心した。何を聞いてもきちんと返事がくる。漠然とラーメンをつくっているわけではなさそうだ。つづいて、俺はカウンターに置いてある調味料を指さした。
「それから、このお店って、ブラックペッパーとホワイトペッパーの両方がありますね。これは珍しいと思ったんですけど」
「あ、それは、私のつくったラーメンって、魚介系なので。もしコショウをかけるとしたら、ホワイトペッパーが合うと思ったんです。でも、前の店長がブラックペッパーを置いてて。まだ中身が残ってるのに捨てるのはもったいないから、両方置いてるんです」
「はー、なるほどね」
魚介系には白コショウか。ちゃんと基本も踏まえてるな、と思いながら、あらためて俺は皐月さんを見た。
「ここって、前の店長がいたんですか?」
「あ、はい。実はここ、以前は中華料理屋さんで。いろいろあって、私が跡を継いで、ラーメン屋にしたんです」
「ははあ」
俺は納得した。店の外見が昭和の中華料理屋っぽいし、麺も中華料理屋の麺だと思っていたが、それでか。
「じゃ、あの、このお店、『白桃』って店名でしたけど、入口の看板を見たら、『白桃』の前の部分が新しくペンキを塗ったみたいになってたのは」
「あ、あれは、『中華 白桃』ってなってたんです。で、もう中華じゃないから、私がスプレーペンキを買ってきて、それで『中華』の部分を上からで塗りつぶして」
「あ、そういうことでしたか」
返事をしながら、あらためて俺は店内を見まわした。「店内禁煙」とある。それでTVがない。
「だいたいのところはわかりました。ただ、だったら、どこかのラーメン専門店みたいに『当店のラーメンは鰹節の香りを強くだした和風ラーメンです』なんて張り紙をしておくといいと思うんですけど。どうしてしないんですか?」
「あ、それはですね」
皐月さんが、少し困った顔をした。
「そういうことをやっちゃうと、みんな、それを先に読んで、そういう思いこみが頭に入っちゃうじゃないですか? すると、実際の味がどうとかっていうのとは関係なしにお客さんがラーメンを食べちゃうんで。それくらいなら、何もアピールしないほうが、純粋にラーメンを味わってもらえるんじゃないかって思って」
「はあ、なるほど。じゃ、『店内禁煙』なのも、TVがないのも、味に集中してもらうためですか」
「はい、その通りです」
「わかりました」
俺はうなずいた。何を修正すればいいのか、どこを改良すれば、よりよくなるのか。だいたいのところはわかってきた。
あとは、テコ入れの順番をどうするか、だな。
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