第82話 ムフフな介護計画と謎の襲撃者

「俺が納得できる答えを言える奴はいるか? 居ないなら新しい瓶を探して来るぞ」


 ほとんど飲み口の筒部分しか残ってないけど、割れた瓶の鋭い先端を海賊三人に向けた。

 コイツらの所為で快適な船旅が邪魔されてしまった。その責任をたっぷりと取ってもらう。

 答えられないなら、こいつを頭からブッ刺してやる。


「ヤバイ薬、いえ、睡眠薬に耐性があるんじゃないでしょうか? 人間ならば二時間ぐらいはグッスリの強力な睡眠ガスですが、効きにくい人もいる——」

「ぐっぐぐぐ、テメェーら、ハッキリ言えよ。頭も身体も普通じゃないから人間用のお薬は効かないだよ」

「お、お前、馬鹿ッ⁉︎」


 ちょっと手加減し過ぎたようだ。

 頭をカチ割った男が笑いながら、他の海賊の丁寧な説明を遮って言ってきた。

 他の海賊達が俺の顔色を怯えながら見ているけど、俺もその答えなら素直に納得できる。

 感謝の気持ちに足蹴りのご褒美を喰らわせてやる。


「大正解!」

「ぐごおぁッッ‼︎ ぐぅはぁッ!」

「「「ひぃっ‼︎」」」


 蹴り飛ばした生意気な海賊は、船の柱に向かって飛んでいき、柱に直撃してから、甲板の上に落下した。

 今度は喋る元気はなさそうだ。甲板の上で静かに寝てしまった。


「本当に二時間も寝たままなのか? すぐに起こす方法ぐらいはあるだろう」

「ない——」

「あります!」

「どっち?」


 眠くなる原因は分かったので、あとは治療方法が分かれば、海賊達は用無しだ。

 でも、治療方法を聞いているのに、海賊三人は蹴り飛ばされないかと怯えている。

 あるのか、ないのか、ハッキリと教えてほしい。


「ガ、ガスの充満してない場所に寝かせていれば、三十分ぐらいで目を覚ますはずです!」

「本当か? 一分以内に起こす方法とかあるんだろう? 隠してないで素直に教えろよ」

「本当です! それ以外に方法はないです!」

「ふぅーん……」


 一回目に聞いた時は、誰も睡眠ガスを使ったとは言わなかった。

 その前に俺がエイミーの部屋に行った時も教えなかった。

 俺が船内に入って、眠るのを期待していたんだろう。


 だからこそ今度はキチンと聞かないといけない。

 海賊の頬を叩いて念入りに聞いていく。


「だったら、三人船内に連れて行って、寝ているところを刃物で突き刺すけどいいよね? 絶対に起きないんだよね? もしも起きたら、回復薬は無しだから」

「本当ですよ! 信じてください! 絶対に刺しても起きませんから!」

「ふぅーん、なるほどね」


 海賊達の顔は嘘を吐いている感じはしない。

 どうやら本当みたいだけど、事実だとしたら困った事になる。

 エイミーのオシッコは大丈夫だろうか?


 早ければ三十分で目を覚ますなら、漏らす前に起きてくれるかもしれない。

 まぁ、トイレが船内にしかないから、睡眠ガスを船内から追い出す必要がある。

 だから、どうしても我慢できない時は、甲板の上でしてもらうしかない……。


(いや、いやいやいや、待てよ⁉︎ 何をやっても起きない⁉︎ それが本当なら、おっぱい揉み放題じゃないか⁉︎)


 普通に対策を考えていると、ある恐ろしい事実に気づいてしまった。

 睡眠ガスで寝ているだけなら、病気じゃない。緊急事態というよりも興奮事態だ。


 誰も船内に入らないように言えば、あんな事やこんな事がし放題だ。

 人間がやる事じゃないけど、エイミーの意識がない状態だから、俺が代わりにやるしかない。

 これからやる事は、主人の身の安全を守る従魔としての立派な仕事だ。

 

(父さん、ちょっと大人になってくるよ。それとエイミーのお父さん、これはエイミーの為なんです)


 一応、二人の父さんに心の中でしっかりとご報告した。

 エイミーに変な事はしない。身も心も傷つけるような事はしない

 ちょっとトイレまで連れて行って、オシッコをさせてから、ベッドに戻すだけだ。


 ただ、その時にちょっと見て触るだけだ。

 それに、もしも手遅れだった時は、キチンと服を着替えさせるし、身体も拭いてあげる。


「むふっ。むっふふふふぅ」


 馬車の中で妄想したエイミーの恥ずかしい姿がもうすぐ見れる。

 そう思うと、口元が緩んで自然と笑みが溢れてしまう。

 ダメダメだ。これは医療行為なんだ。変な気持ちになったらダメだぞ。


 期待と興奮を胸に抱いて、大人への階段を一歩下りようとした。

 正確には船内へと続く階段だ。でも、それは何者かに阻まれた。


「っ……⁉︎ ぐぅああッッ!」


 突然、背中を襲った痛みの所為で、大人への階段を派手に転げ落ちてしまった。

 

「痛たたたたっ。何だよ、もうっ!」


 船内の廊下に仰向けに倒れたまま、甲板の穴を見上げた。誰の姿も見えない。

 追撃するつもりはないのかもしれないけど、背中がヒリヒリする。

 触って見ると、左手に血が付いていた。


「チッ……」


 何か鋭いもので突き刺されたような痛みだったけど、気にするところはそこじゃない。

 俺の防御魔法を貫通して、身体を傷つけるなんて普通の人には出来ない。

 少なくとも、縄で縛られていた海賊と乗客には無理だと思う。

 

(船員の中に武器でも隠し持っていた奴でもいたのか? それとも正義の味方か?)


