エピローグ

「返し切れないほどの借りができたな。 ありがとうケビン」


 カクラム商会の用意した医療トレーラー内で、ケビンはギルバートと横並びになって、二人して包帯をグルグル巻きにされてベッドに寝かされていた。


「あんまり、実感がありません。 どちらかというと、この決闘だけ見ても助けられることの方が多かったですよ。 ギルバートさんが修繕していたエンジン。 サポートしてくれた会長と、何よりバーンウッドの領民のお陰で、僕は勝つことが出来ました それに、試合後は直ぐに眠っちゃいましたから……」


 ケビンはコックピットで気を失った後、再び目を覚ましてみれば頭と左腕には包帯が巻かれ、右腕には点滴の管が繋がっていた。 迅速な処置のおかげか、自覚できる限りで後遺症になりそうな兆候はなさそうだった。


「むしろ、僕にこそあなたに返しきれないだけの恩義があったんですから、少しでも延滞分を返せたのなら幸いです」


 ケビンもバーンウッドの一員だ。 ならば、領主家族のために一肌脱ぐのは、別に特別なことではない。 ただただ、グレイドハイド家の被った理不尽さに納得できないという一心で行動を起こした結果が、奇跡のような筋道を経た末に、こうして恩に報いるという形になった。

 ギルバートはケビンの言葉に何も言わず、ただ微笑んでうなずいた。 そこへ、トレーラーの後部扉が開き、今大会のもう一人の立役者であるリュネットが白衣を着た医療クルーを伴って入ってきた。


「もう体調はよさそうですね、二人とも」


「ええ、まぁ。 左腕はまだ動かせないですけど」


 上体を起こしてそう返答したケビンに医療クルーが近づき、点滴の様子を見た後それを取り外して、左腕を吊る為のサポーターを装着させてくれた。


「ありがとうございます。 もう動いても?」


 ケビンのその問いに、医療クルーは微笑んで頷いた。


「はい。 ですが、あまり無理をなさらないように。 全治には一月はかかりますから、そのつもりで」


「分かりました。 ありがとうございます」


 そして今度はギルバートの点滴を取り替えて、医療クルーはトレーラーを出て行った。


「ケビン、残念だが私はまだまだ動けそうにない。 若くない身で無茶をしたしっぺ返しという奴だな。 ……そうだ、せっかく都会に来たんだから、ベルカとどこか食べに行って来なさい。 なんならそのまま朝帰りでも構わんぞ」


 どこまで本気か分からないギルバートの言葉に、ケビンは苦笑するしかない。


「お医者さんの話聞いていましたか? 僕はあまり無理をするなって言われたんですよ。 だけど、そうですね。 バーンウッド以外で外食をするなんて機会はめったに無いですから、ちょっと行ってきます」


「ああ、楽しんできなさい」


 ケビンは枕元にあった自分の服を羽織ってからギルバートとリュネットに会釈してトレーラーの外に出た。


「涼しい……」


 ケビンの休んでいたトレーラーが停めてあったのはコロシアムに隣接された関係者用の駐車場だったらしく、今でも興奮冷めやらぬ大会運営者の人達が大声で談笑をしたり、大会で使われた機材を運んだりとせわしなく動いている。

 人々は包帯を巻いたケビンを物珍しそうな視線で一瞥するも、直ぐに興味をなくして記憶から無くしていく。


「……」


 その様子を見て、ケビンは僅かにほほ笑む。

 本当に良かったと、心から思える。 全ての人々がギルバートの戦いを賞賛している今、この上ない達成感が今更になってこみ上げ、深い安堵のため息が自然と口から漏れた。


「ケビン、もう動けるのか?」


 いつから居たのか、“彼女”は腕を組んでトレーラーの陰から現れた。


「うん、大丈夫。 ベルカは……着替えたんだね」


 今のベルカは先ほどまでのドレス姿ではなく、ケビンの見慣れている白いブラウスに臙脂のロングスカート。 そして紺のストールを巻いたシンプルなものだった。 それでも、彼女の持つ雰囲気を十分に引き立たせているのは、やはり抜身の刃のような凛々しさを醸し出す彼女自身に起因するものがあるせいだろう。


「ああいうのはたまに着るからいいんだ。 見る方も見られる方もな」


 そう言って笑うベルカを見て、確かにドレスなんて必要ないとケビンは思った。 

 街は完全に日が落ち、夜の帳が下りた街並みはバーンウッドのようなガス灯とは違う――電気の生み出した街灯の明かりによって華やかな色合いで鉄の都市を照らしていた。


「あんまり重たいものは食べられないけど、よかったらご飯を一緒に食べない、ベルカ?」


「任せておけ、もとよりこっちはそのつもりだったんだ。 バーンウッドに戻ったら祝勝会もあるからな。 先に私がお前を労ってやる」


 そう言って彼女は僕の腕を取り、鋼鉄の街を軽い足取りで歩みだした。


「そんな、支えてもらわなくても大丈夫けど……」


 というより、その勢いはもう引っ張られるとか、引きずるような勢いといっていい。

 

「家族に遠慮する奴がいるか。 ほら、さっさといくぞ」


 それが可笑しそうに、ベルカは笑いながら歩みを速めていく。


「ちょ、僕が怪我人だって事忘れてない? ねぇベルカ!?」


 あせっているケビンの声は、どうやらはしゃぎ気味の彼女には届いていないらしい。 ケビンはその勢いにつられて転ばないよう、よろめきながら必死でついていく。 もとい、引きずられていく。

 出来れば片手でも食べられる飲食店が良かったが、今からそれを言うのも野暮だと思い、店の候補が定まっているであろうベルカのエスコートに、ケビンは若干の期待を募らせながら任せることにした。

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