第85話 全てを切る炎剣とレアな黒骨の丸盾

「まさか、ここまでやるとはな。頑丈なだけでなく、痛みにも強いようだ」


 五メートル程の距離を取って、ゼルドは爪に破られた服を見て感心している。

 随分と余裕があるようだけど、こっちも痩せ我慢する余裕がある事を教えてやる。


「ハァハァ、言っただろう。身体が頑丈だって。お前の攻撃はまったく効かない」

「そうみたいだ。眼球でも撃ち抜くとしよう」


 俺の身体の焼け跡からは、美味しそうな焼き肉の匂いがする。

 炎の矢によって、腹部と足に直径四センチ、深さ二センチ程の穴を六個も開けられた。

 いつもの身体を張った強引なカウンター攻撃が、服を切っただけで終わってしまった。


 でも、まったくの無駄だったとは思わない。痛いけど何とかなりそうだ。

 マイクやキールの強さや速さに比べたら、ゼルドは大した事ない。

 強い事は強いけど、勝てないと諦める程の絶望的な強さじゃない。

 せいぜい、4級冒険者程度の強さだ。


「そろそろ終わりにしようか」

「はい?」


 まだ俺はほとんど無傷だ。それなのに勝てると確信しているようだ。

 ゼルドは俺の顔の高さに素早く吹き矢を振り上げると、右目に吹き矢の照準を向けた。


「ハァッ! させるかよ!」


 吹き矢の穴奥に赤い炎が見えた瞬間、俺は反射的に前に走り出した。

 おそらく、予想通りの攻撃が飛んで来るはずだ。


「〝ファイアボール〟」


 突撃すると同時に、頭の右上を炎の矢が通り過ぎていく。

 吹き矢攻撃の攻略方法が分かったかもしれない。

 炎を筒で溜めないと発射できないなら、赤い炎が見えない時は発射されない。


 でも、俺に穴が見えないようにすれば問題解決だ。

 特に足を狙った攻撃は穴が見えないから避けられない。

 だが、足ぐらいは我慢して好きに撃たせてやる。即死しなければ問題ない。


「ハァッ、ヤァッ、ウラァッ‼︎」

「フッフッ。ようやく見切り始めたか」


 人質達が集められている甲板中央、二番目と三番目の柱の狭い範囲内で攻防を繰り返す。

 凄まじい速度で発射される炎の矢を左手の盾で防ぎ、右手の爪で切り裂き接近する。


(見える、見えるぞ)


 吹き矢の奥に赤い光が見える瞬間を見逃さない。

 上半身の攻撃はもう見切った。その攻撃はもう太ももより下にしか喰らわない。

 

