第48話 迷子の猫の救出と情報収集
どんどん街から離れて、街の北側に伸びる平らな砂利道を進んでいく。
民家が減っていき、畑が増えていく。
街の東の方角には、北の山から南の湖に向かって伸びる大きな川が流れている。
その川の水を使って、川の右側で家畜を左側で野菜を育てていると、歩きながらエイミーが教えてくれた。
流石は地元の人間は詳しい。
「これ以上進むと山になるね」
「ううん、そこまでは行かないと思う。多分、森の中で迷子になっているんだよ」
「それならいいんだけど、このままだと野宿だよ」
道を西に外れて森の中に入ったので、後ろを付いて来るエイミーに一応言った。
俺がエイミーを人気の無い場所に連れて行きたい訳じゃない。
銀色豹柄の八歳のメス猫、ケイティちゃんの匂いがこっちに続いているからだ。
「この辺は畑を荒らす中型の害獣や害虫が多いんだよ。ルディがお父さんと遺跡に行っていた時に、四人で害虫退治のクエストを受けたんだよ。結構倒したけど、まだ生き残っていたら猫が食べられちゃうかも」
エイミーが歩く速さを上げると、すぐ隣で真剣な表情で教えてくれた。
血の臭いは全然しないから大丈夫だとは思うけど、少しだけ歩く速さを上げた方が良さそうだ。
「それは大変だね。急いで見つけないと」
「うん。急ごう!」
エイミーを置いて行けば、もっと早く見つけられそうだけど、大きな害虫がいる森に置いて行けない。
猫には悪いけど、人命優先で行かせてもらう。
(この辺は薬草の匂いもキノコの匂いもしないんだな。まあ、そのお陰で探しやすいけど)
現在の時刻は午後二時を少し過ぎたぐらいだ。
この調子で匂いを追いかけていけば、夜までには帰れると思う。
「あっ、そういえば冒険者ギルドの受付女性が勝手に誘拐事件を調べていたんだけど、その犯人の協力者がレーガンだって言うんだよ。二人とクエストをやっていた時に何か変なところはなかった?」
ただ黙って探すのは非常に気まずいので、何か面白い話がないかと探してみた。
女子寮に潜入したのは話せないけど、これなら面白いし、話しても問題なさそうだ。
女の子を退屈させない面白い男はモテモテだ。
「レーガンさんが……う~ん? 何もおかしなところはなかったよ。元気で面白い人だったよ。眼鏡の人は色々と質問したり、自慢話したりでうるさかったけど」
「うん、眼鏡がうるさいのは知っている」
エイミーはちょっとだけ驚くと、少しだけ考えてから異常なしと答えた。
レーガンが面白いのは納得できないけど、眼鏡がうるさいのは納得できる。
アイツら、クエスト中にエイミーを口説いていたんじゃないだろうな?
キチンと仕事しろよ。
「レーガンさんが怪しいなら調べた方がいいんじゃないの? もしも本当だったら危険だよ」
二人の男に嫉妬していると、エイミーがこんな事を言ってきた。
正直言って、調べても無駄だと分かっているからやる気がない。
「まあ、そうなんだけど。証拠がレーガンの家の近くで襲われたのと、最近、金回りが良くなったっていうだけだよ。ほとんど無理矢理犯人扱いだよ」
「でも、そんな話を聞かされたら気になって、安心して一緒にクエストできないよ。無実だと思うなら確かめないと」
面白い話になると思って話したけど、怖がらせてしまったみたいだ。
悪いけど、エイミーを危険な目には遭わせられない。
どうせ、リディアが騎士団に調べた事は話していそうだし、本当ならレーガンが捕まるはずだ。
俺達が危険を覚悟で調べる必要はない。
「確かめるといっても、犯人の仲間なら聞いても答えてくれないよ。むしろ、聞く方が危険だよ。はい、もうこの話は終わり。猫探しに集中しよう」
「ええっ! むぅ~、じゃあ猫を見つけたら続きだよ」
「うん、見つけたらね」
ほとんど無理矢理に話を終わらせてしまったけど、エイミーも猫探しが大事だと分かっている。
何とか納得してくれた。
猫の匂いも濃くなってきているし、この近くにいるのは間違いない。
「ニャーニャー」
「あっ! ルディ、聞こえた?」
「猫の鳴き声みたいだね。生きているみたいだよ」
そう思って探していると、まるで降り注ぐように猫の鳴き声が聞こえてきた。
そして、猫の声が聞こえた瞬間、パァーッとエイミーの顔が笑顔になった。
俺も聞こえたと素早く答えると、エイミーと二人で鳴き声に向かって走っていった。
「ニャーニャー」
「ルディ! あそこ、あそこ! 木の上にいるよ!」
鳴き声を頼りにしばらく走っていると、エイミーが見つけたようだ。
立ち止まって木の上を指差している。
俺もエイミーの隣に立って、木を下から上に向かって見ていく。
そして、銀色豹柄の猫を発見した。
(うわぁー、三十メートル近くはあるよ)
ほとんど槍のような三角形の木の天辺近くに、小さな銀色の点が震えている。
何故、そんな所にいるのか聞きたいけど、どうせ分からない。
「危ないから、俺が登るよ。エイミーは猫が落ちた時の為に、下で待機して柔らかい布とかで受け止めて」
捕獲はエイミーに任せる予定だったけど、この高さから落ちたら死んでしまう。
代わりに俺が登る事にした。一応は重要な仕事を与えたから怒らないだろう。
「うん、お願い。落ちないように気をつけてね」
「あっはは、大丈夫だよ。俺は受け止めなくていいからね」
登る許可をもらったので、靴を脱いで両手両足の爪を軽く伸ばしていく。
エイミーが心配そうに俺を見ているので、安心させる為に笑える冗談を言った。
「大丈夫。絶対に受け止めないから」
「う、うん、そうした方がいいよ。潰れちゃうから。じゃあ行くね。回復薬ぐらいは用意していいからね」
「回復薬だね。でも、三本しかないから足りるかな?」
笑ってくれると思ったのに、ただ真剣な顔で受け止め拒否された。
しかも、エプロンポケットから回復薬を急いで取り出している。
こういう時は冗談は通じないみたいだ。
(わざと落ちて心配してもらおうかな?)
