第78話 そうだんな・・・
オレは、素早く立ち上がって、横から彼女を抱きしめた。
震える手は、オレの手で包み込み、身体と一緒に抱きしめた。
彼女の身体の柔らかさをオレの身体は感じる。
彼女の息遣いを感じる。
彼女の鼓動を感じる。
彼女の少し甘い匂いが感じられる。
「好きだ。オレが、お前を守る。お前を一生守る。それでいいか?」
「・・・うん」
そして、キスをした。
今度は・・・唇に。
多分、柔らかかったと思う。
多分、彼女は目を閉じてたと思う。
多分、もっと赤くなったと思う・・・オレも。
多分、よく覚えてないのは、オレも、唇が近づいてきたら、眼を閉じてたから。
一瞬だった・・・たぶん、一瞬の出来事だった。
なんか、ふわふわしてる。
なんだろう、ちょっと、本当に起こった出来事なのか、あるいは夢の中なのか、オレは今起こったことを想い出そうとするのだが、それが簡単にできなかった。
なんで、目を閉じてた?
多分なんかじゃねー、絶対に閉じてた。
突然、キスした時の彼女の表情は、ホッペの時とは違ったのだろうか?
いや、そもそも、ちゃんと唇同士が当たったのか?
それでも、暖かい、心地よい、夢のようなオーラに包まれ、心はまだ、ドキドキしてるのだった。
「お二人とも、高校生はラストオーダーですよ!」
その声に、オレ達は、身体を直ぐに離して、着席した。
「ええっと、アレッ?あいつら、どこに?」
「あっ、あの方達は・・・その、たぶん、シフトで交代されたと思うのですが?」
「いや、思うのですがって、知らないんですか?」
確か、スタッフの控室らしきところを自由に使っていたし、プリントアウトとか、パソコンも普通に使ってたんだけど。
「ええ、あの方達は、ホール担当ではないので」
「ええっ!そうなんですか?」
なんか歯切れが悪いが、アイツ等のことなんかどうでもいいか、と思った。
「ユミ、もう出ようか?」
「ダメ、わたし、まだ居る!あの、本日のスペシャルドリンクを二つお願いするわ」
「かしこまりました。スペシャルを、お二つですね」
「はい」
ウェイトレスが去ると、また対面でお互いの顔を、いや、オレは恥ずかしくなって、さっきウェイトレスが入れた水の入ったコップを手で弄びながら、氷の解けるのを促進させようとカラカラと鳴らす。
「うふふふふ、旦那様、では、あなたの事をお聞かせくださいな」
オレは、彼女を見た。
眼が笑ってない。
真剣だ。
ここで、ダジャレとか、多分ダメだろうな。
「おい、旦那って呼ぶのは早すぎるし、ちょっと照れるから止めろよ」
「かっわいい。で、どうなの?」
今まで、何度もやり過ごしてきた質問の答えは、もう先に伸ばすのはムリなようだな。
「そうだんな(そうだな)・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
沈黙・・・それは、①黙り込むこと②口をきかない事・・・何かを話していたのに気まずい雰囲気になって突然言葉を発することをやめてしまうこと③活動せずそのままの状態でいること。
さてと、この場合は・・・・・。
いかんいかん!
もちのろんの②にきまってるじゃねーか!しかも説明がご丁寧だし!
しかし、流石は、オレ様!
すかさず、ダジャレだぜ!
恥ずかしいので、心の中で褒め讃えようか・・・しくしく。
シオンなら、畳みかけてくるか、笑ってくれるかしてくれるんだけど、コイツの場合は沈黙なのか?
だったら、ユミとは新婚生活は沈黙が支配したりするのかも?
イヤだ。
それはイカン。
何か、アクションを!
何か・・・。
オレは、氷の入った水を一気に飲むと、氷をガリガリっと
「もう、ダジャレは、こおりゴリ(懲り懲り)だぜ!」
「・・・・・・・・・・・・・・」
えっ?
今のは、オレの会心の一発・・・なのに・・・不発弾を引いたのか?
起死回生の一発のハズが、不発弾・・・オレ、爆発したい!
