第44話

 オレは、どうしたらいいのか、わからなかった。


「香織・・いいのか、こんなオレにキスなんかして?」


「私達、恋人でしょ。それに、カズト、その涙、笑って苦しくなってじゃないよね。悲しくなって流れた涙だよね。顔に書いてあるもん」


 おまえは、マインドリーディングができるのか?


「なんで、悲しいの?何が悲しくさせてるの?聞かせてほしいよ。私達、恋人なんだから」


 そうか、恋人だからな。

 でも、オレは、ホントの事をこのタイミングでは言えない。

 そんな勇気はない。

 全てを話して、もし、この関係が壊れたら、オレは立ち直れないかもしれない。


 オレは、お前の初恋の相手かもしれない。

 そして、君は何もできなかったと悔やんでいるのかもしれない。

 でも、オレには、君はやらかしてたんだとしか思えない。

 オレに、手痛い心の傷をつけていたんだよ。

 そう言ってやりたかった。

 でも、それもこれも全部この早乙女に話してしまったら、彼女はどう思うんだ?

 オレを昔の事にこだわって、ずっと根に持っている自分に近づいた変質者、いや、そこまでは思わなくとも、オレのことを怖いと思うだろう。

 そして、顔を変えてしまったオレを知って、きっと、その可愛い眼が気色の悪いモノを見る目に変わることだろう。


 やはり、悲しいけど、オレはまだ、お前を信用できない。

 だけど、早乙女、お前の心の優しさは、オレに届いている。


「ごめん、オレ、自信がないんだ。君を幸せにしてあげる自信が」


 当り障りのない、今言える本音を言った。

 これは、オレの偽らざる気持ち、本音なんだ。

 お前のキスへのお礼だ。

 悲しい、つまらないお礼だけどな。


「うれしい!だったらわたし、もっとカズトにチカラをあげるよ。カズトが私を幸せにするんじゃなくて、二人で幸せを作っていくのよ。ダメかな?」

(勇気、出して言ったよ!わたし、カズトになら、わたしの全てをあげる。だから、涙なんか流さないで!わたしも、泣けちゃうんだからね!)


 なんだよ、その顔に、その目は!!

 可愛すぎるだろう!!

 なんで、そんなにオレのこと・・・オレをそんなに、お前、信用してもいいのか?

 オレは、まだ、自分の事をそんなに話してないのに。


 そうか、それなのにオレ、お前に過去の事をいろいろと訊こうとして。

 その権利って、一方的にオレにあるってのは、オレだけの被害者意識の産物だ。

 それなのに、お前って、オレに真面目に・・かわからないけど、応えようとしてくれてる。


 お前ってヤツは・・・失いたくないよ、お前をオレは。

 じゃあ、どうする?

 オレは、勉強はできるが、こういう勉強はできてない。

 だから、この早乙女との付き合いで、これから学んでいこう。

 そして・・いつかは、きっと・・・できたらいいな。


 あっ!!

 オレ、さっきまでのトラウマ映像、大丈夫な気がして来た。


 えっ?

 早乙女のキスだけで、治っちゃったの、オレのPTSD?


 えっ?

 早乙女って・・・天才か!!


 オレ、誤解してたよ。

 恋人を作れって、ばあちゃんが言ってたよな。

 なんか、それ、わかった気がするよ。


 オレ、今の顔、死んだ顔じゃないよ、絶対!


 違う顔、幸せの顔になってるぜ、たぶん。

 ニヤけてるよ、ぜってー、ニヤけてるよな!


 ダメかな、とか?

 ダメじゃねーよ!

 そんなの、ダメじゃねーに決まってるじゃねーか!


「えっと、今度は口にお願いします!」


「沈黙が長いから、ドキドキしちゃったよ。でも、許してあげる!」

 そう言うと、早乙女は、オレに抱きつき、背伸びしてオレの口にキスをしてきた。


 早乙女は、モデル体形で背がスラっと高く、運動神経も良いので、的確にオレの唇を奪った。

 はあ?

 冷静か、オレ?


 いや、違う!