直径七十センチ程の木の幹に爪を食い込ませて順調に登っていく。
多分、木の幹が折れない限り、俺が地面に落ちる事はないと思う。
「ニャーニャー!」
「助けるんだから、絶対に飛び降りるなよ」
食べられるとでも思っているのか、近づいて来る俺を警戒するように強く鳴いている。
ここまで来てクエスト失敗は嫌だ。
でも、逃げ出した猫を連れて帰れば成功なんだから、死体でもいいのかもしれない。
飛び降りたければ、好きにさせた方がいいかも。
むしろ、木を切り倒して落とすという簡単な手もあった。
「ほらほら、もう大丈夫だからな」
「ニャーニャー」
もちろん冗談だけど、この冗談をエイミーと飼い主の前で言ったら怒られるのは分かっている。
右手の爪を引っ込めると、怖がっている猫の背中を掴んで優しく捕獲した。
あとは地面に落ちないように慎重に降りるだけだ。
「ふぅー……はい、エイミー。これでクエスト達成だよ」
「ありがとう、ルディ。これで飼い主さんも喜ぶね」
登るよりも降りるのに時間がかかってしまった。
無事に地面に降りると、待っていただけのエイミーに猫を手渡した。
これで報酬が半分ずつなんだから楽な仕事だよ。
(ま、エイミーの喜ぶ顔が見られたから、もう報酬は十分にもらったようなものだけどね)
「よしよしぉ~! 良い子だねぇ~!」
「ニャーア、ニャーア」
やっぱり家で水掻き猫を飼っているから、猫の扱いには慣れている。
エイミーは受け取った猫を優しく撫でながら、エプロンポケットから平たい深皿二枚を取り出した。
その皿に猫用の小さなクッキーと瓶に入った牛乳を注いでいる。
飼い主から預かった物じゃないから、普段から持ち歩いているようだ。
(これって絶対に自腹だよね。損するから言わないと)
とりあえず、こっそりと飼い主さんには俺の方から報告して、報酬額を上げてもらおう。
腹ぺこ猫がクッキーと牛乳を食べ終わったので、俺達は早速街に帰った。
♢
「良かったね。飼い主の小母さん、凄く喜んでいたよ」
「そうだね。凄くケチだけど」
飼い主の五十代の小母さんは確かに喜んでいた。
でも、上乗せした報酬が五千ギルは少ない。
危険な木に登って、食事まで出したのに、安すぎる報酬だ。
今度逃げ出した時は、報酬一万ギル以上じゃないと引き受けないようにしよう。
「フッフフ。依頼人が一般の人だから仕方ないよ。でも、報酬額が増えるのは珍しいんだよ。感謝の気持ちはキチンと増えているんじゃないのかな?」
「うぅぅ⁉︎ まあ、そうかもしれないね!」
そんな可愛い笑顔で見つめられて聞かれたら、何も文句が言えなくなる。
左隣を歩くエイミーから恥ずかしそうに目を逸らしてしまった。
「じゃあ行こっか!」
「えっ、エイミー⁉︎ どこに⁉︎」
突然、左手をエイミーが右手で握ってきた。
もしかして、高感度が最大まで上がってしまったのかもしれない。
百六十万ギルの盾をプレゼントして、猫を救出したから、その可能性は高い。
この勢いなら、キスぐらいはイケそうな気がする。
「どこって決まっているでしょう。レーガンさんを調べるんだよ。酒場に呼び出して、酔っ払わせて聞き出すの。それなら安全だし、もしも話したら、そのまま騎士団に突き出せばいいでしょう」
「ああ、そっちね」
うん。期待する方がおかしかった。
猫を送り届けたから、森の話の続きを再開したいみたいだ。
キチンと安全な方法を考えていたみたいだから、とりあえずやらせてみよう。
女の子相手なら、もしかすると油断して、ポロッと話してくれるかもしれない。
♢
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