第79話 海賊退治と乗客退治

 おじさんを人質に取っても、俺の防御魔法の前では全てが無意味だ。


「〝プロテス〟〝シェル〟」


 黒布マスクの男達五人が人質にしている二人のおじさんに、二つの防御魔法を重ね掛けした。

 悪いけど、これでもう誰も、おじさん二人を傷つける事は出来ないはずだ。

 殴る蹴る、切る突き刺す、と好きにやればいい。

 退屈な船旅を楽しませる為のお祭りじゃないなら、普通に殴って大人しくさせれば済む。


「テメェー、聞こえねぇのか? 近づくんじゃねぇよ。この男の両腕が地面に落ちる事になるぞ」

「ひぃっ! やめてください! 近づかないでください!」


 近づいていく俺に対して、黒布マスクの男達三人掛かりで一人のおじさんを取り囲んだ。

 顔を隠している布以外は、白長袖や黄色半袖、紺の長ズボンや緑の半ズボンと統一されていない。

 一人目は背後から押さえて、二人目が前で手首を縛られているおじさんの腕を持ち上げている。

 最後の三人目がその腕に剣を振り上げて、振り下ろすと脅している。


「あっ、どうぞどうぞ!」

「いやあぁぁぁ~~‼︎」


 右手で強盗達に勝手にやってくれと意思表示する。

 悲鳴を上げて本気で怖がっているおじさんには悪いけど、多分、切れないと思う。

 ちょっと痛いかもしれないけど、パパッと殴り倒すから、その間は我慢してほしい。


「ハァッ——」


 まずは一番近くて、人質を取り押さえていない黒布男の懐に素早く潜り込んだ。

 そして、唖然としている男の顔面に、左拳を真っ直ぐに叩き込んだ。


「フゥッ!」

「へぇ? ぐごがあッ⁉︎」


 手加減したつもりだったけど、殴り飛ばされた男は、甲板を二回飛び跳ねてから停止した。

 武器を持っているけど、9級冒険者並みの雑魚だ。


「テメェー、やりやがったな! ジジイの腕を切り落とせ!」

「セイリャッ!」

「や、やめてぇぇぇ‼︎」


 弱いけど、それなりに悪事に手を染めているようだ。

 反抗的な乗客に仲間をやられて激怒した黒布三人が、予告通りにおじさんを襲った。

 まったく躊躇なく、おじさんの肘の辺りを狙って、剣が力一杯振り下ろされた。


「ぐっ! 何て硬さだ、き、切れねぇ⁉︎」

「ぎゃあああっ……あ、あれ?」


 でも、予想通り、おじさんの鋼の腕に剣は受け取れられた。

 信じられない光景に剣を振るった男と、おじさんの腕を持ち上げている男が驚いている。

 そして、背後からおじさんを抱き締めている男も、おじさんの耳元で叫んだ。


「テメェー、ジジイ! 何者だ!」

「ひぃっ! ニコラスです!」


 ついでにおじさんも驚いているけど、強盗達と遊んでいるほど暇じゃない。

 騒いでいる黒布三人組は放置して、もう一人のおじさんを背後から抱き締めている男に接近した。

 ベタベタといつまでも不快な光景を見せつけられたくない。

 抵抗する黒布男の左腕を両手で掴むと、おじさんから強引に引き離した。


「なっ、離せ!」

「舌を噛むんじゃないぞ! オラッ!」

「やめ、ひぃ……ぐぅばああッッ‼︎」


 一応注意してやった。背中に素早く担ぐような動作で、男の背中を甲板に強く叩きつけた。

 男の左腕が何ヶ所か折れたようだ。少し変な方向に曲がっている。

 まぁ、気絶する程度に力は抑えているつもりだから心配ない。


「お、おい、俺達にこんな事していいと思っているのか⁉︎」

「はぁっ? 強盗だろう? それとも乗客から金品を奪い取るのが船員の仕事なのか? 運賃は乗る前に払ったぞ」


 コイツらが船員じゃないのは分かっている。だって本物の船員は縄で縛られている。

 あとはその縛られる役を強盗達に交代してもらえば終わりだ。

 そう思っていたのに、まだ大人しく武器を捨てて降参するつもりはないようだ。


「舐めやがって。俺達が海賊『炎帝のゼルド』様の部下だと知っても、まだ、その生意気な口が利けるか? 船長は反抗的な船は乗客と一緒に全て燃やすんだ。積荷を奪われるだけと、命まで奪われるのと、どっちがいいのか分かるよな?」


(えっ、誰それ?)


