第81話 謎の奇病『突然、眠くなぁ〜る』

「エイミー、どうしたの⁉︎ しっかりして、エイミー!」


 ゆっくりと廊下の床に座らせると、頬を軽く叩きながら呼びかける。

 エイミーからは返事は返って来ないけど、口元から小さな寝息が聞こえてきた。


「ふぅ……ふぅ……」

「えっ、寝てるの? ここで?」


 いきなり立ったまま寝ようとするなんて信じられない。

 そんなに疲れてないだろうし、廊下に不審な人物の姿は見えない。


(とりあえず部屋に戻ろう)


 エイミーの背中と膝裏に手を回して、軽々と持ち上げた。

 理由を考えるのは後にして、今は安全そうな部屋に戻るべきだ。


(うわぁ、軽っ! お父さんの半分以下だよ!)


 エイミーのお陰で念願のお姫様抱っこが出来たけど、今は女の子の軽さに喜ぶべきじゃない。

 狭い廊下の壁に、エイミーの頭や足を打つけないように走る。

 そして、部屋の前まで行くと、膝裏に回していた右手で丸いドアノブを回して、部屋の中に入った。


「まったく、どうなっているんだ?」


 エイミーを部屋の床に優しく下ろして、部屋の扉を閉めて、鍵も閉めた。

 プロテスとシェルをかけていたから、物理攻撃と魔法攻撃で眠らされたとは思えない。

 相手の攻撃力が俺の防御魔法よりも上じゃなければだ。


「エイミー、エイミー!」

「んんっ……ふぅ……ふぅ……」

「駄目だ。全然起きようとしない」


 これ以上、頬を叩くと顔がパンパンに腫れ上がりそうだ。

 俺の爪を腕に刺せば、痛みで飛び起きそうだけど、それを試すつもりはない。

 回復薬を飲ませて治るのは刺し傷だけで、一度壊れた人間関係は直せない。


「これって、本当に寝ているのか? もしかして、寝た振りとか……」


 顔色は悪くないし、苦しんでいる感じはしない。さっきベッドの中で見た時と同じだ。

 寝た振りをする意味は分からないけど、理由もなく突然、睡魔に襲われるとは思えない。

 俺はこの通り、まったく眠たくない。

 エイミーだけに奇病『突然、眠くなぁ~る』が発症するとは思えない。


「あっ、病気か!」


 馬車の長旅に初めての船と慣れない事の連続だった。

 旅先で変な虫に刺されて、原因不明の病気になる事だって有り得る。

 少し考えれば気づける事だ。今、エイミーに必要なのは医者だ。


「待っててよ、エイミー。すぐに医者を連れて来るから」


 エイミーを冷たい床からベッドの上に移動して寝かせた。

 医者はいないだろうけど、こういう緊急事態にも、船員なら対応した経験があるはずだ。

 どうしても無理なら、海賊船が居ようと関係ない。港に引き返すだけだ。


 部屋から出ると扉に鍵をかけて、船員達がいる甲板を目指した。

 廊下を走り、階段を駆け上がり、甲板に出ると船員の一人を捕まえた。


「急病人だ! 病気に詳しい奴はいるか?」

「えっ、はい?」

「病気に詳しい奴はいるかと聞いてんだよ! 誰でもいいから、さっきと医者を用意しろ!」

「は、はい、すぐに!」


 聞いた船員が悪かった。訳が分からないといった顔で頼りにならない。

 仕方ない。乗客の中に医者がいないか探した方が良さそうだ。

 縛られている海賊と乗客達の元に向かった。


 海賊が四人、乗客が十二人いる。

 これだけ居れば、病名ぐらいは分かるだろう。


「この中に医者はいるか? 急に眠気がやって来て、全然起きられない病気だ」

「それは寝不足だと思います。すみません、トイレに行ってもよろしいでしょうか?」


 身体をモゾモゾしている乗客の男が素早く答えた。

 デタラメな答えのご褒美にトイレを要求しているけど、適当な答えじゃ駄目だ。

 不正解者には軽い足蹴りのご褒美を与える。


「寝不足? 寝不足じゃないから聞いてんだよ!」

「はぶッ! す、すみません! ここでします!」

「チッ。他に分かる奴はいるか?」

「「「……」」」


 聞いているのに誰も答えない。誰も視線を合わそうとしない。

 どいつもこいつも使えない連中だ。まぁ、俺もその一人ではある。


「これだけ居て誰も分からないのかよ。無駄に歳ばかり取りやがって……」


 誰か答えるかもしれないと、少し待ってやったけど、これ以上は時間の無駄らしい。

 甲板には使えない奴しかいない。大部屋と船員部屋を探した方が良さそうだ。


「お待たせしました。眠気覚ましです。これを飲ませれば、起きるかもしれないです」


 そう思っていたけど、さっき聞いた船員が茶色液体の入った瓶を持って来た。


「これ……酒だよな?」


 手渡された透明な瓶に貼られた紙を見れば分かる。

 これが薬じゃなくて、アルコール度数四十四パーセントの酒だという事が。

 もしかして、この船員はこの酒瓶で頭をカチ割ってほしいのだろうか?


