第54話 男の嫉妬と男冒険者達の絶対の掟

「ふぅーん、なるほど。つまりは泳がせてから一網打尽にする作戦ね」

「あっ、はい。そうです」


 一応、俺とエイミーとお父さんで考えた作戦を説明した。

 ミシェルは理解してくれたみたいだけど、リディアはさっさと全員捕まえたいようだ。


「男の癖に面倒くさいですね。さっさと捕まえて袋叩きにして喋らせればいいじゃないですか」

「確かにそうだけど、小物を捕まえるよりは大物を誘き出して捕まえたいんでしょう?」

「まあ、そういう事です」


 俺は黙って袋叩きに遭っているけど、悪者なら抵抗する。

 特に眼鏡を捕まえようとするなら、ペットにされる覚悟が必要だ。


「ふぅーん。でも、分かっているの? こっちが準備する時間があるという事は、相手にも準備する時間があるという事よ」


 リディアが当たり前の事を言ってきたので、「まぁ、そうですね」と返事した。

 でも、リディアはその答えにガッカリしている。


「はぁ……やっぱり馬鹿ね。相手が戦う準備をする場合もあれば、逃げる準備をしている可能性もあるという事よ。眼鏡が証拠隠滅していたらどうするつもり?」

「そこは、まぁ……大人達にお任せします」


 ミシェルが色々と質問してくるけど、こっちは子供で昨日の夜に眼鏡の正体を知ったばかりだ。

 悪いけど、準備できる時間があるなら、しっかりと大人達で頑張って準備すればいい。

 子供は元気に外を駆け回って遊ぶのが仕事だから、その間に大人が問題を解決すればいい。


「頼りないわね。やる気あるの? 7級に上げないわよ」

「えっ? 昇級できるんですか?」


 ミシェルが怒りながら言ってきたので、昇級できるのか聞き返した。

 ハーピーの卵五十個、ハーピーの羽毛の塊七個(一個百ギル)とそこまで凄い成果じゃない。

 この程度で昇級させるなんて、どうかしているとしか思えない。


「当たり前じゃないですか。素手で崖を六百メートル登って、壁に足だけで張り付いて、ハーピーを倒す8級冒険者なんていませんよ。7級どころか、6級か5級にしてもいいぐらいです」


 ミシェルに聞いたのに、呆れた感じにリディアが答えてくれた。

「じゃあ、5級でお願いします」と頼みたいけど、いま昇級して、エイミー達と離れると困る。

 一緒に指名クエストというものを受けられなくなる。

 だから、昇級はお断りする事にした。


「昇級は指名クエストを受けて、眼鏡を捕まえた後にお願いします」

「何も知らないんですね。指名クエストは掲示板に載らないクエストです。個人的な依頼なので、級は関係なく、ギルドの手数料は三割から一割になります。ここは昇級して油断させた方がいいですよ」

「へぇー、そうなんですね。じゃあ、5級でお願いします」


 リディアが何も問題ないと教えてくれたので、これで心置きなく5級に昇級できそうだ。


「「調子に乗るな!」」

「あひぃぎ! あうっ、ううう、あっああ……」


 流石に仲良し二人組だ。二人同時に怒って股間を踏み付けた。

 グリグリとリディアの赤い布靴とミシェルの黒革のブーツが男の尊厳を踏み躙る。

 このままだと、オチンチンがコチンチンになってしまう。

 悶え苦しみながらも二人に頭を下げて、7級で妥協させてもらった。


「7級でお願いします! 7級でいいから許してください!」

「それ以外に許す訳ないでしょう」

「あゔっ! は、はい、そうですね……」


 そうだと思いながらも、ちょっとだけ期待してしまった自分がいた。

 お父さんと一緒に5級クエストをやって、レア魔物も倒した。

「4級に昇級させてもいいんじゃない?」とも、ほんのちょっとだけ思ってしまった。

 どうやら、完全に調子に乗っていたようだ。

 この股間の痛みと共に、しっかりと胸に刻み付けよう。


 ♢


(痛たたた、昇級するたびに酷い目に遭っている)


 冒険者カード7級、従魔カード8級を受け取って、説教部屋から解放された。

 エイミー達はまだ戻って来てないから、探しに行った方がいいかもしれない。

 匂いを辿って行けば、追いかける事は簡単に出来るはずだ。


 でも、それをやったら、眼鏡に警戒していると思われるかもしれない。

 ミシェルとリディアにバレないようにして、とお願いしたのに俺の行動でバレたくない。


(この場合の自然な対応は何なんだろう?)


 一応は7級の掲示板に張られたクエストを見て、三人と一匹が来るのを待っている。

 まぁ、ベアーズは家に置いて来るから、やって来るのは三人になるだろう。


「あんた、あのグラウの岩崖を素手で登ったんだってな。相当な腕力があるんだな」

「えぇ、まぁ……」


 クエスト掲示板を見ていたら、四十歳ぐらいの大男が話しかけてきた。

 額に大きな十字傷を付けて、獣のような荒々しい金色の髪をしている。

 普段は話しかけられないから、珍しい事もあるもんだ。

 

「この前は日帰りでロッホロッホにも行ったんだろう?」

「あぁ、はい……?」


 今度は褐色の肌の長い黒髪の美青年が話しかけてきた。

 二十一歳ぐらいで、ピッタリとした高そうな黒服に黒マントを羽織っている。


 急に話しかけられるようになったのは、股間を蹴られて少し大人になったからだろうか?

