第47話 黒い盾の価値と猫探しデート

「ルディ、ルディ、起きろ」

「うわぁ⁉︎ ……お父さん、何でここに?」


 目が覚めると朝になっていて、目の前にお父さんが立っていた。

 いくら待っても骸骨ナイトが現れないので、白い木の上で寝る事にした。

 白い木の太い幹は真ん中で四方に枝分かれしていたので、ベッドにはちょうど良かった。


「それは俺の台詞だ。こんな所で何をしている?」

「ふわぁ~~、ちょっと疲れていたから安全な場所で寝ていただけです。それよりもどうしたんですか?」


 お父さんが枝分かれした太い枝に座ると聞いてきた。

 大欠伸してからゆっくりと起き上がると、俺も太い枝に座った。

 一晩寝たので右耳の鼓膜と左腕の切り傷は治ったようだ。

 低くて渋い声がよく聞こえる。


「お前が心配で探しに来たに決まっている。まさかとは思うが一体も倒せずに、ここに隠れていたんじゃないだろうな?」


 お父さんは明らかに隠れていたと疑っている目で聞いてきた。

 隠れていたなんて、流石にちょっと失礼すぎる。

 ぶるぶる震えて一晩過ごすような臆病者じゃない。

 なので、少し怒った感じに答えてしまった。


「倒しましたよ。三百二十六体も」

「……三百二十六体か。よく頑張ったな。だったら、俺の負けでいい。今月の下宿代はタダにしよう」

「本当ですか⁉︎」

「ああ、本当だ。俺の倒した数と合わせれば、もう十分だろう。街に帰るぞ」


 俺の倒した数を聞いても、お父さんは驚いたり、悔しそうな顔はしなかった。

 受付女性はいつも引くぐらいに驚いていた。

 多分、四百体ぐらいは余裕で倒しているんだろう。

 お父さんに本当に勝てるようになるのは、まだまだ先になりそうだ。


(二人合わせて八百体ぐらいかな? 一本八百六十ギルだから結構な報酬になるよ)


 報酬も嬉しいけど、街に帰れるのが嬉しい。

 正直言って、骸骨ナイト一体に苦戦するぐらいに疲れていたから、もう帰りたかった。

 今の状態だと、三対一でも負けてしまう。


「あっ、お父さんは何体倒したんですか?」


 木から屋根、屋根から地面に下りてから、気になってしまったので、お父さんに聞いてみた。

 

「……二百二十九体だ」

「お父さん……」


 俺の質問にお父さんは静かに答えてくれた。

 その後、お互いに一言も話さずに街まで帰る事になった。


 ♢


 街に帰ると体力回復を兼ねて、エイミーと二人っきりで近場の簡単なクエストを受ける事になった。

 今は二人で8級のクエスト掲示板に貼られたらクエストを見ながら、古代遺産の話をしている。

 家の中にはお父さんがいるので、この話題はかなり話しにくい。


「あの後はかなり気まずかったよ。それでこれがお土産の盾だよ」


 いくらタオルで磨いても黒いままの丸盾をエイミーに手渡した。

 俺が剣を使って、エイミーが盾を使えば、お揃いの武器だ。

 うん。まるで恋人同士みたいだ。

 

「本当に貰っていいの?」

「いいのいいの! どうせ使わないから!」


 エイミーが受け取った丸盾を隅々まで見た後に遠慮しながら聞いてきた。

 右手をブンブン左右に振って、本当に要らないと返品を拒否する。

 むしろ、本当に要らないから貰ってくれないと悲しい。


「そうなんだ……だったら貰うね。ありがとう、ルディ!」

「いいよ。別にこのぐらい普通だよ」


 ほとんど無理矢理に押し付けたようなものだけど、やっぱり嬉しいようだ。

 犬の名前ではなく、人の名前を呼んでお礼を言ってくれた。


「5級のレア魔物が落とした盾かぁ~、きっと凄い高価なんだろうなぁ~」

「んっ?」


 瞳を輝かせて、エイミーは丸盾を色々な角度から眺めている。

 こんなに喜んでくれるなら、ゴミを拾って来た甲斐がある。


(でも、レア魔物? 凄い高価? ゴミじゃないの?)