「はい、効き目は抜群らしいです。騙されたと思って飲ませてください」

「んんっ……分かった。とりあえずやってみる」


 あまり期待は出来ないけど、爪で突き刺すよりはまともな方法だ。

 船員を信じて飲ませるしかない。でも、まずは安全確認だ。

 いきなりエイミーに飲ませる訳にはいかない。

 もしかすると毒入り酒かもしれない。


「トイレに行きたいんだよな? だったら、毒味をしてもらう。口を開けろ」

「はい? がぼぉ、ぐぼぉ~~⁉︎」


 さっき巫山戯た答えを言った乗客の男のところに行った。

 そして、乗客の口を開けて、酒を無理矢理に流し込んでいく。

 多分、毒なら一口ぐらい飲ませれば足りるはずだ。

 でも、今は早く効果を知りたいから、ちょっと多めに飲ませよう。


 船員の男に飲ませてもいいけど、本当に毒入りだと喋れなくなる。

 死んでしまったら毒入り酒を渡した理由が聞けなくなる。


「どうだ? 死にそうか? 苦しいか?」

「うぇぷっ……も、もう、漏れそうです」


 駄目だ。また聞きたい事とは全然違う事を言っている。

 仕方ない。即効性の薬じゃないみたいだから、トイレに連れて行って様子を見るしかない。

 トイレは地下一階の船の前方と後方に二ヶ所あるから、大部屋の様子も見られてちょうどいい。


「ほら、立て。自分で歩けよ」

「ありがとうございます! ありがとうございます!」

「いいから、漏らす前に行け」

「はい!」


 両手足の縄を解いてやると、乗客の男は凄く感謝している。

 分かったから、甲板に漏らす前に早くトイレに行け。


「やれやれ」


 まだ余裕があったようだ。男は甲板の穴から船内に駆け込んでいった。

 海賊の仲間である可能性もあるから、あまり目を離さないようにしないといけない。

 男の後に続いて、船内への階段を下りていく。


「ん? 何しているんだ?」


 さっきの男が船内後方の廊下で、うつ伏せで倒れている。

 慌て過ぎて転んで、ついでに頭でも打って気絶でもしたのだろうか?

 流石にいい大人がそんな見っともない事にはならないだろう。


「おい……くっ、間に合わなかったか」


 近づいて助け起こそうとしたけど、もう遅かったようだ。

 男からはオシッコの臭いが漂っている。

 船員に後で念入りに掃除してもらわないといけない。


「おい、大丈夫か? まぁ、大丈夫じゃないか」


 うつ伏せに倒れている男に我慢して近づくと、仰向けにして怪我してないか確かめた。

 目立った外傷はないし、死んでもいない。だけど、異常な状況なのは間違いない。

 

「ぐごぉー……ぐごぉー……」

「寝ている」


 仰向けにした男は大きなイビキをかいて寝ていた。

 オシッコも我慢できなければ、寝るのも我慢できないようだ。


 まぁ、そんな訳ない。エイミーと同じで急激な睡魔に襲われたんだ。

 さっきの酒に睡眠薬が入っていた可能性もあるけど、寝ているエイミーに睡眠薬入りの酒は無意味だ。

 酒が原因とは思えない。それに馬車の長旅も睡魔の原因じゃなさそうだ。


「大部屋を確かめてみるか」


 甲板の人間は睡魔には襲われていない。船内に入ると急激な睡魔に襲われている。

 だとしたら、大部屋にいる人間は全員寝ているはずだ。俺の予想通りならば……。


 警戒しながら大部屋の扉を開けて、中に入ろうとしたけど、それは無理そうだ。


「ふごぉー」「ぐがぁー」「ふすぅん」「ふみゃー」

「ぐっ……!」


 すぐに廊下と同じオシッコ臭とイビキの合唱が、鼻と耳に襲い掛かってきた。

 急いで扉を閉めると、新鮮な空気を求めて甲板に向かって走っていく。

 トイレが我慢できない大人が多い訳じゃないと信じたい。


「ハァハァ、ハァハァ、空気が美味い」


 海の匂いが混じった潮風が美味しいとは思えないけど、船内の匂いよりは遥かにマシだ。

 そして、謎の『突然、眠くなぁ~る』病の原因も分かった。

 誰かが船内に睡眠薬的な物をばら撒いたに決まっている。

 

 食事は船員に頼めば用意してくれるけど、俺とエイミーは食べていない。

 つまり、食事と飲み物に睡眠薬は混入されていない。

 別の方法で睡眠薬を使った事になるけど、その方法が分からない。


(まぁ、犯人は分かっている。解毒薬があるのか、さっさと聞き出してやる)


 酒入り瓶を振り回しながら、縄で縛られている海賊四人に向かっていく。

 そして、海賊達の前に立つと、右手に持った瓶を左手の手の平で受け止めながら、優しく尋ねていく。


「さっきの男がトイレに間に合わずに廊下に寝てしまった。瓶で頭をカチ割られる前に話したい奴はいるか?」


 まだ、海賊達を犯人と決めつけるのは早いし、可哀想だ。

 犯人だという証拠は何も見つかっていない。

 

「は、話します! だから、殴らないでください! 船内に睡眠ガスをばら撒きました。強力なガスですけど、命には別状ありませんから!」

「はぁっ? 本当か? じゃあ、何で俺は寝てないんだ?」


 一人の海賊が怯えながら白状したけど、明らかに説明不足だ。

 甲板にいた乗客の男は船内に入ってすぐに寝てしまった。

 俺は二回も入ったのに、全然眠くならない。


「知らねぇよ! 俺達だって、マスクで顔を覆い隠して防いでいたんだ! まだガスだって充満しているし、効かない方がおかしいんだよ! 日常的にヤバイ薬でもやってんだろ!」

「逆ギレするな!」

「ぎゃあああッッ~~‼︎」


 さっき答えた海賊とは別の海賊が、怒りながら言ってきた。

 海賊の癖に俺に反抗的な態度を取ったので、予告通りに頭を瓶でカチ割った。

 男が甲板を転げ回っているけど、俺が知りたいのは、俺が眠くならない理由だ。


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