 それとも、昇級して7級のクエスト掲示板を見ているからだろうか?


「昨日はよく一緒にいる女の子に、高そうな盾を貢いでいたよな?」

「その前は二階に上がって、5級クエストの報酬で四十万ギル受け取っていたらしいぜ」

「俺は女子寮に入ってから、一時間後に出て来たのを見たぞ!」

「何だって⁉︎ コイツは男の敵だ。もうブチ殺そうぜ!」

「えっ? えっ? ちょっと何ですか?」


 もう話しかけられているという、ほのぼのした状態ではなかった。

 冒険者の男達に囲まれて、掲示板に背中を押しつけられて取調べを受けている。

 最後の奴は明らかに殺すと言った。


「ハァ、ハァ、ハァッ……お前、あの部屋でミシェルさんとリディアさんと何やってきたんだよ?」

「ハァ、ハァ、ハァッ……冒険者同士の暗黙の了解を知らねぇのか?」

「あぐぐっ、暗黙の了解? 何ですか、それ?」


 太い腕した興奮した冒険者二人に胸ぐらを掴まれて、持ち上げられて掲示板に磔(はりつけ)にされた。

 周囲を囲む冒険者達が、かなり怒っているのは分かったけど、暗黙の了解は知らない。


「知らねぇだと。冒険者には絶対の掟があるんだよ!」

「冒険者ギルドの女と冒険者の女には手を出すな! これが男冒険者達の絶対の掟だ!」


『そんな掟、知らねぇよ!』と明らかにモテない男冒険者達が勝手に作った掟だ。

 こんな奴らに素直に、オチンチンを二人の靴で踏み躙られてきましたとか、話せる訳がない。

 絶対に一人も同情ぜすに、「俺達が代わりに踏み踏みしてやるよ!」になってしまう。


 だから、当然話す内容は彼らを刺激しない内容しかない。

 動揺せずに落ち着いて答えた。


「箱に卵を入れずに持って来たから怒られていただけです。何も——」

「嘘吐くな! お前、いつもワザとやっているだろう。いつもいつも二人っきりで何やってんだよ。こっちは何回も見ているんだからな!」

「部屋から出る時に股間を押さえていた癖に、何もなかっただと!」

「ご、誤解ですよ! 怒られていただけですって!」


 駄目だ。興奮していて何を言っても信じてくれない。

 俺から誘った事は一度もないけど、今日は俺から誘ったようなものだった。


 随分と前から二人に近づく悪い虫として、俺は目をつけられていたようだ。

 この男達には二人は可愛い女神に見えているのかもしれないけど、最悪の性格は見えていない。

 恋は盲目というから仕方ないかもしれないけど、俺は二人の被害者です。

 

「彼女がいる癖にまだイチャイチャし足りないのかよ! ブチ殺してやる!」

「八つ裂きだ! 八つ裂きにして、湖の魚の餌にするぞ!」

「ちょ、誰か助けてぇー!」


 悪い冗談だと思いたいけど、どいつもこいつも目が血走っている。

 本気の殺気が伝わってくる。

 受付女性に助けを求めたけど、全員視線を逸らして、カウンター前の冒険者の対応に集中している。


(何で、こんなにいきなり嫌われているんだ⁉︎ というか、俺の事に詳し過ぎだろ!)


 チラホラと嘘情報が混じっているけど、半分以上は本当の事を言っている。

 誰かが俺の悪い噂をばら撒いているんじゃないのか?


「おいおいおい! 何やってんだよ! 俺の仲間に何やってんだよ!」

「レ、レーガン……⁉︎」


 群がる男達の人垣を押し退けて、レーガンがやって来る。

 そして、俺の所までやって来ると、俺の胸ぐらを掴んでいる二人の太い腕を払い退けて助けてくれた。


「大丈夫か、ルディ? 何があったんだよ?」

「ごほぉ、ごほぉ、助かったよ、ありがとう。俺が受付女性とエッチな事をしているとか、変な言い掛かりを付けられてたんだよ」

「違うのか⁉︎ リディアの彼氏だから楽に昇級してるんじゃないのか⁉︎」

「はい?」


 助けてくれたレーガンが襲われた理由を聞いて一番驚いている。

 何故だか、俺がリディアの彼氏という事にされている。

 もしかすると、あれが原因なんじゃないのか?


 多分、俺が女子寮にお見舞いに行った翌日に、長く休んでいたリディアが仕事に戻って来たからだ。

 痴話喧嘩をしていて、ケーキを食べて仲直りしたから、仕事に戻って来たとか思っているんだ。

 コイツら全員、恋愛小説でも読みまくっているんじゃないのか? 妄想力が凄過ぎる。


「おい、ローワン! ルディは彼氏じゃないみたいだぞ! どういう事なんだよ!」

「おかしいですね? 絶対に隠れて付き合っていると思ったんですが、違いましたか?」


 レーガンが人垣に向かって声を上げると、そこから眼鏡が現れた。

 手には大きな透明な瓶に黄色いドロッとした液が入っているのが見えた。

 多分、あれが蜂蜜だ。


 とりあえず、今すぐに色々と謝ってほしい。

 デタラメな噂をばら撒かれて、男達の嫉妬の標的にされてしまった。


 ♢

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