第77話 楽しい馬車の旅と大きな海

 予定通りに五台の馬車は東に向かって進んでいった。

 こんな大所帯だと敵に見つかる危険性が高くなると心配したけど、その心配は無駄だった。

 襲われる事なく、次の町【アイゲン】に到着すると、北と南で馬車は二手に分かれた。


 コルトに向かう馬車は一台だけで、パロ村に向かう馬車は三台と多かった。

 パロ村が人気の観光地じゃないのは知っている。

 何でも、口封じに襲われる危険がある、眼鏡を受け入れてくれる牢獄がないそうだ。


 だったら、パロ村に行くついでに、村に眼鏡を捨てて行こうという事になったらしい。

 辺境の村は屑人間のゴミ捨て場じゃない。

 その辺のダンジョンの中に捨ててくれば、魔物達が美味しく処理してくれる。


「ねぇ、ルディ。協力しているんだから、私にも魔法を教えてよ」

「ん?」


 対面の座席に座っているエイミーが話しかけてきた。

 四人乗りの馬車の中には、今は俺とエイミーしかいない。

 馬車を操縦する兵士一人を除けば、二人っきりの状態だ。


「俺には無理だよ。それに俺がやっているのは魔法を長時間使う練習だから」

「はぁ……役に立たないなぁ~」

「うっ!」


 退屈なのかもしれないけど、出来る事と出来ない事がある。

 俺はシルビアに言われた通りに、魔法を長時間使う為の修業中だ。


(膝枕、添い寝、お風呂、マッサージ……)


 具体的には目の前に座るエイミーのエッチな姿を妄想して、プロテスを維持するのに忙しい。

 ちょっとでも妄想力と集中力が途切れてしまうと、プロテスは解除されてしまう。

 出来れば、もう一段階妄想を強化したいから、服を脱いで刺激的に協力してほしい。


 でも、流石にそれを言い出すのは、色々な意味で早いと思うからやめておく。

 好感度が高ければ協力してくれるけど、低ければ走行中の馬車から放り出される。

 そして、俺には低いという絶対の自信がある。


「ふぅー。じゃあ、エイミーはどんな魔法を覚えたいの? 俺は攻撃魔法を覚えたかったんだけど」


 ちょっと妄想力が低下してきたので、休憩ついでにエイミーの話し相手をする事にした。


 お父さんのヘイストとスロウは、従魔や魔物を拘束するのに役立っているそうだ。

 俺のプロテスとシェルも、日常的な暴行のダメージを軽減するのに役立っている。

 つまり、比較的に必要だと思う魔法を覚えやすいという事だ。


 それに比べて、エイミーは箱入りお嬢様だ。

 本当に魔法が使いたいと思った事は、ほとんどないと思う。

 命懸けの修業と修羅場を乗り越えた者だけに与えられるのが、魔法だと俺は信じている。


「う~ん? いきなり聞かれても分からないよ。ルディはどんな攻撃魔法が良かったの?」


 質問を質問で返されてしまった。

 まぁ、エイミーは何も考えてなさそうだから仕方ない。


「やっぱり炎でしょう。カッコいいし、何でも燃やして溶かす地獄の炎だよ。赤色とか青色の炎があるらしいけど、俺は白色の炎が良いかな」


 俺は計画的な男だ。暴行されながら考えていた。炎があれば何でも出来る。

 魔物退治、畑の害虫駆除、ゴミ焼却と戦闘でも仕事でも役立ってくれる。

 老後の生活費も安泰の炎魔法は最高だ。


「はぁ……ルディって子供なんだね。それって、目立ちたいだけだよね?」

「えっ? そうだけど、駄目なの?」


 またエイミーはため息を吐いた。

 俺に嫉妬するのはやめたみたいだけど、否定するのもやめてほしい。

 俺はエイミーの可愛いという長所も、不器用な駄目女という短所も受け入れている。

 それに目立つ、稼ぐ、モテる、それ以上に男の人生に重要な事はないと思う。


「何だか、発想が庶民的というか、普通なんだよね。『凄い魔法を覚えてやる』っていう気持ちが足りないんだよ。私の従魔なんだから、街に着くまでに凄い魔法を覚えておいてね」


 エイミーだけには気持ちが足りないとは注意されたくない。

 俺に命令したいという気持ちが人一倍強いのは認めるけど。


「そんなの無理だよ。俺に言う前にエイミーが覚える努力をした方が早いよ」

「駄目! お父さんに私の事を頼むって言われたよね? 街に着くまでに赤でも白でもいいから、炎魔法も覚えてね」


 そんな赤ワインや白ワインじゃないんだから、簡単に赤炎も白炎も手に入らない。

 今の俺は防御魔法を強化するだけで精一杯だ。


 それにこれから一人暮らしするんだから、もっと自立した方がいい。

 そういう意味も含めて、お父さんもお母さんも離れて暮らす事を認めたんだと思う。

 ちょっと厳しいどころか、全然厳しくないけど、自分で頑張る癖を身につけた方がいい。


「だから無理だって。それに一つから二つに増やさないでよ」

「無理なら一つでいいから」

「一つでも無理だよ。プロテスの強化で忙しいんだから」


 妥協して一つにしてくれたみたいだけど、それ、全然妥協じゃないからね。

 俺は魔法の修業をしているけど、エイミーはずっ~と馬車に座っているだけだからね。


「魔法を使ってない時は忙しくないでしょう? その時でいいから頑張って!」

「そんな事してたら、街に着く前に過労死で死んじゃうよ」

「じゃあ、死ぬ前に覚えればいいんじゃないの?」


(出来るか!)


 あまりにもムチャクチャで我儘すぎる。いつものエイミーと比較しても明らかに変だ。

 もしかして、両親と離れて寂しいから、俺に構ってほしいんじゃないのか?


