Tale20:堕ちる罠には、この柔らかさを望みます

『おかえりなさい、リリア様』


「お姉様っ、おかえりなさい!」


 真っ白な空間に帰ってくると、リリアとスラリアが出迎えてくれる。


 あのぅ、スラリア……?

 出迎えの言葉は、私の胸に飛び込んできながら発言していてもおかしくない、そのぐらいに勢いあるものだった。

 しかし実際の行動は、リリアの膝枕を堪能しすぎて離れられない、っていうように見えるんだけど?


 私の視線に気付いたのか、横になったままのスラリアは弁解の言葉を述べはじめる。


「うぅ、お姉様、助けてください。女神様のお膝が気持ちよすぎるのです……!」


 あなた、断腸の思い――スライムだから腸はなさそう――みたいな言い方しているけど。

 膝枕をしているリリアが頭を撫でると、とろんととろけた顔になっているよね?


 撫でるリリアもリリアで、まるで女神かのような優しい表情でスラリアの髪を手で梳く。


『リリア様、本日は武器を調達してきてはいかがでしょうか?』


 あっ、スラリアを膝枕したまま会話を続けるのね。

 それにしても、武器を調達ってどういうことだろう。


「……そこの尻軽スライム娘を、別の武器に変えるってこと?」


「ふぇっ!? お姉様ぁ、捨てないでぇぇぇ!」


 私の言葉を聞いたスラリアは、慌てた様子で起き上がって一目散に縋りついてきた。

 ほら、なんて軽いお尻なのかしら。


『ふふっ、違いますよ』


 膝枕で乱れた装いを整えながら、立ち上がるリリア。

 ひじょうに楽しげで、口元に手をやってくすくすと笑っている。


『テイマーでも、操る魔物とは別に武器を持つことが可能です』


「えっ、そうなの?」


 それなら、魔物プラス武器で戦えば最強になれそうだけど。

 どうして不人気ジョブなのだろうか。


『ただ、使用武器に登録することができないため、習熟度は上がりません』


 それでも素手よりはいいでしょう、とリリアは教えてくれる。

 なるほど、スラリアも習熟度の上昇に伴ってどんどん強くなっていった。

 その恩恵が得られないのは、確かにマイナスが大きいのかもしれない。


「じゃあ、忘れずに武器を調達してくるね。ここに戻ってきたら戦闘訓練してもらってもいい?」


 腰に組みつくスラリアの頭を撫でながら、私はリリアに聞く。

 ドSモードのリリアとの戦闘訓練はかなり疲れるからね。

 キツいことはさっさと終わらせるのが信条であるが、ドS訓練は話が別。

 絶対に後の方が効率がいいはずだ。


『はい、もちろんです』


 いまのリリアは、優しさで後光が差しているぐらいなのに。

 ドSモードだと、眼光の鋭さで人が殺せそうなんだもん。


 そんなことを考えて見つめていると、なぜかリリアは恥ずかしそうに顔を赤らめて俯く。

 うーん、永遠に見ていられるけど、そろそろ行かなきゃ。


「よし、行ってくるね」


「行ってきまーす」


『あの、念のために確認させていただくのですが……』


 手を振る私とスラリアに、リリアが言いにくそうに切り出す。


『スラリアちゃん、その姿のままですか?』


 その問いに、私とスラリアは顔を見合わせた。

 確かに、いまのスラリアの姿はかなり煽情的だ。

 服を着ているとは言っても、ちょっと動いたら見えてしまうマイクロミニ丈のエプロンドレス。

 それに中にスパッツなどを穿いていないから、もしかしたら私が着ていたときよりもえっちかもしれない。


「いくら元がスライムでも、近くで見ないとスライムだってわからないからね」


「えへへ、褒めてますか?」


 私が頭を撫でると、スラリアは嬉しそうにはしゃぐ。

 その拍子にドレスの裾が跳ねて、こんなちょっとの動きなのに、ひじょうに大胆に脚などなどが露わになる。


「……うん、この格好はえっちすぎる。別の服を買わないと」


 このままでは、また掲示板が盛り上がってしまう。

 どうせ、この服はセッチさんに返さなければならないのだ。

 もう少しお淑やかな服を探すことにしよう。


『いえっ、えっと、ぇっちとか……そういうことではなく――その姿のスラリアちゃんを見たら、熟練のプレイヤーはなにかがあったことに気づくと思います』


 リリアは顔を赤らめつつも、えっちな格好の話は受け流すことにしたようだ。

 くそぅ、真面目な話に変えられてしまったら、どうしようもない。


「……同調のスキルを持っていることが、バレちゃうってこと?」


『運営から情報を出したことはないので、そのスキルの存在を知るのはリリア様だけです』


「じゃあ、別にいいんじゃない?」


 スラリアの姿を見ただけで、同調のスキル効果までを看破できるとは思えないし。

 もちろん、私もわざわざ言いふらす気はない。


『……私は、油断しているシキミ様に対して、同調のスキルを使用したリリア様が先手を取って勝利――という絵を思い描いていました』


 リリアは喋りづらそうに、とつとつと言葉を紡いだ。

 おそらく、運営の発言としては公平性に欠けるからだろうか。


「なるほど、確かに勝てる可能性は高くなりそう……」


 シキミさんが油断してくれるかどうか、そこまではわからないけどね。


「リリアが私たちのこと考えてくれてて、嬉しい」


 スラリアの手を引いて、いっしょにリリアの前に歩み寄る。

 いえ、と小さくつぶやいて、リリアは俯いてしまう。


「でも、大丈夫。戦いになったら、私たちは正面から真っ直ぐぶつかる。その上で、シキミさんたちをぶっ飛ばすんだ」


「ぶっ飛ばしますっ」


 私とスラリアは鏡のように、拳を掲げて宣言した。

 勝手に油断されるならいいけど、こちらから油断を誘うのは違う気がするからね。


『……差し出がましいことを、申し訳ございません』


 俯いたまま、リリアはさらに頭を下げてくる。


「ううんっ、リリアには、たくさん助けてもらってるんだから」


「女神様、謝らないでください」


 私とスラリアは、それぞれがリリアの肩に手を置きながら言う。


 しばらくして、ゆっくりと顔を上げたリリアは。

 少し嬉しげに、そして困ったように微笑むのだった。


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【名前】リリア

【レベル】9

【ジョブ】テイマー

【使用武器】スライム:習熟度5


【ステータス】

物理攻撃:20 物理防御:40 

魔力:35 敏捷:10 幸運:25

【スキル】スライム強化、なつき度強化、勇敢

知恵の泉、魅了、同調

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