「やるじゃないか。〝ファイヤボール〟」

「ぐぅああああッッ~~‼︎」

「くっ、あの野朗!」


 ゼルドは人質の塊から決して離れようとしない。

 俺の攻撃を躱しつつ、たまに動けない人質の身体に炎の矢を貫通させていく。

 人質達の悲鳴で俺を怒らせたいようだけど無駄だ。最初からブチ切れている。


「おい、クソ野郎! 目が悪いようだな。俺はこっちだぞ!」

「あぁ、そうみたいだ。止まってくれれば分かると思う」

「お前が止まって、よく狙えばいいだけだろ!」


 心理戦までやりたいようだけど、人質を殺したければ殺せばいい。

 船室にまだ船員が十四人も残っているから、船を動かすには問題ない。

 吹き矢の照準に盾を構えたまま突進して、右腕の爪を真っ直ぐに突き出した。


「おっと……フッフッ、流石に連続発射は疲れるものだ」


 だけど、渾身の爪による攻撃は大きく飛んで回避された。

 でも、問題ない。素早く接近すると更に連続攻撃を続けていく。

 休憩時間は与えない。


「だったら動くな、撃つな、抵抗するな! 俺がすぐに楽に殺してやる!」

「あまり感情的にならない方がいい。疲れるぞ」


 戦闘が始まってから、おそらく五分以上は経過したと思う。

 こっちは頑丈さだけじゃなく、体力と回復力にも自信がある。

 魔法の連続使用で、少しはゼルドの体力も精神力も落ちてきているはずだ。

 このまま休む暇を与えずに、常に致命傷の一撃を振い続ければ、いつかは当たる。

 少し疲れ始めた俺が言うんだから間違いない。


「オラッ! チッ、逃げ回るな! 腰の剣は飾りかよ、この腰抜け野朗。掛かって来いよ!」

「フッフッ。こんなに長く動いたのは久し振りだ。お前のお陰で良く眠れそうだ」

「はぁっ? だったら、永眠させてやるよ!」


 まるで俺の方が悪者みたいな言い方だ。ゼルドは余裕の笑みを続けている。

 全然挑発に乗らないし、遠距離タイプの攻撃はメチャクチャ苦手だ。

 槍と拳の殴り合いばかり練習させられていたから、お父さんの所為だ。


(くぅぅぅ、全然攻撃が当たらないからイライラする! 男なら拳で攻撃して来いよ!)


 若いから疲れ知らずなのか。四十発以上も撃っているのにバテない。

 そろそろ土手っ腹に爪を突き刺すか、引き裂きたい。

 あれだけの高威力の魔法を無限に撃ち続けられるはずがない。


 それとも、『この技は俺が使える魔法の中で一番弱いものだ』のパターンなのか?

 だとしたら、まだ実力の半分も出してないのか? 

 巫山戯んな。こっちは最初から全力全開だ。


「チッ。はあああああ!」


 疲れ始めると余計な事を考えてしまう。自分の考えを疑ったら駄目だ。

 くだらない迷いを急いで捨て去って、連続攻撃を続けた。


「「「……」」」


 手下の海賊達は船の縁に這って移動して、大人しく見学している。

 攻撃の巻き添えになりたくないのと、新しい海賊船長が決まるかもしれないので、様子を見ているんだ。

 多分、アイツらの目には、互角に俺がゼルドと戦っているように見えているんだろう。


(きっとそうだ。間違いない。この戦いは勝てる!)


 そう信じて突き進んでいると、初めてゼルドが人質達から大きく離れた。

 そして、吹き矢を腰のベルトに仕舞うと、左腰から剣を引き抜いた。


「そろそろ終わりにしよう。睡眠ガスの効果が弱まってくる頃だ」

「……どういう意味だ?」


 直剣片刃の剣の刀身は全体的に黒いけど、刃の部分だけが真っ赤な色をしている。

 切れ味は凄そうだけど、接近戦なら大歓迎だ。


 でも、嫌な予感がする。

 武器を変えたという事は、吹き矢よりも剣の方が得意だという事だ。

 油断しない方がいいと思う。


「船長! そんな奴、紙みたいに真っ二つにしてください!」

「よく頑張ったな、クソ野郎! 船長に剣を抜かせる奴は滅多にいないぞ!」

「あっははは! 死にたくなかったら、今すぐに俺達全員と人質の靴の裏を舐めやがれ!」


 余程、凄い剣みたいだ。大人しく見学していた海賊達が一斉にゼルドの応援を始めた。

 つまり俺の力を恐れて、遂に切り札を使わなければならなくなったという訳か……。


「これは貴重な獄炎鉱石から作られた剣だ。この剣の切れ味だけでもある程度の物までは切れる。だが、〝ストライク攻撃力上昇付与〟〝ヘルフレイム灼熱猛火付与〟——これで全てを焼き切る剣になった」

「わぁー、凄い……」


 ゼルドが剣の説明をした後に二つの魔法を剣に使った。

 赤い刃が太陽のような真っ赤な強い輝きを放ち始める。

 明らかに赤い刃に触れたら危ないという気配しか感じない。


(ヤバイな。本当に全てを切れるなら戦わない方がいい)


