第29話 明確な決着へ

 コロシアムは静寂に包まれていた。 その光景から誰一人、目を離せずにいた。 開いた口をふさぐことが、誰一人出来なかった。

 ニア・ヴァルムガルドは右手に装備していた突撃槍を完全に砕ききり、それだけじゃなく右腕部までディノニクスに叩きつけた影響で、肩部からその先、というより右腕部そのものが全損した姿勢で砂煙を纏い、長大な轍を後方に残した体勢のまま停止していた。

 一方、ディノニクスの槍は砕けていた。 しかし、それがどこに命中して砕けのかは誰一人観測することができなかった。 もはや、そのことを気にする人間はどこにもいなかった。

 何故なら……それ以上に、ディノニクスの脚部を構成していた全てが、まるで爆発したように、文字通りバラバラに吹き飛び散り、残った上半身ユニットが慣性を殺せないまま、進行方向へ錐揉み状態で跳ね回っていたことに、コロシアムにいる全員が目を奪われていたからだ。

 しかしそれも束の間、それはまるで堰を切った濁流のごとく、突如噴火した火山のごとく、エキシビションマッチを行っていたコロシアムだけじゃなく、工業都市イグニカ全体から、轟かんばかりの大歓声が響き渡った。


 ――バーンウッドの英雄とキルベガン子爵による壮絶なエキシビションマッチは、ここに明確な形をもって決着した。






 ――【目標の沈黙を確認。 状況終了 コンバットモードを停止します。 お疲れ様でした】


「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」


 未だにはっきりしない視界の中、外の景色を映していた窓ガラスは残像残しつつ暗転し、反射板が無くなり、ほとんど機能していない集光装置の仄暗い明るさに再び戻った。 それとほぼ同時に、全身を襲う鈍痛と痺れ。 吐き気を催す頭痛と踏んだり蹴ったりな状況。 ケビンはもう、声を出すことすら億劫だった。

 だが、まともに機能しない視界とは別に、少しずつ戻り始めた聴力が、自分に向かって呼びかけている誰かの声をうっすらと捕らえた。


「ケビン、聞こえるか?」


 それは、ヘッドセット越しではなく、機体の外からだった。

 その声を聴いた瞬間。 安堵のため息と共に張り詰めていた全身が弛緩した。


「あ、ああ。 聞こえるよ、ベルカ」


 そう答えると同時に上部ハッチが開く。

 見上げれば、ケビンにとってもっとも親しいと言える、ベルカ家族の顔がこちらを見下ろしていた。 


「無事か? 体は動かせるか?」


「いや、ちょっと無理そう、かな。 でも、こいつをパドックに戻すくらいは、なんとか……」


 そう言ってフットペダルや操縦桿を操作しようとしたが、うんともすんとも反応しない。 加えて、シート越しに感じていたエンジンの振動すら感じない。 どうやら主機関が落ちてしまっているようだった。

 燃料系をちらりと見たが、霞む視界でぼんやりと確認できた残量は……つまりどうやらそういうことだった。


「無理をするな。 今ここにトレーラーを向かわせてる。 そのままゆっくり休んでいろ」


 正直、それは凄くありがたい申し出だった。 もうケビン一人では、このコックピットバスタブから出ることすら適わないだろう。 


「分かった。 ありがとうベルカ……」


 そうケビンが感謝した時――。


 ベルカは、ケビンが出会ってからこれまでで、一番の笑顔を向けた。


「礼を言うのは私の方だ。 お前は、我らバーンウッドの誇りだ」


 その言葉だけで、ケビンは全てが報われたような気がした。


「これでギルバートさんと君に、少しでも恩を返せたかな」


「ああ。 返されすぎて、これからは私達がその余剰分をお前に返していかなくてはならないほどにな」


「はは……」


 何とかうまい返しがないかと思案したが、ケビンはもう意識を保っているのが既に限界だった。


「ベルカ、あとで起こして……。 ちょっと、休む、よ……」


 それだけを伝えた瞬間、ケビンは完全に意識を手放した。

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