Tale30:テイマーとスライムで成り上がります

 万端であると誇れるだろうか、とにかく、やれるだけの準備はやったはずだ。

 レベルも上がり、ステータスの値は中級冒険者相当になった。


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【名前】リリア

【レベル】14

【ジョブ】テイマー

【使用武器】スライム:習熟度5


【ステータス】

物理攻撃:45 物理防御:44 

魔力:40 敏捷:25 幸運:30

【スキル】スライム強化、なつき度強化、勇敢

知恵の泉、魅了、同調、不器用

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 冒険者ギルドのオージちゃんにも、“中級の依頼は安心して任せられる”というお墨付きをもらったぐらいだ。

 あとは、臆せず立ち向かうだけ。


『リリア様、そろそろ始まります』


 真っ白な空間の宙を見上げていたリリアが、その時間の訪れを告げる。


「行こうか、スラリア」


 私と同調している、最愛のパートナーに声をかけた。

 返事はなかったけれど、私の身体に宿るほのかな青の輝きが強まった気がする。


 うん、きっと大丈夫。

 私たちの気持ちは、通じ合っている。


 あのときの悔しさ、感じた痛み、私のスラリアに手を出したこと。


 ――私のお姉様に手を出したこと。


 受けた仕打ちの、全てを許したわけではない。

 私たちのこの手で、シキミさんをぶっ飛ばしてやるんだ。


『……もし負けたとしても――ぅむっ』


「負けないよ、私たちは」


 リリアがなにかを言おうとしたが、手で口を押さえて黙らせた。

 思ってもいなかった行動なのだろう、リリアは驚いたように目を見開いている。


 この女神様は、全てはあなたが紡ぐ物語などと言っておきながら、すごく心配性なのだ。

 まあ、運営側として、なるべく長い時間ゲームを遊び続けてほしいと思っているのかもしれないけどね。


「まあ、楽しませてみせるよ」


 手をどけると、リリアはもじもじと俯いた。

 ちらちらと向けられるリリアの碧眼が綺麗だなぁと思っていると、ふわっと身体が浮く感覚。

 そして、一気に視界が切り替わる。


 いつか見た闘技場の地面に、私は立っていた。

 黒い影が、向かい側にふわっと現れる。

 私をPKしたときと同じ服装、ラフな黒系統のシャツとズボン――シキミさんだ。


 その姿を見ても、私の心に恐怖は訪れない。

 スラリアといっしょだったら、なにも恐くない。


 よし、行こう。


 私たちは、共に一歩を踏み出す。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 私とシキミさん、二人が戦いの舞台で向かい合う。

 手に持ったダガーを向ければ、その切っ先がシキミさんの高い鼻に刺さるであろう距離で。

 それは、向こうのナイフも同じだ。


 円形闘技場の観客席は、座るところがないぐらいに人で溢れていた。

 ひたすらに浴びせられる歓声の中には、「リリア様ぁ可愛いぃ」「ホンモノの女神だっ」「リリアちゃんマジ嫁キタコレ」などの聞いていて恥ずかしいものが多分に含まれている。

 シキミさんへの歓声もちらほら聞こえていて、それらはいずれも女の子からのものだった。


 リリアが嬉しそうに話していたのだが、けっきょく1,024名のトーナメントが五十個近くできたらしい。

 膨大な試合が同時に行われるから、この闘技場にだけこんなに観客が集まるのはおかしいはずではあるのだけれど。


『この会場は観客の皆様の数がひじょうに多いですね! うーん、盛り上がってますねーっ!』


 闘技場の上空に浮かんでいた女の子が、観客を煽るように言った。

 手に持った大きなマイクで、彼女が試合の実況者なのだとわかる。

 第一回戦から実況がつくなんて豪勢ね。

 しかも、その実況の可愛い女の子が、頭に輪っかをつけて背中に羽を生やした――天使だなんて。

 まあ、リリアが女神なのだから、御使いの天使が存在しても違和感はないけど。


『ふふっ、盛り上がるのも当たり前ですかね! こちらのシキミ様はトッププレイヤー! 上級依頼の達成数は十を軽く超えています! どうですか、この試合に対する意気込みは?』


 天使の女の子はふよふよと地面に降りてきて、シキミさんにマイクを向けた。

 えっ、前口上までしないといけないの?

 そんなの聞いてない、恥ずかしい。


「そうだな……じっくりと、可愛がるつもりだ」


 シキミさんの発言に、観客席から地鳴りのようなブーイングと黄色い歓声が響いた。


『なるほどなるほど! 確かに、こちらのリリア様は可愛いですからねっ! 女神様そっくりな見た目で……あぁ、お美しいです! 私たち天使は普段こんなに近くで女神様を見ることなどできないんですよ! うーん、役得ですぅ……!』


 キスできるぐらい近くに顔を寄せて、天使ちゃんは私を穴が空くほど見つめてくる。

 シキミさんはそういう意味で可愛がるって言ったわけじゃないと思うけど。

 あと、あなたもかなり可愛いから、シキミさんとの対戦以上にドキドキしちゃうよ。


『リリア様は、どうですか? 意気込みはありますか?』


 自分の仕事を思い出したのか、私にマイクを向けてくる天使ちゃん。

 うぅ……こんなに大勢の前で話すのは、なんだか緊張しちゃうな。


「えっと……テイマーとスライムで、人気ジョブのシーフをぶっ飛ばします」


 この発言で時間が止まったかのように、観客席のプレイヤーたちはきょとんとしている。

 そして、数瞬の静けさの後、会場が割れんばかりの歓声に包まれた。

 囃し立てるものも、激励するものも、等しく歓声と思っていいだろう。


 その中で、シキミさんだけが楽しそうな笑みを見せていた。

 なにがおかしいのかしら?

 いまに見てなさいよ、この変態サイコパス。


『なるほどなるほど! そうですね、観客の皆様の中には“どこにスライムがいるんだ?”なんて思っている方もいるかもしれません! しかしっ、こちらのリリア様は紛れもなくスライムをパートナーにしたテイマーです! それは私が保証しますからねっ!』


 そう宣言してから、天使ちゃんは私たちから離れて上空に浮かび上がった。


 さあ、ようやく。

 リベンジの舞台の、幕が開く。

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