とにかく一から始めるんだから、あれもこれもと欲張っちゃ駄目だよね
取り敢えず、早くから作付が始まる作物で堆肥の効果を試し、アウラクレアとバンクハンマの伝手を使って、この辺りの農家の人達に集まってもらいそれを見てもらった。
「なんだよ! こんなすげぇもんがあるなら早く教えてくれよ! ハンマだけとかずりぃだろ!」
バンクハンマとは幼馴染で、何かというと彼に対抗心を燃やすクライレドネが、明らかに感情的にそう声を上げた。
だけど、私はピシャッと言う。
「これはたまたま上手くいっただけよ。失敗する危険性ももちろんあった。そのリスクをバンクハンマが受けてくれただけ。でもそれで上手くいったからあなた達にも同じようにしてもらいたいってこと。
忘れないで。私はこの国の生産力そのものを底上げすることを目的にしてるの。誰か一人を儲けさせたい訳じゃない。
ここにある牛糞で練習して、<堆肥化の魔法>をきちんとマスターしてちょうだい」
私がそう言った後、続けてアウラクレアが深々と頭を下げながら懇願した。
「皆さんお願いします。私達は皆さんに幸せになってほしいんです」
正直、今の時点では、彼らにとっては何の実績もない余所者である私がいくら言っても本気にはなってもらえないと思う。だからこそアウラクレアの人徳が私にとっては大きな武器だった。彼女がそんな風に頭を下げると、
「ん……クレアがそこまで言うんだったら、まあ、協力すんのはやぶさかじゃないけどよ……」
と、彼らは<アウラクレアからのお願い>という形で、協力してくれることになった。
微生物相手に顕微鏡覗き込んであれこれ試してればいいだけの<研究>とは訳が違う。人間が相手の<交渉>は本当に私にとっては苦手な分野だ。それをアウラクレアが補ってくれる。彼女がいなければ私は何もできなかった。
その後も、事あるごとにアウラクレアは彼らの家々を回って、それぞれが親戚とかを頼って集めた<堆肥>のチェックなども行ってくれた。魔法が上手く作用せず、臭いが残ってしまった堆肥などがあると私を呼んでもらって、その場で改めて<堆肥化の魔法>を掛けて完熟させるとともに、失敗の原因を探って対処するようにした。
未熟な堆肥ができてしまうのは、単純に呪文の詠唱ミスだった。酸素を順次送り込む為に加えた一節が、水を作る魔法のそれに似てるので、その辺りを勘違いして唱えてる人がいたのだ。それによって水分過多になり、熟成が阻害されて未熟な堆肥になってしまう。
だから私は、
「とにかく臭いが残ってるとそれは失敗って覚えておいて。臭いが残ってるのよりはまだパッサパサの方がマシだから」
と告げた。未熟な堆肥を土に混ぜると、改めて熟成が進む際に土中の酸素を消費したりして植物の生育を妨げることもあるからね。
未熟な堆肥もそれはそれで使い方もあるんだろうけど、今の時点であれもこれもと試そうとすると混乱するからとにかくまずは完熟堆肥だけを使うように心掛けるんだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます