Tale17:わるいスライムではないですよ?

 リリアは一頻ひとしきり笑ってから、私の胸に突き立てていたナイフをしゅっと引き抜いた。

 ぅえっ……痛くはないけど、変な感じ。


『ズルではない理由、その一。物理攻撃無効ではない、ということです』


 あれ、唐突になにか始まったな。

 立ち上がったリリアが、私の前をうろうろと歩き回る。

 これは……先生という人種がなにかを解説するときに、黒板の前を行ったり来たりする現象だ!


『スラリアちゃんも物理攻撃でやられちゃっていましたよね? それと同じように、痛みを感じていなくてもダメージは受けているのです』


 先生よろしく、リリアは私に教示する。

 こんな先生が学校にいたら、男の子たちどころか女の子たちも勉強なんて手につかなくなるかもしれないだろうな。


「あれ? じゃあ、いまリリアが私を刺したのは……」


『はい、それなりのダメージが与えられたはずです』


 ちょっと!? 止めてよっ、心臓に悪いから!


『そして、ズルではない理由、その二。同調のスキルには、制限時間があります』


 なるほど、スライム強化のスキルにも制限時間はあったもんね。

 試してはいないけど、グレードアップしてからは、五分間以上は効果が続いていた気がする。


『スライムでの同調は、ただ立っているだけだったら一時間程度は保つと思います』

 

「えっ、そんなに長いの?」


『ええ、スライムですからね』


 思わず私が疑問をはさむと、リリアは微笑みながら答えてくれた。

 低ランクの魔物だから、ということかな。


『しかし、さっきみたいにダメージを受けると、一時間から引き算されていく形で制限時間が変わっていきます』


 ふむ、ダメージによってどのくらい制限時間が減るのかとか、回復作用のあるアイテムの効き目があるのかとか、いろいろと確認しておく必要がありそうね。


『最後に、ズルではない理由、その三。人間の状態のときより、魔法に弱くなってしまうことです』


 リリアの言い振りからすると、いまの私は人間ではないということ?

 それはそれで、ちょっとだけわくわくするかも。


『例えば――』


 私に開いた手のひらを向けるリリア。

 一瞬の後に、その先に炎の球がぶわっと生じる。


『――ファイア』


 リリアの言葉とともに飛来した炎が、一気に私の右腕を包み込んだ。


「えっ? ちょっ、熱いっ!? 熱い熱っ――熱く、ないね……」


 初めて見るファンタジー的な魔法に戸惑い、人間の感覚で焦ってしまったが。

 というか、なにをするのかを言ってから実行してほしいよね。

 燃えさかる右腕は燃えているだけで、熱くも痛くもなかった。


「おー、なんか変な感じ」


 右腕を掲げて眺めていると、やがて炎が消える。

 すると、いっしょに私の右腕も消えていた。


「なっ……!」


 言葉が出てこなくて、私は口をぱくぱくさせる。

 魔法がもたらした結果に満足するように、リリアはうんうんと頷いていた。


『初級魔法を受けただけで、この有様なのですね。あとは、魔力の込められた物理攻撃にも弱いです』

 

 そう言って、リリアは手に持っていたナイフを私の左腕に走らせる。


 あのナイフ、ちょっとだけ光り輝いている?


 そう不思議に思った瞬間にすとん、いや、ぷにゅんと私の左腕が二の腕の辺りから落ちた。

 その左腕は、しばらくすると淡い光になって消えていく。


『どうですか? メリットばかりではないので、そこまでズルくはないでしょう?』


 ペン回しをするみたいにナイフをくるくると弄びながら、私に問いかけるリリア。

 右腕も左腕も失った私は、頷いて肯定することしかできなかった。

 あっ、首を振れば否定を表現することもできたか。

 しかし、リリアの迫力と可愛さの前では、どちらにしろ否定はできない。


『ふふっ、腕はそのうち回復しますよ』


 リリアの言うとおりに、私の両腕はにゅるんと復活する。

 ただ、おそらく制限時間は一気に減ったことだろう。


「……うん、確かにズルではなさそう。使い方をよく考えないといけないし」


 私が立ち上がると、リリアは意気揚々と頷いた。


『では、さっそく始めましょうか』


「ん? なにを?」


 あれ、どうしてズルかズルじゃないかの話になったんだっけ?

 えーと、私がリリアのナイフを恐がって、同調のスキルを使うと痛くなくて――そうか、思い出した。


「戦闘サポートをする……?」


 私がつぶやくと同時に、リリアのナイフが首元に迫っていた。

 間一髪で、それを後ろに避けて躱す。


「っ! あぶなっ……!」


『――危なくありませんよ、痛くないのですから』


 そう告げるリリアは体勢を低くして、すでに私の懐に入っていた。

 横薙ぎに振るわれたナイフが、体勢の崩れていた私の太ももを切り裂く。


『ビビってしまったせいで、殺されちゃいましたね』


 そして、尻もちをついた私の胸には、いつの間にかリリアが突き立てたナイフが刺さっていた。

 至近距離の妖艶な微笑みが、なぜか私をゾクゾクさせてくる。


「えっと……リリア、さん?」


『はい?』


 私が声をかけると、リリアは首を傾げた。

 可愛い! 恐いけど、可愛いっ! こわいいっ!


「なんだか、さっきからキャラが変わっているような気がするのですが……?」


 この疑問に対して、リリアは、いつものリリアのように恥ずかしそうに俯いて。


『えっと……戦闘サポートモードだと、こんな感じになっちゃうんです』


 上目遣いで告白してくる下級生の女の子のような表情で、そんなことを言うのだった。


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【名前】リリア

【レベル】9

【ジョブ】テイマー

【使用武器】スライム:習熟度5


【ステータス】

物理攻撃:20 物理防御:40 

魔力:35 敏捷:10 幸運:25

【スキル】スライム強化、なつき度強化、勇敢

知恵の泉、魅了、同調

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