Tale23:過ぎ去った、五十年前の物語

 ミリナちゃんとスラリアが描いてくれた絵は、私の懐に収まった。

 どこか飾るところでもあれば、毎日だって眺めちゃうんだけど。


 小躍りしたくなるのを我慢しながら、私はオージちゃんに言われた場所に向かう。

 ちなみに、私が描いた絵はミリナちゃんにあげた。

 泣きそうになるぐらい喜んでくれていたから、頑張って描いた甲斐があったということだ。


「あれ、ここかな?」


「ほー、大きなお家ですね」


 この街の中には店舗だけではなく、住居も多く存在している。

 リラが十分に貯まったら空いている住居をプレイヤーが購入することもできるらしい。

 ただ、おいそれと買える値段でないのは、現実の世界と同じようだ。


 特に、いま私たちの前にそびえる住宅は、街の中では珍しい庭付きで三階建てのものだ。

 もし購入するとしたら、いったいどのくらいのリラが必要になるのだろうか。


「来たか、入れ」


 お家の玄関のところからオージちゃんが現れて、私たちに声をかけてくる。

 顔を見合わせてから、私とスラリアは大きな門扉をくぐっていった。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「……頑固なお爺さんは独り身ってイメージがあったから、びっくりしたね」


「“ひまご”というのは、どういう意味の言葉ですか?」


「オージちゃんの、子どもの子どもが孫で、その子どもがひ孫よ」


「ほえー、お盛んなのですねー」


 感心したように、返答に困ることを言うスラリア。

 どうなのだろう、お盛んでございますね、と言うのは失礼に当たるのだろうか。


 お家にお邪魔すると、私たちは客間のようなところに案内された。

 その途中で、三歳か四歳ぐらいの男の子と女の子に遭遇したのだ。

 聞いてみると、いまスラリアと話をしていたように、オージちゃんのひ孫らしい。


 こんな可愛い生き物がオージちゃんと血が繋がっているはずがない。


 そう思ったけれど、私とスラリアに登ってくる二人を見るオージちゃんの眼差しは、優しさに溢れていた。

 その後、私たちに登ったことを叱るオージちゃんは恐かったけどね。


「武器がほしいと言っていたな」


 客間の入り口から戻ってきたオージちゃん。

 その手には、高価そうな木箱を持っている。


「はい、そうです」


「お姉様、もしかして、あれがもらえるのでは?」


 バカ、そんなこと言ったらひねくれ者のオージちゃんのことだから、気が変わっちゃうかもしれないでしょ?

 慌てた私は、ぶしつけなことを口走るスラリアの口を押さえた。


「……五十年前は」


 客間のテーブルを挟んだ対面のソファに座りながら、オージちゃんは語りはじめる。

 なんとなく、いつもより表情が柔らかいような気がした。


「リリア、お前さんと同じ域に達しているテイマーがたくさんいた」


「私と同じ……?」


 思わず呟いてしまったが、気にしていない様子で頷いてくれるオージちゃん。


「ああ、魔物と深く心を交わし、その力を行使するスキルを得た者たちだ」


 私に口を押さえられているので、おとなしく静かにしているスラリアを見ながら言う。

 オージちゃん、私が同調のスキルを取得したことに気づいていたのか。


「人間の姿を真似たスライムを見るのは、久しかったな」


 遠い昔を懐かしむように、オージちゃんはなにもない中空を眺める。


「いま、そういうテイマーの人はいないのですか?」


 プレイヤーの中では、テイマーは不人気ジョブだ。

 でも、オージちゃんの言い振りから、五十年前はNPCのテイマーが多く存在していたのではと思ったが。


「そうか、知らないのか……うん、平和になったんだな……」


 嬉しそうにか寂しそうにか、オージちゃんは何度か頷いた。


「五十年前、悪魔の大群がこの世界を襲った」


 “悪魔”と口にしたオージちゃんの顔が、険しくなる。


「地獄から這い出てきた悪魔たちに、立ち向かった人間のほとんどが死んだ。テイマーも、ウォーリアもナイトもマジシャンも、みんな強い奴らだったのに、死んでしまった……」


「オージちゃん……」


 意図せず呼んでしまった名前には、悲哀が含まれていた。

 それを安心させるようにか、オージちゃんは顔をくしゃっとさせる。


「女神様が、その身を犠牲に悪魔を封じなければ、人間は全滅していたかもしれない」


 ん? 女神様って……リリアのこと?

 疑問に思ったけれど、オージちゃんの話に口をはさむことはできなかった。


「あいつも――スライムをパートナーにしていた」


 そう言って、オージちゃんは木箱の蓋を開けた。

 中身を取り出して、私たちに見えるように掲げる。


「リリアリア・ダガー、女神様の名を冠したダガーだ。名前だけではなく、実際に女神様からの加護を授かっている」


 私の前腕よりも、少し長いくらいかな?

 シンプルな装飾が美しい、左右対称の短剣だった。

 というか、やっぱり女神様はリリアのことか。

 犠牲になったとか言われてたけど、そういう設定ってことなのかな。


「ダガーは、振って斬るよりも突いて刺すことに特化している。刃の向きを気にしなくていいから、きっと扱いやすいだろう」


「これを、私にくれるの……?」


 私が聞くと、オージちゃんはいたずらっ子のように笑った。

 その笑顔はあんまり安心できるものではなく、なんならちょっと恐かった。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

【名前】リリア

【レベル】10

【ジョブ】テイマー

【使用武器】スライム:習熟度5


【ステータス】

物理攻撃:25 物理防御:44 

魔力:35 敏捷:15 幸運:25

【スキル】スライム強化、なつき度強化、勇敢

知恵の泉、魅了、同調、不器用

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る