 おじさんの両手を支えていた男が、得意げに話して脅してきたけど全然知らない。

 強盗が海賊だと分かっただけだ。

 逆に海賊船が襲って来ると分かったから、船で急いで逃げれば問題ない。


「もちろん分かるよ。じゃあ、次は俺の番だ。武器を捨てて縛られるだけと、殴られて縛られるのと、どっちが痛くないか分かるよね?」

「チッ。お前達二人は時間を稼いでろ!」

「オウッ!」「アアッ!」


 おじさんを背後から押さえていた男が、おじさんを前に突き飛ばすと、後ろの海に向かって走り出した。

 それとほぼ同時に剣を振り上げて、二人の海賊が向かってきた。


「あぁ、そういう事かよ!」


 まさかと思う行動だったけど、一直線に海に向かう理由は簡単だ。

 船の横幅は八メートル、海に飛び込んで泳いで逃げるつもりだ。

 別にそれでもいいけど、この距離で逃すつもりはない。


「うおおおおお!」

「ぐわっ⁉︎ うわととととっ!」「おくっ⁉︎ テメェー、離しやがれぇ!」


 突撃して来た二人のシャツを打つかるように掴むと、海に逃げる男を走って追いかける。

 二人は引き摺られるように付いて来る。

 悪いけど、お前達には人間ボールになってもらう。

 グッと右手に力を入れると、逃げる男の背中に向かって一人目を投げつけた。


「オラァァ!」

「ひゃっ! ごふっ、がふっ!」


 ちょっと狙いが左下にズレてしまった。黒色の半袖シャツがビリビリ破れた所為だ。

 逃げる男の左斜め後ろの甲板に、顔面から激突して動かなくなった。


「チッ。二球目は要らないな。フンッ!」

「ごほべぇッ!」


 人間ボールは命中率とコントロールが難しいようだ。つまりは使えない。

 空いた右手で左手に掴んでいる男の顔面を殴り潰して、手を離して甲板に捨てた。


「へぇっ! じゃあな!」

「あっ……」


 男との距離は三メートル程。捕まえたかったけど、全然間に合わなかった。

 逃げる男は船の周囲を囲んでいる高さ一メートル程のふちを、頭から飛び越えて海に飛び込んだ。

 

「あぁー、どうしようかな?」


 海に飛び込んだ男を船の縁から見て考える。まだ逃げられた訳じゃない。

 泳ぎが得意みたいだから溺れ死ぬ事はないと思う。

 俺も少しは泳げるから、海に飛び込んで追いかけてもいいけど、流石にそこまでしたくない。


「ここは無難でいいかな」


 とりあえず船員と乗客の縄を解いて、倒れている海賊四人の確保。

 ついでに、船内に海賊の仲間がいないか確認する。

 まずはエイミーが心配だから、最優先で確かめに行きたい。

 

(これって、お金貰えるのかな?)


 積荷と船員と乗客達の命を守ったから、それなりのお礼を期待できそうだ。

 屋敷のパーティーの時は五十万ギルだったから、今度は十五万ギルぐらいかな?

 そう思って、船員の縄を解こうと近づいたら怒鳴られた。


「あんた、なんて事をしてくれたんだ! 積荷だけで助かったのに、あんたの所為でもう終わりだよ!」

「そうだ! つまらない正義感で俺達全員死ぬんだぞ! このクソ野朗!」

「えっ……」


 船員と乗客が一緒になって、俺を怒鳴り散らしてくる。

 助けたのに感謝の言葉を一人も口に出さない。


 じゃあ、仕方ない。

 しゃがみ込んで、両手足を縛られている船員の左足を右手で掴んだ。

 そして、素早く立ち上がって、右腕を高く持ち上げて逆さ吊りにした。


「ひゃっ、何だ! 俺に何するつもりだ!」

「いや、全員死ぬ気みたいだし、うるさいから、全員海に投げ捨てようかと」


 逆さ吊りにされた船員が、怒りながら聞いてきたので普通に答えた。

 その答えに他の船員と乗客も更に俺への怒りを強めた。

 

「な、何だって⁉︎」「あんた、正気か! 殺人だぞ!」「巫山戯んな、縄を解け!」

「じゃあ、一人目捨てに行きまぁ~す」

「あぐっ、熱っ、や、やめてくれぇ! お願いだ、助けてくれ! 助けてください!」


 ずっと持ち上げ続けるのも疲れるので、短髪茶髪の船員の頭を甲板に着けた。

 縛られている船員と乗客の罵声は無視して、縁に向かって引き摺っていく。

 熱いと声を上げているけど、すぐに海に落として、冷やしてあげるから大丈夫。


「三、二、一で落とすのと、一、二、三で投げ落とすのと、どっちがいい?」

「お願いします、助けてください! 何でもしますから!」


 船員を逆さ吊りしたまま縁に立って、どっちがいいのか聞いているのに、船員の答えでは分からない。

 だったら、次の人に聞くしかない。

 縁から飛び降りると、船員を縛られている男達の方に放り投げた。


「よっと。テメェーは後回しだ!」

「うわああ~~、ごがあっ!」

「さて……おい、そこの黒油髪! さっき、俺の事をクソ野朗って言ったよな? お前から落とす」

「い、言ってません! 何か誤解しているだけです!」


 投げ飛ばした船員が、身体を甲板に激しく打つけて悶えているけど、そっちは無視だ。

 縛られている乗客の男一人を右手人差し指で指した。

 その男は四十代前半ぐらいで、黒髪を油でベタベタと固めている。

 とぼけても無駄だ。俺に文句を言った奴は覚えている。


「俺が言ったって言ったら、お前は言ったんだよ。なぁっ、そうだよな!」

「あぐッ、ぐはッ! い、言いました! すみません、言いました!」


 黒油髪の男を無理矢理に立たせて、左頬を右手で優しく平手打ちして聞いた。

 優しい平手打ちのダメージには個人差があるので、男のように甲板に倒れる人もたまにいる。


「そっちのお前は『巫山戯んな』って言ったよな?」

「言ってませ——いえ、言いました! すみません、言いました! お金ならいくらでも支払いますから、命だけは助けてください! はぷぅッッ!」


 とりあえず命乞いが本気過ぎるから、優しい平手打ちで甲板の上に気絶させた。

 俺は海賊の仲間じゃない。乗客の一人だ。


 ♢

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る