 なるほど。確かに修業に集中し過ぎて、あまり会話をしていなかった気がする。

 きっと、『二人っきりになったんだから、もっと話してよ!』と心の中で怒っているんだ。


(何てこったい! 俺の馬鹿野郎!)


 エイミーが本当に俺に伝えたかった事は、休憩中に別の魔法を覚える事じゃなかった。

 二人っきりの旅を仲良く楽しみましょう、だったんだ。


「エイミー、ごめん。俺、大事な事が見えてなかったよ」


 馬車の窓からボッーと、外の岩だらけの風景を見ているエイミーに頭を下げて謝った。


「ん? 何が?」

「お父さんとお母さんといきなり離れて寂しかったんだよね? 頼りないかもしれないけど、俺、楽しい旅になるように頑張るよ!」

 

 俺と関わり合いにならなければ、エイミー達はハルシュタットの街で平和に暮らしていた。

 エイミーが望んで両親と離れた訳じゃない。

 俺と違って、何の心の準備も出来ないままに、仕方なく離れなければならなかったんだ。


「んんっ~? ルディが何を言ってるのか、ちょっと分かんないんだけど」

「えっ? お父さん達と離れて寂しんだよね? だから、俺に我儘言って構ってほしいんじゃないの?」

「ううん、全然寂しくないよ。それに我儘も言ってないよ」


『我儘は言っているでしょう。そこは自覚しようよ』と一応、心の中で突っ込んだ。

 でも、これで分かった。俺の質問にエイミーは平然と答えている。

 とても寂しがっている可哀想な女の子には見えない。


(でも、寂しくないなら、何でムチャクチャな我儘を言ったんだ?)


 最初は自分が魔法を覚えたいと言って、俺が無理だと言ったら、俺に覚えろと言った。

 もしかして、これがマズかったのかもしれない。


 劣等感の塊のようなエイミーだ。

『お前に魔法なんて無理なんだよ。黙って、俺様が強くなるのを見てろ!』に聞こえた可能性がある。

 その結果、『じゃあ、魔法の一つや二つ覚えてよ!』と思ってしまうのも仕方ない。

 言ってもないし、思ってもない事で無茶難題を命令しないでほしい。


「ごめん、エイミー。そんなつもりで言ったんじゃないけど、怒ってるんだよね?」

「もぉー、さっきから謝っているけど、何?」


 やっぱり怒っている。これで間違いない。


「ほら、魔法を教えられないって言ったよね? あれはエイミーが覚えられないと思った訳じゃないから。俺に教える才能がないだけだから」

「そんなの知ってるよ。あれは聞いただけ。私が怒っているのは、馬車の中でもう六日だよ。身体中痛いし、暇だし、ルディが私の方を見て、ニヤニヤしてたら、イラッとするよ」

「あっ、うん。本当にごめん」


 完全な八つ当たりだとは言えないので、今度は心の底から謝ってしまった。

 俺はプロテスとシェル、超速再生を使っている。

 痛みは無いし、エイミーの淫らな妄想で暇な時間はまったくない。


「とりあえず回復薬を飲んで。痛みぐらいは和らぐと思うから」

「うん、ありがとう。はぁ……早く街に着かないかな」

「そうだね」


 お詫びの気持ちというか、妄想使用料として、エイミーに回復薬一本を差し出した。

 これで少しは怒りも収まってくれれば助かるものだ。


 ♢


「ヤァッ、ヤァッ、ヤァッ!」

「はぐっ、うぐっ、ぐふっ!」


 流石は親子だ。パンチの打ち方がよく似ている。

 あれから、更に二日が経過した。

 走行中の馬車の中で、俺はエイミーに殴られている。


 淫らな妄想をしていた事がバレた訳じゃない。

 エイミーの鍛錬と暇潰しとストレス発散に我が身を差し出した。

 ちょっと痛いけど、可愛い女の子に一日百発以上も殴ってもらえるなんて、なかなか出来ない体験だ。


「はぁ、はぁ、はぁっ……ふぅー、気持ち良かった!」

「あ、ありがとうございます」


 殴り疲れたのか、ほんのりと顔や身体を熱らせたエイミーが座席に着席した。

 馬車の中に完熟し過ぎた果物のような、甘ったるい汗の匂いが充満している。

 これでまた妄想が進むというものだ。エイミーの色々なご協力に感謝した。


「失礼します」

「ん?」


 これから俺の妄想の時間なのに、御者席の小窓が二回叩かれた後に兵士が顔を出した。


「もうすぐ港に着きます。そこからは船の移動になります。長旅お疲れ様でした」

「あっ、はい。こちらこそ、ありがとうございました」

「えっ! 本当に⁉︎」


 確かに言われてみたら、御者席の小窓から変な臭いの空気が入り込んできた。

 その所為でエイミーの匂いが台無しになってしまった。


「わぁ~! 本当に海だぁー!」

「へぇー、本当にデカイんだ」


 殴り疲れていたのに海と聞いて、元気になったようだ。

 エイミーが興奮した感じに、馬車の窓から青色の大きな海を見ている。

 噂には聞いた事があるけど、海を見るのは初めてだ。

 正直、海と湖の違いは分からないけど、海の水は、川や湖の水と違って味がするそうだ。

 まぁ、味見するつもりはない。


(今度は船か。湖と同じように俺が漕がないといけないんだろうな)


 とりあえず今考えるべき事はこれだ。馬車を降りたら、船移動だ。

 きっと俺が操縦する事になる。やれと言われたらやるしかないけど、ちょっと不安だ。

 一日頑張って漕いだら、コルトの街に着くと信じるしかない。


 ♢

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