第26話 急転
「う、集光装置が、壊れた、のか? ……っぐ」
二機が衝突した際の衝撃によって気絶していたケビンは、仄暗くなった操縦席で意識を取り戻す。 徐々にではあるが、霞んでいた目の前がはっきりしてきた。
直ぐに見える範囲で状況を確認すると、どうやら、壊れたのは機体の頭部ではなく、それを反射させて外部の視界を確保していた前面の反射板……それが砕け散ったようだった。 自分の左腕に、その破片が刺さっていることからもあきらかだった。
「まずい……」
加えて、通常の機体だったら緊急時の視界確保として僅かに外部を覗ける覗き穴を胸部に設けているところだが、こいつには無い。
『どうやら、冷静さを、欠いた…………ようだ』
ガリガリとノイズが響く中、喉から搾り出すようなヘムロックの声が届く。
『次が、本当の最後だ』
機体が大きく揺れ動く。 見えはしないが、凡そ縺れ組み合っていたディノニクスが離れたのだと予想できる。
遠ざかっていく滑走音。 きっとヘムロックは、言葉の通りトドメを刺すために爪を用意しに行ったのだろう。
だが、その声の調子から向こうもそれなりにダメージを追った事が分かる。 それが分かっただけでも、僥倖と言えるだろう。
《ケビン、聞こえますか!?》
「会長……?」
ケビンにとって、その声は久々に聞いたような錯覚を覚えた。 だが、確かに信頼できる者からの声に安堵する。
《良かった、無事ですか!?》
「……なんか、ディノニクスと衝突した衝撃で、左腕部が反応しません」
どうやら、突撃槍は防げなかったが、無意識に左腕部を二機の間に挟んで衝撃を緩和させたのかもしれない。 そうでなかったら、完全に意識を刈り取られていた。 それでも、凄まじい衝撃だったのは確かだ。
《左腕部……? 違う、あなたの体です!!》
「あ、それは……」
左腕に刺さった鏡の破片のせいかは解らないが、先ほどより腕の痺れが増している気がした。 加えて、全身を鈍痛が満たし、若干の吐きはする……が、一応体を動かすことは出来る。 自己診断の上では、状態は刻一刻と悪化してきている、が――。
「大丈夫です。 いけます」
今のケビンに、途中リタイヤという選択肢がない以上、これ以外の返答は無い。
しかし、かと言って状況を打開できる考えが浮かばない。
《……解りました。 他に、機体の状況で分かっていることは?》
「それが、反射鏡が破損して、視界の確保が――」
――【バッテリーの最低電力量確保に伴い、セーフモードを解除。 ヴェトロニクス起動】
「え、うっ……!?」
無線とは違う、コックピット内から響く聞いたこともない無機質な音声が鳴った瞬間、真っ暗だったコックピット内正面と左右の壁面が突然光り輝き、目を瞑ったケビンが再び瞼を開いた時、外部装甲版が剥がれ落ちてしまい、遮るものがないコックピットが吹きさらしになってしまっていた。
「な、んだ?」
――だが、それは錯覚だった。
まず、風を感じない。 それに、外部の騒音も遮られているように篭って聞こえる。 ケビンは不思議に思い目の前に手を伸ばせば、外の景色が見えているのに、そこにはあるのは壁の感触。 まるで、透明なガラス窓のようだった。
《どうしました?》
「えっと、その……よく、見えます」
ケビンは今、コックピット内において、反射鏡を介さずに外の景色を見ていた。
《こちらからも、頭部に大きな外傷は確認できない。 運が良かった。 スリットの無いその機体では、集光装置の破損は命取りですからね》
「そ、そうなんですが……」
ケビンとしては未だに状況が掴みきれない。 一体、何がどうなっているのか、理解が追い付かない状況が続いている。
――【機体損傷レベル十九%。 初期稼働時間から作戦行動中と判断。 右腕部に増設されたユニットに対するアクセス不可。 搭乗者のコンディションレベル、投薬処置が必要です。 戦闘の補助を要求しますか?】
再び出力され次々と並べ立てられる機械的な音声に戸惑いつつも、ケビンは最後の部分にだけ興味がそそられた。
「戦闘の、補助?」
――【搭乗者は攻勢操作にのみ意思決定権、および実行プロセスを操作。 その他の行動を、こちらで補助します】
《ケビン? どうしました?》
「あ、いや……えっと」
ヘッドセットではこの機会音声を拾えてないのか、リュネットに気にするそぶりはない。 加えてこの声……機体整備中に参考にしていた本、そこに書いてあった言語であることにケビンは気づいた。
《いいですかケビン、端的に言いますが、こちらはもう崖っぷちです。 これ以上はポイントは関係ない。 次でディノニクスを行動不能にさせるか、ヘムロックの意識を刈り取らないと、敗北です》
「……はい」
再確認するまでもなく、状況が絶望的であることは承知しているケビン。
体も機体もボロボロで、しかも次のラップで勝負を決めなくてはならないと、リュネットの言う通り崖っぷちにもほどがある……。
そんな考えうる限り最悪の状況がダースで突きつけられた今、現状を打開できる手段など今のケビンには考えもつかない。
しかし、それでも――。
「僕に、策を授けてください。 お願いします」
