Tale18:仮想の世界に解き放ちます

『ナイフに意識が取られすぎです。もっと相手の全体、特に足の動きに気をつけましょう』


『避けて安心する暇があったら、私に攻撃を返してくれませんか?』


『ゆっくり動いているのですから、せめて初撃は躱してください』


 戦闘サポートモードのリリアはその役割にふさわしく、なかなかに厳しい。

 可愛い子にドSで攻められて、なにかに目覚めてしまったらどうしてくれよう。


 しかし、弟の莉央りおに勉強を教える私は同じように厳しいだろうなと思い当たる。

 誰かになにかを教えることは総じて、優しいだけでは成り立たないのかもしれない。


『とりあえず、ここまでにしましょうか』


 三十分ぐらい続けていたのだろうか、リリアは開始時と変わらぬ様子で終わりを提案する。

 

「はい、ありがとうございました……」


 終了することに、まったく異議はなかった。

 呼吸は乱れていないけれど、全身を疲労感が包んでいる。

 スキルを使用して魔力を消費したときと似ている感じだ。


『リリア様、良い動きでした。さすがは知恵の泉を持っているだけありますね』


 なるほど、れい程度という微々たるものではあるが思考速度が増加していることで、なんとか動きを制御できているのか。

 さっきまで必死すぎたから、自分の中の感覚ではよくわからないけれど。


『これなら、もう少し敏捷を上げても大丈夫だと思いますよ』


「えっ、いまでもけっこうぎりぎりなのですが……?」


 リリアはドSモード継続中なのか、さらっと笑顔で厳しいことを言ってきた。

 その可愛さとのギャップにドキドキしつつも、おずおずと反論してみるが。


『慣れてくるので、大丈夫です! シキミ様はもっと速いのですからね!』


 うぇーん、可愛いのに鬼畜だよぉ。

 でも、リリアの言うとおり、シキミさんはかなり速かった覚えがある。


「リリア、シキミさんってどんなジョブなの? レベルは?」


 聞いてから、いまの質問って聞いてもよかったのかなと心配になった。

 一応、他のプレイヤーの情報だし。


『ふむ……掲示板に投稿された内容でよければ、お伝えしますよ?』


「っ! うん、お願いっ」


 掲示板というものには、あんまり良い印象がないけど。

 せめて役立つ情報を書き込んでおいてよね。


『シキミ様のジョブはシーフで、レベルは……4日前の書き込みですが、20を越えているようですね』


 おー、知りたい情報が全て手に入った。

 やるじゃん、掲示板。

 ただの盗撮画像お披露目会場ではなかったということか。


「シーフって、どんなジョブ?」


 レベルの差は、もうこれ以上どうしようもない。

 大学進学が決まっているとは言っても学校には行くし、勉強をする時間もアルバイトの時間も確保しないといけないからね。


『一般的には、一撃の重さよりも手数を重視する戦闘スタイルで、対魔物よりも対人に特化しているジョブです。まあ、プレイヤーによって、戦い方はまちまちではありますが』


「じゃあ、一対一のPvPは主戦場ってこと?」


『ふふっ、昔のコマンド形式のゲームならば、そうかもしれませんね。しかし、VRMMOでは違います』


 私の疑問を、楽しそうに一蹴するリリア。


『実際の身体感覚に等しい操作性によって、まるで武道か格闘技、もしくはスポーツのように、磨き上げられた技、そして一瞬の判断が勝負を分けます。以前に、リリア様は運動が得意でないとおっしゃっていましたね』


「うん、嫌いじゃないんだけどね。私の場合、背が低いから」


 胸は小さいから邪魔にならなくていいよね……?

 いま発言したやつは誰だ? ぶっ飛ばすよ?


『現実の肉体が恵まれていれば、その恵まれた肉体を動かすのに頭が慣れています。そのため、この世界でもそれだけ有利となります』


 そう言うと、リリアは私に近づいてきて、両手で私の肩を撫でる。

 触れられているのは肩なのに、なんだか背中の辺りがゾクッとした。


『リリア様は、スラリアちゃんとシンクロしたこの身体を動かすことに、まだ慣れていないだけ』


 私の身体に向けられるリリアの視線が、すごく、すごくこそばゆい。


『知恵の泉を取得できたのですから、頭を働かせるのは得意なはずです』


 今度は両手を私の耳の横に添えて、頭を優しく掴みながら言う。

 その柔らかな手のひらが耳に触れる力加減が、絶妙にいじらしい。


 ここで、ふいに身体全体を脱力感が襲った。

 リリアが私の耳を攻めたからだよ、まったくもう。

 なんて風に思ったが、どうやら同調スキルの効果切れのようだ。


「んっ……」


 全身を駆け巡る不思議な感覚に、目をつむって耐える。


 それが波のように引いていくのを待ってから、私は目を開ける。

 すると、私の前にいるリリアに、抱きついているのが視界に入った……あれ?


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

【名前】リリア

【レベル】9

【ジョブ】テイマー

【使用武器】スライム:習熟度5


【ステータス】

物理攻撃:20 物理防御:40 

魔力:35 敏捷:10 幸運:25

【スキル】スライム強化、なつき度強化、勇敢

知恵の泉、魅了、同調

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る