「旦那様、お上手です事」
「真顔で言うな!全然、面白くないって言ってるのと同じだぞ、それ!」
「だって・・・・・」
「だってって、どうなんだ?面白くないんだろう?旦那がオレってのは早まったって、今、思ってるんだろう?そうだろ?」
「そうだんな・・・」
「えっ?」
「うふふふふふふふふふふ、あははははははは!どう、私も真似してみたかったの」
「お、おまえ・・・・」
「これって、もう、私達、夫婦?めおと?ああん・・そうよね・・うふふふふふふ」
ああんって、可愛すぎじゃねーか!
「そういう事を紫苑とよく言うのよね、貴方は?」
「えっ?まあ、もう過去のことだよ、それは」
「そうよね、紫苑って、バカな子ね」
「・・・・もう、あんなヤツのことは知らないから。もう、シオンって名前は出さないでくれ」
「そう・・・・で、あなたの事を聞かせて頂戴、旦那様?」
ちっ!
覚えてやがるのか!
そうだんな・・・失敗じゃねーかよ!
「お待たせいたしました、スペシャルです!」
「ちっ!」(ユミ)
「ありがとう」
「以上で、オーダーストップです」
「ああ、わかってる」
ちって言ったよな、ちって。
コイツ、庶民の生活が長くて、こんなんでお嬢様できてるんだろうか?
「もう、で、旦那様、つ・づ・き!」
そう言いながらも、ドリンクをストローで飲む、ユミであった。
可愛いんだな、この飲み方も。
「まあ、話せば長いんだけど、オレは、勇者のタマゴらしいんだ」
「ずずぅーーーーー!すぽん!そう?」
「えっ?驚かないのか?」
「もちろん、驚いてるよ。でも、想定内なんだけど。今までの事を考えると」
「どういうことだ?」
「まあ、一番の疑問は、私の情報網を使ってもわからなかったこと。つまり、そんな組織は、Mパーティーしか思い浮かばないのよ」
「なんだよ、それ?」
「そう、知らないのね。まあ、部外者達が付けた名前だから、当事者たちは知らないのかな。Mは、なぞ(ミステリー)の頭文字。パーティーは集まりのことだけど、実は、なぞは勇者達のことで、勇者っていえば、パーティーを組んで魔王を倒すってことと引っかけているのね。MPとも言うわ。これも隠語だけど、説明は、まっ、いっか」
「で、そのMPの情報網から、私のことを調べたんでしょ?」
「そうなんだ」
「えっ?それって、他人事じゃん」
「だって、オレはまだ勇者じゃないから」
オレは、今の自分の立場、この前、初めて詳しく知らされた当本牧家のことを話した。
と言っても、昔から続く勇者の家系ってことぐらいしか言ってないけどね。
聖女とか、そんな話までするとややこしくなるから、もっぱら、勇者になるための訓練とかを中心に、いろいろと話した。
彼女は、よく聞いてくれて、よく理解してくれたと思う。
そして、オレ達は、恋人として付き合う事を約束したのだった。
彼女を家まで送ると言ったが、迎えが来るらしい。
ちょっと、遅くなったからな。
流石は、お嬢さんといったところかと、
黒塗りのベンツが停まり、これまた黒制服の人が出て来て、彼女の所へ来た。
そして、この黒制服の前で、オレ達はキスをして別れたのだった。
黒制服の人は、黒のサングラスをかけていたが、目を見張って驚いた風だった。
因みに、この黒制服は、女性だった。
キス後に、ユミは歩きながら慣れた感じで、黒制服から帰ってからの予定を聞き、指示を出していた。
オレは、そんなやり取りを見て、ユミの旦那にオレって、ムリそうだとか思っていた。
住む世界が違うぞ的な雰囲気を醸し出す彼女たちに気後れしたからだ。
もう、ユミは庶民の生活とかいうのは終わったんだと思った。
ユミは明るく手を振って、車に乗り込むのだが、それに手を振るオレは、笑顔が引きつっていたことだろう。
こうして、オレは、家に帰った。
因みに、カフェの代金は子分が払ったようで、追加の代金も払わずに済んだ。
アイツ等のことは、考えても無駄なので、ただラッキーだと思うようにした。
さて、帰ったんだよな、オレ?
家のあった、そこは、更地になっていたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。