3
(熱い熱い熱い)
プリシラは全身を包む、燃えるような熱さに悲鳴を上げた。特に足元が、他の身体の部位と比べて異常に熱い。
(な、何が起こっているの)
プリシラは、自分が置かれている状況が分からなかった。そして、彼女は自分を苛む熱さの正体を知ろうと、恐る恐る足元を見て──
「嘘、でしょ」
言葉を失った。
プリシラは自分が燃えるような熱さに包まれていると思っていたのだが、実際は違った。
自慢の白い皮膚が焼けただれ、焦げた足の先から白い骨が見える──つまり、自分の足が火を放ちゴウゴウと燃え盛っていたのだ。
プリシラは、自分の足が燃えているという事実を認識すると
「いやぁぁぁあああああ!!!」
あまりの痛みに絶叫した。
しかも、この熱い炎から逃れようにも、プリシラは背後に立つ磔台(けいだい)に手足が拘束されており、身動き一つとれない。
足が焼かれる激痛と、足元からせり上がってくる炎の恐怖に、プリシラは無意識の内に助けを求めた。
「お"か"あ"さ"ま"、た"す"け"て"!!」
プリシラの嘆願に、周囲から嘲笑が洩れる。
そして彼女の視線の先に、実の母親であるミレーヌの歪んだ顔が見えて絶望した。
かつて優しかった母親はもういない。そんなこと、自分が一番理解してたはずだった。
なのに、自分の口から放たれた"お母様"という言葉に、自分はまだ母親を信じていたのかと強いショックを受けた。
だがプリシラは、なりふり構っていられなかった。
なぜなら自分の身体を焦がす炎が、あまりにも熱すぎたから。
「お"ね"か"い"! た"れ"か"た"す"け"て"!!!」
「……」
だがもちろん、プリシラの言葉に応じる者などいない。
民衆にとって、彼女は異母妹である未来の皇后を陥れた大罪人なのだから。
プリシラの悲痛な叫びに対する民衆の答えは、聞くも耐えないような罵詈雑言の嵐だった。
「……も"う"、こ"ろ"し"て"」
プリシラの嘆願は、いつの間にか自分の死を乞う
それもそのはず。プリシラが受けている火刑はこの国で一番残酷な処刑方法で、自分の死に行く様が人々に晒されるだけではなく、炎に体を焦がす苦しみが死ぬまで続くという惨い性質を持ち合わせていた。
実際、プリシラも、気を失うことさえ許されない酷い激痛と、自身の肉の焼ける匂いに気が狂っていた。
そしてプリシラは、自身の命が尽きるまで悲鳴を上げ続け、齢18の生涯を終えた。
未来の皇后を陥れた大罪人が死んだ──
この国の人々にとっては手を上げて喜ぶべきことなのに、なぜか広場には沈黙が広がっていた。
それは彼らが、プリシラの命が尽きる最後の瞬間に目にした光景に、衝撃を受けていたからだ。
通常、火刑に処せられた罪人は、その残酷な処刑内容に泣き叫ぶか、苦痛を早く終わらせるために舌を噛むか、観衆に対して罵詈雑言を吐くかのいずれかだった。
そしてプリシラもその例に漏れず、彼女は泣き叫びながら自分を殺せと乞っていた。──最初の内は。
彼女が他の罪人と違ったところは、火刑の中盤以降だ。
彼女は炎が膝を越えた辺りから悲鳴をピタリと止め、ぶつぶつと何かを呟いていた。
そして腿に火の手が迫ると、彼女は心底面白そうに、ゲラゲラと音を立てて笑い始めたのだ。
人々は痛みのあまりプリシラの気が触れたのかと思った。そして、その予想は適中した。
「……お前たち」
突如、広場の喧騒の中にプリシラの声が響いた。
彼女の声は決して大きな物ではなかったが、人々のざわめきの中でもよく通った。
民衆は、先程までの涙で枯れた声ではなく、どこか気品すら感じられるプリシラの言葉に、興味深そうに耳を
プリシラは顔を俯かせていたが、自分に人々の視線が集まっていることに気付くと顔を上げ、一度でも目にしたら忘れられそうにない、憎悪に満ちた表情を浮かべて言い放った。
「全員地獄に落ちろ」
プリシラの口から発せられた呪いの言葉は、短いながらも人々を恐怖のどん底に陥れるのには十分だった。
そして、最後の言葉を振り絞ったプリシラは、その後すぐに絶命した。
プリシラの呪詛によって静寂に包まれた広場は、王太子が声を張り上げるまで沈黙に支配されていたという。
そうして、18の短い生涯を終えたプリシラは、歴史に名を刻まれる悪女となり、永遠に語り継がれることになった。
──のではなく、どういう訳かプリシラは、彼女が処刑される三年前に目を覚ましたのだった。
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