第118話 闇鍋女子会①

 話は、少し遡る。

 カズトが弥生さんに起こされた前日のお昼ごろ、ちょうどカズトが弥生さんとお昼ご飯を食べていた頃に遡る。


 4人の女子高生が鍋を囲んでいた。

 洒落た個室で、ダウンライトの柔らかい光が落ち着いた雰囲気の和空間を演出している。

 足を伸ばして寛げる掘りごたつ席となっており、側に料理のお世話をする仲居さんがついていた。


 その仲居さんは、ベテランであり、彼女の指示でテキパキと、すき焼きが提供される。

 4人は、皆、美少女達だった。

 4人は、皆、無口であった。


 ここのすき焼きは、ネギから焼くのだ。


 少し前、4人の内の一人が、「やったーー!!にくにくにくーーー!!」

 そう言って、用意された肉に手を、いや、箸を出そうとした瞬間に、その箸を弾かれた。

「すき焼きをナメタラあかんよ、お嬢さん」

「なに!肉を早く食わせろ!」


「はあ?小娘が!あんた、すき焼きの何を知っていなさる?例えば、これ!あんたの言う、この肉。これは、A5の肉ではない。すき焼きの肉は、BMS6か7辺りが最も良いんだよ。この意味が分かるかい?」

「高けりゃー美味いんじゃないのか?」


「ごめんなさい、この、頭が悪いので。わたしは、もちろん、知っておるぞ。BMSとは牛肉脂肪交雑基準と呼ばれていて、簡単に言うと『牛肉の中に油がどれだけよく入っているか』ということだな」

「ほおー、ちったー話の分かるお嬢さんも居るんだね。では、特にすき焼き用の肉として扱う有名な肉は何だと思う?」


「松坂牛とか、米沢牛とか、そんな感じのブランド牛の肉だな」

「違うね。肉は、ブランドで選ぶんじゃないんだよ。旨い肉が美味いんだ。それは、産地とか、A5は関係がないね」

「ひっかけだぞ、その質問は!このばばあが!」

「あんた、さっきから口の利き方が悪いようだね。頭が悪くても、そのくらいはちゃんとなさい!」

 仲居の声に威圧されたのか、頭の悪いその娘は、黙り込んだ。


 白けた空気が漂うが、そんな雰囲気など構わずに、BMSの説明をした娘が口を開く。

「オバサン、その旨い肉の見分け方はどうするのだ?スーパーには、BMSの数字は書かれて売ってないだろう?」

「はあ、オバサン?モノを教えてもらうときは、お姉さんとか、お世辞を言いなさい!」

 ぴきっ!

 そのBMS娘の額に、怒りマークが浮き上がったと、そのやり取りを見ていた、この4人のリーダーの娘は思った。

 だが、その娘は何も言わない。

 外観は神妙な顔つきをしているが、心の中では、この一連のやり取りを楽しんでいる。


 沈黙が支配するかに見えたその場を、美しく、そして心に響くような声色が、救った。


「お姉様、この娘は料理バカなので、許してやって下さいませ。少し、知識があると鼻にかけているフシが見受けられますが、悪気があっての事ではありませんので」


「あんた、お姉様とか、そう言ったら私が許すでも思ってるのかい?あんたは、その知識をひけらかそうとする娘より、たちが悪そうね。いいのよ、蘊蓄うんちくを垂れても。それで楽しく食事が出来れば、それに越したことはないんだよ。料理バカでもいい。だが、それをたしなめるのは、料理の席では不要だよ。お嬢さんたち、まあ、黙って、私の作る極上のすき焼きを味わってみてから、いろいろと会話をしておくれ」


 蘊蓄を垂れて楽しく食事とか、その蘊蓄を垂れるのは、この仲居の婆以外にこの婆は認めないのだけどね、とそう心で思ったリーダーの娘は、さも神妙な顔つきをしながら、心の中では仲居を蔑んでいた。

 でも、それと同時に、仲居が、このお姉様と言った娘の本質を突く言葉を言った事に、内心、ほくそ笑んでもいた。



「はいはい、パチパチとネギの香ばしい匂いがしてきたら、肉をいれ、割下を入れる」


「肉は、室温で、丁度うまいぐらいに、脂分が溶けているからね。その時間も考えての、ねぎを先に焼くんだ」


「好みとかがあるだろうが、この店の味付けをまずは堪能してもらうよ!割下はかなり甘めだけど、この甘さを演出している砂糖の種類は厳選されたモノを使ってるからね。その辺の工場で精製されたチープな砂糖ではないよ。加工されたモノは、不純物が極力排除されてるからね。でもね、自然な製法で、尚且つ、その滋味を出すには、その不純物っていうのが時には大切なんだよ。それに、一種類だけではないからね、ウチで使ってる砂糖は」


「さあ、肉の色が変わってきたよ。ほら、入れてあげるからね。まずは、卵無しでお食べ」


「「「美味しい!!!」」」


「そうだろ、そうだろ。わかるよね、肉の旨さと割下の絶妙なマリアージュってのが」


「さあ、次!今度はね、卵を割って、少しかき混ぜて。少しだけにするんだよ!そして、その中に浸けて、これも少しだけだからね、浸けるのは」


「「「美味しい!!!」」」


「はい、後は、豆腐やしいたけとかは、火が通りにくいものから入れること。もちろん、ネギも食べても良いから。後は、あんた達の好きになさいな。割下も少なくなってきたら、自分たちで調整しなよ。すき焼きは、自由に、和気あいあいと食べるのが楽しいんだからね」


「「「はい!」」」


 ひとり、リーダーの娘だけは、頷くだけだった。

 和気あいあいと自由にって、それをあんたは許さなかったけどねっていう突っ込みを心の中で入れながら、リーダーは、やっと会議を開けると、気持ちを引き締めていた。

 そして、この3人を手なずけるには、やはり、チカラと知能だねと、改めて思うリーダーであった。


 そのリーダーの娘は、紫苑に似ていた。

 そっくりだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る