ケビンは、ヘムロックに勝たなくてはいけないのだ。 絶対に――。
《いい答えです。 それでこそ、バーンウッドの男です》
――【了解。 対象の沈黙を最優先に設定。 搭乗者の安全性が著しく低下しますが、当該目標を完全に沈黙させるプランを構築しました。 実行しますか?】
「……お前じゃない」
機械音声に突っ込みを入れるも、興味深いことを言っていることに気が付く。
「搭乗者の安全性? 上等さ。 なにも、五体満足で終えられるとは思っちゃいない。 むしろその程度を引き換えにして勝率が上がるっていうのなら、安いものだ。 ……っ?」
先ほどまで一応平気だったはずの左腕は重石でもぶら下げたかのように重く、両足に至っては筋肉が痙攣を起こし始めてる。
……つまりはそういうことだ。 機体左腕部の反応に違和感を感じていたが、それは別に機体が損傷したんじゃなくて、やはり自身の左腕が、もうそういうことが出来なくなってきているって事にケビンはようやく思い至った
「……あ、れ?」
そのことに気がついた瞬間、だんだんとなんて生易しくない速さで、僕の首は引きつったように痛みだした。
「……まずい、急に、何だ?」
目はかすみ、頭は貧血を起こしたようにくらくらする。
《ケビン、気をしっかり持ってください。 体が痛みに気付きだすと、動けなくなりますよ》
「……なるほど。 もう、気付いたみたいです会長」
何より、肺と心臓が握りつぶされたみたいに苦しい。
だが、それでもおあつらえ向きに右腕はまともに動いてくれる。 つまり、突撃槍は持てるのだ。
とりあえず、機械音声との混線を避けるためにリュネットとの通信をOFFにする。
「僕の安全性に関しては構わない。 ただし、勝つのであれば、ちゃんとルールに則る事が最低条件だ。 ジョスト・エクス・マキナのルールに」
どんな理由があったとしても、形振り構わずは許されない。 この戦いに注目している人々にとって、闘っているのはギルバートなのだ。 既に惨憺たる姿を露呈しているが、英雄の皮を被る身としてそこだけは曲げられない。 曲げることは許されない。 見栄えだけでも王道を貫いて勝つことは、ケビンにとって最低条件なのだ。
――【ライブラリに該当項目無し。 提案された条件で戦闘を支援することは困難】
「……え?」
――【提示されたジョスト・エクス・マキナの情報が不足しています。 現環境下では搭乗者の要求を実行することが出来ません。 他のプランを構築しますか?】
「コイツ、手伝うって言ったりそれは無理だって言ったり……」
今からよくわからないこの声に試合のルールを説明する時間など無い。
「……解った。 それじゃあ、機動におけるサポートだけ頼む。 相手を倒す方法はこっちで何とかする」
――【了解しました】
そうと決まれば、ここはセオリー通りに頼れるデュエルエンジニアに相談だ。
「会長、プランは?」
《ディノニクスの右脚部は先ほどの攻撃で姿勢制御に影響が出ているようです。 今までの速度から換算して四割減といったところでしょう。 今ならまだ、最後の攻撃に間に合います。 まずは、機動姿勢まで機体を起こしてください》
「了解です。 再起動開始します」
最後の“チャージ”を行う為にケビンは操縦桿を起こし、ペダルを踏み込んで機体の状態を助走前の体勢に持っていく。
――【戦闘補助を開始。 パワーユニット、ガスタービン駆動を主機関に設定。 ディーゼル駆動をバックアップへ移行します】
「ガス、タービン? え、何だ? なぁ――」
今まで背中で感じていたディーゼルエンジンの音と振動とは完全に違う。 高回転域から発生する甲高い駆動音がコックピット内に伝わり、理解の範疇を超えた事態の連続が、一層ケビンの不安を煽ってくる。
「お、おい。 なんか色々出てきたぞ」
“窓ガラス”に見たことも無い図形や記号が表示される。 直ぐに理解できるのはそれに付随する数字くらいだ。
――【最適のタイミングで戦闘機動を行う為のガイドアイコンです】
「ガイド、アイコン?」
――【通常の戦闘行動とは異なるプランに対して、サポート出来るプログラムを持ち合わせていない為、機体制御の支援を行う為の補助的な標識です】
「……解った。 よろしく頼むよ。 ところで、お前の事はなんて呼べばいいんだ?」
――【私はこの機体の補助システムであり、固有名詞は割り当てられていません】
「そうか……」
ふと、視界の端に映った違和感。 さっきから燃料を指し示すメーターが、機体を動かしてもいないのにみるみる減っていってる。 まさか燃料タンクを損傷したのか?
――【ガスタービンの駆動方式へ正常に移行しました。 コンバットモードを起動。 残り稼働時間、五十秒。 ハーネスをしっかり固定してください】
しかし、その疑念を口にする前に機械音声の指示が飛び、ケビンは体勢を整える。
「わ、分かった」
先ほどの衝突で機体は無事でも、一番軟弱な搭乗者が損傷を受けている以上、時間も掛けられない。
「……だったら五十秒もあれば十分だ」
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