第128話 シノン

 もう転移をするのに、他人の視界は必要ない。

 護道の波長をキャッチし、その周りの波動を感じ取る。

 すると景色が浮かんでくるのだ。


 護道はベッドの毛布の中だ。

 何か、ごそごそ動いている。

 しかし、紫苑の姿が見当たらない。

 と、洗面室の方からヘアドライヤーの音が聞こえてきた。


 オレの索敵能力でも感知が出来ないのは、紫苑が紫苑でないのと同義だ。

 つまりは、彼女は今、魔女に操られている。

 というか、彼女は魔女になっているということだ。

 いや、魔女が彼女になってるのか?

 まあ、とにかく、紫苑は、今現在、魔女って事だ。


 だったら、手間が省けた。

 魔女とは、じっくりと話を聞く必要がある。


 と、突然、ヘアドライヤーの音が消え、ガチャリと、扉が開かれた。


 バスローブを纏い、髪の毛を拭きながら、平然と紫苑が出て来た。

 オレが来ているのがバレていた?

 こいつ、全く驚いていない。

 オレは勇者の格好で変装してるのに、オレがカズトだとわかっている?


「あら、結構、早く来ちゃったわね。早乙女さん、大丈夫だった?うふふふふ」

「な、なんだって?やはり、おまえは!いったい何がしたい?」


「うふふふふ、紫苑じゃないのがわかるんだ。だとしたら、先ずは名前かしら、人間の挨拶っていうのは。私の名前はシノン。もう、二度と会わないでしょうから、教えてあげるわよ、何もかも」


「全部、お前の手のひらの上って感じだな?面白いか?魔女だってな、おまえ?」

「ふ~~ん、そんな事も知ってるんだ。この短期間にレベルが上がったのかな?そうね、それがわかってるのなら話が早いわね」

 ――――やはり、この子、素質が高い。普通に行けば、私の勝ちだったのに、ホントにバカな魔王。まあ、その方が事が上手く運ぶには違いないけどね。


「だったら、お前はどういうモノで、なぜオレの邪魔をするのか、そして紫苑になぜ憑りついた?」

「うふふふふ、せっかちね、うふふふふ、そうね、護道なら大丈夫よ。彼、今、気持ちイイ世界に旅立ってるから、そのままにさせといてあげてね、うふふふふ」


「お前の得意な幻術みたいなモノか?」

「へーー、そういうのもわかってるんだ」

「やはりな、オレに幻覚を見させたり、ひょっとして、野球部の女子マネとかにも何か仕掛けたな?」

「うん、まあね。簡単だったわ、紫苑も、早苗も。まあ、女は信用させるのに工夫が必要だったけど、そこに居る護道や会長とかの男どもなんかは欲望の塊りだから、チョロすぎよ。うふふふふふ」


「だったら、お前の目的を教えろ!オレを困らせる目的とは何だ?」

「そうね、うふふふふ、教えてあげるわね。でも、その前に、私を抱いてくれないかな?」


 なんだ?オレをおちょくってるのか?

 しかし、急に目が真剣な感じに・・・・。


「お前って、悲しいヤツだな!」

「なっ、なんですって?」

「だって、そうだろ?お前は、ヒトに憑りつくことで、実感を得られる存在のようだからな。そうなんだろ?愛情とか、身体で感じてみたいんだろ?何か、心を揺り動かしてくれる実感が欲しいんだろ?」


「・・ふん!そうよ!だったら悪い?そう望んだら悪いの?私がそれを望むことは間違ってるの?誰も彼もみんな、私が悪いって・・悪い女だって・・そう言って、わたしを!」

 ――――ダメ、カズトの挑発に乗ってはダメ!挑発・・なのかな?何でだろ?なんで感情的になっちゃうの?この紫苑のせい?それとも、カズトのせい?カズトがあの人に似てるから?いえ、顔なんか全然違うのに?


「えっっ!!」


 オレは紫苑を抱きしめた。

 なぜだろう?

 何故かはわからないが、勇者として、男として、このを優しく包んであげたくなった。


「落ち着けよ、。何も君の事を悪く言ってるわけじゃないんだから。でも、そんな悲しい目をされると、紫苑に悲しい想いをさせてるようで、ごめんな、急に抱きしめちゃって」


 ――――幻覚無しで、こんな形で不意にマジで抱きつかれたのって、あの時以来だよ!ちょっとヤバいから!!


「う、ううん、だ、抱いてって言ったの、私だし!」

 ――――うん、カズト、筋肉の感触が良い!それに、良い匂い!ちょっとコーヒーの匂いが混じってる。ということは、どこかのカフェに居たのかな。わたし、一緒にカフェとか行きたかったな。ラブラブデートとかもしたかった。この世界に来て、護道とか、無いわ~~。だけど、もう時間が無い。


「あっ、ダメ!まだ、こうして抱きしめていて!」

「おまえ、実は素直ななんじゃないのか?それなのに、なぜこんな事を?」

「すべては勇者が悪いのよ。勇者さえ居なければ、私達は何もする必要なんかなかったのよ」

「私たち?ってことは?」

「ええ、私以外にも魔女は居るわ。そして、勇者の邪魔をするのが今回の使命。つまり、あなたと聖女候補との仲を裂くこと。だけど、あなたはもう、勇者じゃないから」

「そうか?それって、つまり?」

「そうよ、勇者はもう、他のひとに決まったの。だから、あなたにしたことは、無意味になったわ。ごめんなさいね。でも、あなたは素質があるわ。そして、賢い。勇者にならなくても、これから先、スゴイ事をするひとでしょうね。私が見込んだひとなんだから。じゃあ、さよなら!」


「待てよ!お前、護道をどこまで誘導した?それにごめんだけで終わるとかふざけんじゃねーぞ!」

「うふふふふ、そうね、そうこなくっちゃね。わかったわ、護道や会長に責任を取らせたらいいのね。それは任せて。ちゃんと後始末しといてあげるから。あとは、紫苑に直接訊いたら良いわ。それと、紫苑、まだ乙女処女だから安心して。それから、護道、いま幻覚を解除したから、じゃあね、さよなら!」


「おい!待てったら!」


 紫苑はぐったりと倒れてきた。

 オレは紫苑を抱えて、ゆっくりと床に横たえた。

 オレの考えを読みやがったようだな。

 もうどこかへ行っちまったか?


「おい、護道!起きろや!!」

 そう言っても護道はボーッとしたままだ。

「ちっ!」

 オレは、護道の頭をペチッと、はたいた。

 と、護道は気を失ってしまった。

 よっわ弱い

 いや、オレのチカラが、今、スゴすぎるのかもしれないな。


 オレは、直ぐに弥生さんとコンタクトを取り、事後処理を依頼したのだった。


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