 俺と同じ補助系の魔法ならば、十分ぐらいは余裕であの剣を使い続けられる。

 逃げ回って、ゼルドの体力切れを狙いたいけど、それは無理だろう。


 それに逃げ続ければ標的を変えられてしまう。特にエイミーに変えられるのはマズイ。

 結局は殺るか、殺られるか、この解決方法しかなさそうだ。

 レア防具の骨の黒丸盾を信じるしかない。必ずあの剣の一撃にも耐えてくれるはずだ。


「悪いけど、その剣で切れないものはある。この俺だ」


 炎剣を恐れる事なく一歩を踏み出すと、ゼルドに向かって普通に歩いていく。


「フッフッ。それは楽しみだ。行くぞ?」

「いつでも、どこでも、どうぞ」

「では、お言葉に甘えて、そうさせてもらおうか!」


 ゼルドの問いに、両手を広げて攻撃を受け入れる意思を見せた。

 もちろん、全力で避けるに決まっている。

 そんな俺に対して、ゼルドは初めて積極的な攻撃意思を見せた。

 右手に剣を持って、真っ直ぐに向かってきた。


 剣の威力を確かめる為に、一撃喰らってみるという手もあるけど、命懸けで知りたくはない。

 絶対に避けるという意思でゼルドの身体、腕、剣の動きに意識を集中する。


「フゥッ、ハァッ!」

「くっ、ふっ……」


 吹き矢の攻撃よりは断然遅い。

 初撃の胴体を狙った突き攻撃を横に避けて、追撃の振り払いも後ろに飛んで避ける。

 ゼルドの戦い方は剣というよりも短槍を想像させる。

 間合いの外から一方的に攻撃したいのだろう。


「ふぅー、どんなに凄い剣の使い手かと期待したけど、吹き矢の方がいいんじゃないのか?」

「そうだな。そうさせてもらおうか。弱い者イジメのようでやりたくはないだがな」

「へぇー、そう……」


 余計な事を言ってしまったようだ。

 空いている左手にゼルドは再び吹き矢を装備した。


 明らかな反則行為で、弓矢と剣を同時に使っているのと一緒だ。

 ほとんど、二対一だけど、文句を言っても受け入れてくれるはずはない。

 命懸けの戦いでは、反則でも勝った方が正義になる。


「先に言っておく。もう仲間にするつもりはない。見っともない命乞いはしない事だ」

「余計なお世話だ。死んでもゴメンだし、死ぬつもりはない!」


 剣先と吹き矢を向けて、死刑宣告のつもりだろうけど、まだ負けるとは決まっていない。

 丸盾を顔の前に構えて、突撃した。どんな攻撃も当たらなければ意味はない。


「ぐっ……」


 腹に向かって飛んで来た炎の矢を盾で防いで突き進む。

 警戒するべきは炎剣だけだ。二本の腕を同時に動かすのは難しい。

 手数を増やした分だけ、攻撃の予備動作がハッキリと分かるはずだ。


「フゥッ、ハァッ!」

「はっ、ふっ……」


 剣の間合いに入った俺に対して、ゼルドは剣を胴体を狙って右に左に振り払う。

 後ろに軽く飛んで回避するけど、回避後に焦って攻撃しても隙を見せるだけだ。

 慎重さと大胆さを持って、必殺の一撃で息の根を止めないといけない。


(予期せぬ攻撃には対処できないはずだ)


 丸盾の持ち手に力を入れて、もっとも動きが止まったところを狙う。

 飛び道具には飛び道具だ。丸盾を投げつけて、動揺した瞬間を右左の爪で一気に切り刻む。


「ん?」


 顔を狙って素早く振り上げられた吹き矢に赤い光が見えた。

 盾で防がずに左に避けようと思ったが、ゼルドが剣を水平に構えたまま突撃してきた。

 炎の矢と炎剣による同時攻撃だ。


「はあああああ!」

「なっ⁉︎」


 一瞬判断が遅れた。この場合は顔に盾を構えて、後ろに回避したい。

 だけど、無理だ。突撃してきているゼルドに対して後ろに回避するのは無意味だ。

 炎剣の間合いに入って一撃を喰らってしまう。


 最善の方法は二つの攻撃を回避する事だけど、それは難しい。

 右から左に振り払われる炎剣は、前後左右の道を塞いでいる。

 上に飛ぶか、下にしゃがむしかない。


(チッ。予定変更だ。カウンターで腹を切り裂くしかない!)


 ピンチは最大のチャンスだ。

 丸盾で炎剣の攻撃を受け止め、炎の矢は頭を下げて回避する。

 そして、右爪でゼルドの胴体を切り裂けば、俺の勝ちは決まったようなものだ。

 エイミーと俺の絆の印である丸盾の強度を信じるしかない。


 ♢

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る