 女の子を襲う悪者を退治する、正義の味方は多分違う。

 そもそも船員達の持ち物検査はしてないので、隠す以前の問題だ。

 まぁ、実力はしっかりと隠していたようだけど、見せる相手は間違えたようだ。

 すぐに立ち上がると両手の爪を伸ばした。隠していれば怪我をしなくて済んでいた。


「エイミーのピンチなんだ。邪魔者にはすぐに退場してもらう」


『待っててね』とエイミーに心の中で約束すると、転げ落ちた階段を慎重に上っていく。

 敵が狙うなら、甲板に姿を現した瞬間しかない。

 背中を攻撃されたから、敵の位置は船の後方だと分かっている。

 前だけ警戒すれば、次の攻撃は喰らわない。

 

(よし、行こう!)


 覚悟を決めると残りの階段を一気に駆け上がった。

 そして、甲板の上に飛び出すと、前方百八十度の範囲に怪しい人間がいないか探した。

 海賊と乗客は一塊になって動いていなかったけど、船員六人が船の後方に集まって騒いでいる。


「ヤベェ、海賊船だ! 十五分もしたら追い付かれる!」

「船長、陸地を目指しましょう! 船と積荷を捨てれば助かります!」

「ああ、その通りだ。船なんかよりも命が大事だ。陸地の近くまで行ったら、海に飛び込むぞ」

「「「はい!」」」


(海賊船? いや、その前に船の前方も見ないと)


 船の後方に見えるらしい海賊船は後回しでいい。

 まずは俺を傷つけた相手を探さないと安心できない。


「ん?」

「な、な、何で生きてんだよっ⁉︎ 不死身かよ⁉︎」

「……何か知っているのか?」

「何も知らない、何も知らない、何も知らない!」


 俺と目が合った海賊が、顎が外れそうな勢いで驚いている。

 俺を背後から襲った犯人を目撃したのかもしれない。

 時間もないし、多少手荒な聞き方でも急いで教えてもらう。


「完全に知っている反応だな。三秒以内に教えてくれたら殺さないから。三、二——」

「船長が攻撃したんです!」

「ほら、知ってた」


 本気で殺すつもりはなかったけど、お陰で両腕の肉を肩から指先まで、爪で切り裂かずに済んだ。

 意外な犯人を予想していたけど、言われてみたら確かに奴しかいない。

 位置的にも俺を狙うには最高の場所だ。

 俺に顔面を平足打ちされたのを根に持っていたんだ。


(何が海賊船だ。船員に協力してもらって、知らん振りしやがって)


 後方の甲板は一段高くなっている。

 高さ二メートル程の階段を上って、豪華な白い制服を着ている白髪船長に近づいていく。

 念の為に船の後方を見たら、黒い帆を広げた船が二キロぐらい離れた海上に見えた。

 本当に海賊船はいるみたいだけど、俺を背後から襲ったのは許さない。


 五十代近くの船長は、舵と呼ばれる木で作られた丸い車輪を動かしているだけだ。

 コイツが居なくなっても困る事はないだろう。

 

「船長、残念だったな」

「ん? なん……いえ、何でしょうか?」


 船長は俺に呼びかけられると横を振り向き、俺の顔を見た瞬間に特大の嫌な顔を浮かべた。

 それでも、何とか真剣な表情にすぐに切り替えた。


「とぼけるつもりか? よくも攻撃しやがったな」

「はい? 何の事ですか?」

「海賊が見てたんだよ! お前が背後から俺を攻撃して、階段から突き落としたんだよな!」


 船長は完全にとぼけるつもりだ。だが、無理だ。こっちには目撃者がいる。

 船長の胸ぐらを掴むと強い口調で聞いた。ちょっと脅せば、正直に話してくれるはずだ。


「くっ、はい? そんな事しませんよ! 海賊の言う事は信じられても、私の言う事は信じられないんですか? そんなの海賊の嘘ですよ! 今は忙しいんです。邪魔しないでください!」

「おっ、おおっ……?」


 船長は俺よりも後方の海賊船の方が怖いみたいだ。

 胸ぐらを掴んでいた腕を強引に振り解いて、更に俺の身体を突き飛ばした。


(意外と力が強いな)


 でも、言われてみたら、仲間割れさせる為の罠かもしれない。

 むしろ、舵を操っている船長よりも、海賊の方が位置的に、階段前に立っていた俺に近かった。


 靴の中に強力な武器を隠し持っていて、靴に強い衝撃を与えれば、発射される武器かもしれない。

 普通殺すつもりなら頭を狙う。足を縛られていたから、狙いがズレて背中に当たったんだ。


「あの野朗、仲間の海賊が来たから強気になりやがって」


 この俺を騙したんだ。もう死ぬ覚悟は出来ているはずだ。

 階段なんて使わずに飛び降りると、海賊に向かっていく。

 

「おい、船長は違うそうだ。よくも俺を騙したな。死ぬ覚悟は出来ているんだろうな?」


 嘘吐き海賊に向かって教えてあげた。

 悪党には容赦したら駄目なのは知っている。

 これから顔面を一発ブン殴ってから、海の中に放り投げる。

 気絶せずに、泳ぎが得意で、運が良ければ助かるはずだ。


「はい? 船長と言ったら、海賊船の船長ですよ! 船長が攻撃したんですよ!」

「はぁっ?」


 ブン殴ろうと右拳を振り上げると、嘘吐き海賊は怯えるどころか、ハッキリと反論してきた。

 海賊船との距離はまだ一キロ以上も離れている。俺をトコトン馬鹿にしたいようだ。


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