Tale10&Real World:こういう輩はどこにでもいますよ

 数瞬の浮遊感が過ぎていく。

 私は、サポートNPCのリリアがいる真っ白な空間に降り立っていた。


『リリア様、おかえりなさいませ』


 真似っこではない本物のリリアは、立っているだけで可憐さが止めどなく溢れていて。

 うやうやしく礼をするなんてなったら、その美しさは正視に耐えるものではないのだ。

 うーむ、リリアの外見を真似している私がみんなにちやほやされるのも納得ね。


『ふふっ、本日もお楽しみいただけたようで、私としても嬉しいです』


「ん?」


「ぷにゅ?」


 口元に手を当てて、リリアはくすくすと笑いながら言う。

 なんだか含みがあるような言葉だったけど、リリアの視線は下に向けられて……?


「ぁっ! いや、違うのっ、これは……!」


 セッチさんのところでゲームを止めたから、私の格好は恥ずかしい給仕服のままだったのだ。

 できるだけ隠そうと腕を抱いたり裾を引っ張ったりしたけど、もともと短すぎて無理。


『ただ、ちょっとだけ私も恥ずかしいですね』


 赤らんだ顔を隠すためか、リリアは両手で頬を覆う。

 確かに、自分と同じ姿のやつが太もも露わなハレンチ衣装に身を包んでいるのだ。

 いくら下にスパッツを穿いているとはいえ、えっちなことに変わりはない。


『もちろんリリア様の物語なので、お好きになさっていただきたいですが……こんなにも掲示板が盛り上がるとなると、自分ではないのがわかっていても――』


 リリアは宙を見上げるようにしながら、言葉を紡ぐ。


「掲示板が、盛り上がる……?」


「ぷにゅにゅ?」


 掲示板って、莉央りおが言っていた公式が運営しているという交流サイトのこと?


『プレイヤーであるリリア様は、ログアウトしてから見てみてくださいね。ほら、スラリアちゃん、こっちおいで?』


「ぷにゅっぷにゅ?」


 リリアに手招きされて、私の足もとからスラリアがぷにぷに跳ねていく。


『あなたも載ってるよ? 可愛いねー』


「ぷに……? ぷにゅっ、ぷにっ! ぷにゅにゅーっ」


 スラリアを胸に抱いたリリアは、前方の空間を指しながら言う。

 私にはなにも見えないけど、スラリアの喜びようから考えると、あそこに掲示板とやらが見えているのだろう。


『ほぅ、なるほどなるほど。これはちょっと、いいのかしら……』


「ぷにゅにゅう、ぷにゅん……?」


 上気させた頬を隠そうともせずに、リリアとスラリアは空間の一点を凝視している。

 なによ、二人してなにを見ているのっ……!


「リリア! 早くログアウトしてっ」


『ぅふふっ、はーい、かしこまりました』


 少し笑いながら、リリアは楽しげな声で返事をするのだった。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 こんこん、がちゃ。


「莉央、『テイルズ』の掲示板、見せて」


 ちゃんとノックをしてから弟の部屋に入る姉、偉いでしょ。

 莉央は勉強机に座っているので、ちゃんと勉強していたのかな?

 偉いな、さすが私の弟。


「えっ? なっ、なに……?」


 なにやら慌てているから、机に座っていただけで勉強はしていなかったかもしれない。

 ダメね、私の弟のくせに。


「『テイルズ・オンライン』の公式掲示板、ちょっと見たいから見せてもらってもいい?」


「あっ、うん、わかった……」


 そう言って、莉央はスマホを取り出して操作する。

 特に理由を追及してこないのは、私が真剣な表情を浮かべているからだろうか。


「はい、どうぞ」


「ありがと……あっ! ちょっと、あなたは見ちゃダメ」


 横からスマホを覗きこもうとした莉央の顎を、ぐいっと押して遠ざける。

 俺のスマホなのに、と不満そうにするが無視無視。


 スマホの画面を下にスクロールしていくと。


「っ!」


 恥ずかしい給仕服を着て、恥ずかしそうにこちらを睨むリリア――つまり、私の姿が。

 うん、可愛い……なんか、こうして画面上で見てみると自分だという認識が薄れるから、あんまり恥ずかしくないかも。


「ふぇっ!?」


 前言撤回。

 低いアングルから撮られたのだろう、黒いスパッツを穿いていたとしてもお尻の形がはっきりとわかるような画像、これが恥ずかしくないわけがない。

 というか、なにこれ? 完全に盗撮じゃない?

 おい、運営ぃ! いや、お巡りさぁん!

 健全なはずのゲームの世界に性犯罪者が紛れ込んでいますよぉ!

 早く捕まえてっ!


「どうした――ぐへぇっ!」


 私の手元を覗きこもうとした莉央に、無言で繰り出したアッパーカットがきれいに入る。

 うぅ……殴った手が痛いよぉ。

 人間の顎の骨って、硬いのね。


「いい? しばらくの間、この掲示板を見るのは禁止だからね!」


 顎を押さえて悶えている莉央に、私は告げる。

 この恥ずかしい格好のリリアの正体、それが私だと知っている人間に見られるのは耐えられない。


「わかった? 返事は?」


 可愛そうな莉央は涙目で、力なく数回頷くしかないだった。


 あとで勉強を教えてあげたから、この一連の暴挙はチャラになったのだ。

 よかった、お姉ちゃんで。


 しかし、女神リリアな見た目に問題がない、というのは撤回だな。

 さすがに、恥ずかしすぎるから。

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