 その反対だった。


 またも、不意打ちだった。

 何が起こったのかが良くわからないというか、身体が動かなかった。

 抱きつかれ、唇が勢いよくぶつかって来たのに、動けなかった。

 彼女の動きを見てるだけになっていた。


 彼女の唇は柔らかかった。

 オレの身体に当たって来た、彼女の身体も柔らかかった。


 彼女の顔が、近すぎて、可愛すぎて、すぐ後から良い匂いが一瞬フワッとして、そのままの状態で、しばらく動けなかった。


 お前、酔ってるのか?

 スペシャルドリンクにアルコールが入っていたのか?

 それどころか、そっち関係のスペシャルが入ってたのか?


 ぎこちない、早乙女のキス。

 真っ赤な顔をして、目を瞑ってキスした早乙女。

 オレは、また、香織呼びから早乙女呼びに戻っているけど、ごめんな。

 ホントに、心から君を信じた時に、オレは香織って言う事にするよ。

 それが、オレの誠意ってヤツだ。

 お前が好きだ、早乙女!


 キスは一瞬の出来事だった。

 でも、それで彼女とオレは、一体に成れた気がした。


 愛情は、身体の触れ合いでさらに深まり、キスがそれに魔法をかけて、ホンモノの触れ合いとなって、愛を育む。

 何処かで読んだ言葉が、オレの頭に響いた。

 いや、読んだのか、聞いたのか、今オレが作ったのかは知らないが、それは本当なんだろう。


 オレ達は、今、心と身体が繋がった気がした。


「うふふふふ、やっちゃった!でも、そんな我が儘な事言えるんだったら、もう大丈夫ね。よかった!自信なんて、作ればいいのよ。私と一緒にね」


 そう言って、早乙女はウィンクをした。


 可愛いいいいいい!!

 とても、無理したウィンクが、更なる可愛さを呼んでる。

 お前、わざと、下手な(^_-)-☆にチャレンジしたんだよな!


「えっ、いや、それって、もしや、目が痛いの?」


「えっ!!もう、バカバカバカ!!」


 ポカポカと叩かれた。

 早乙女は、運動神経とかいろいろと能力値が高いので、スナップを効かせたりとか、手首とか腕のしなり具合とか、無意識に効果的に叩いてくるので、毎度痛いのだった。


「ありがとな、早乙女!」


「えっ?なんで、香織って言わないの?」


「ああ、やっぱ、そんなに上手に叩いてくる女子ってのは、早乙女呼びしかないなって。あははは、ウソ。ホントは、早乙女の苗字には乙女が入ってるだろ。オレ、そこが気に入ってるんだ!だって、乙女って言葉、綺麗で純粋な心の、可愛い早乙女にはぴったりだから。だから、良いだろ、早乙女って言っても」

 こんなセリフ、イケメンしか許されないよな。

 オレは、適当な事を言ってごまかすのに、また、早乙女に褒め言葉を使った。


 あのデートの鉄則の前文にあったこと、「どんな彼女でも兎に角、褒めろ!デートは、それに始まりそれで終わるべし!さすれば、次のデートもゲット出来て、デートは成功すると心得よ!」。

 ハッキリ言って、それならその後の鉄則って要らねーじゃんって思ったけど、これを忠実に、オレは実行した。


 えっ?

 早乙女に話しかけた時から実行してるって?

 もちろん、あの時からデートを意識して、この鉄則を使い、あの時からオレのデートは始まっていたんだよ!

 ウソだけど、そんな事を照れて考えていた。

 ホントに、なぜか、オレは早乙女に綺麗だとか、可愛いとか言ってたよな。

 コイツ、最初からそれを本気に思ってて、オレは最初から早乙女に、オレは早乙女が好きで仕方が無いと勘違いさせてたのかもな。


 ごめんな、早乙女。


「う~~~ん、そうなんだ。だったら、カズくんって言うからね!いいよね、それで」

 早乙女は、また顔を赤らめた。


「ああ、良いよ、早乙女!」

「カズくん」

「早乙女」

「カズくん」

「早乙女」

「カズくん」


 オレ達は、また、恋人プレイを始めたのだった。

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