 エイミーの喜び方が尋常じゃないから、もうちょっとよく考えるべきだったかもしれない。

 ゴミだと思って、二階の達成カウンターの受付女性には剣と盾は見せなかった。

 二階の赤髪の女性は、一階担当のミシェルと違って、大量の死霊骨の骨も喜んで買取ってくれた。

 あの人なら聞けば、喜んで教えてくれたと思う。


「ねぇ、エイミー? レア魔物って何?」


 こっちは素人冒険者だ。知っている事よりも知らない事の方が多い。

 レア魔物とか言われても分からない。だからエイミーに聞いてみた。


「ああ、ルディは知らないよね。私も会った事がないけど、同じ種類の魔物の中でも、異常に強かったり、色が違ったりする魔物の事をレア魔物って呼ぶらしいよ」


 そう言われた他よりも強かったし、黒色だった。

 俺が疲れていたんじゃなくて、アイツが強かっただけなのか。


「でも、滅多に会えないそうだよ。お父さんでも五回ぐらいしか会った事ないらしいから」

「へぇー、そうなんだ。だったら運が良かったんだね」


 正直、運が良いのか、悪いのか分からないけど、倒せれば良いになる。

 今回はギリギリ倒せたから、ギリギリ運が良かったみたいだ。


「これが一番困っているみたい。ルディ、逃げ出したペット探しをするよ。ルディなら匂いで居場所が分かるでしょう?」


 ようやく決まったようだ。エイミーがクエスト用紙を見せてきた。

 逃げ出したペットの猫を捕まえるクエストで、報酬が三千ギルとかなり安い。


「うーん、分かんないけど。街中にいるなら分かると思うよ」


 家から逃げ出して二日目みたいだから、結構難しいと思う。ちょっと自信がない。

 家の周囲と街中をぐるりと散歩して匂いが見つからなかったら、見つけるのは諦めた方がいい。

 きっと時間が経てば自分から出て来るはずだ。


「じゃあ、やってみよう。同じクエストが何十枚もあるから早く見つけてほしいんだよ」

「そうだね。まずは家の周辺を探そうか」


 受けるクエストを決めると、受付カウンターに向かった。

 冒険者登録用のカウンターに座っているリディアと目が合ってしまったけど、すぐに逸らした。

 まだ何か調べているみたいだ。

 とりあえず隣に座っているミシェルと同じように完全無視しよう。


(盾の値段を聞きたいけど、あそこのカウンターには行きたくないな)


 クエスト受付カウンターに並ぶと、八分ぐらいで俺達の番になった。

 二人分の冒険者手帳とカードを渡して、ついでに盾の値段を試しに聞いてみた。

 場所と倒した魔物の特徴を話したら、だいたいの値段はすぐに分かったようだ。

 手帳とカードと一緒に盾を返して、教えてくれた。


「こちらの盾は百六十万ギルになります。前にもその魔物を倒した人がいたようですが、その人は剣と盾の両方とも落ちてたそうですよ。二つ合わせたら、三百二十万ギルなのに残念です」

「百六十万ギル⁉︎ そんなに高いなら、やっぱり返すよ! こんなに高いの貰えないよ!」


 俺以上に値段を聞いて、エイミーは驚いている。

 受付女性から受け取った丸盾を俺に返そうとする。

 下宿代約三年分の値段に、ついつい両手を伸ばして受け取りそうになった。


(くぅぅぅ、百六十万ギルなら返してほしい!)


 でも、一度プレゼントした盾を返してもらうなんてカッコ悪い。

 特に冒険者ギルドの中で、沢山の人の視線が集まる中で、返してほしいなんて言えない。

 せこい男だと、エイミーにも、受付女性物にも、冒険者達にも思われてしまう。


「いいよ。エイミーの喜ぶ顔を見れるなら、百六十万ギルなんて大した金額じゃないから。さあ、迷子の猫ちゃんを探しに行くよ」


 まるで高価な盾になんて興味がない、そんな感じのクールな男を演じて、扉に向かって歩き出した。

 お金は稼げるけど、好感度はなかなか稼げない。

 ちょっと高めのプレゼントになってしまったけど、最高にカッコいい男にはなれたはずだ。


 ♢


 猫が逃げ出した家の周辺をエイミーと探して回る。

 周辺には民家が密集していて、緑色の庭には草花が沢山咲き誇っている。

 迷子の猫探しと言っても、流石に他人の家の中までは探せない。

 敷地の外から覗き込むように探して回る。


「猫ちゃん、居ないね?」

「そうだね」


 エイミーが聞いてきたので、軽く答えた。

 まだ探し始めて、二十分程度だ。そんなに早くは見つからない。

 猫が使っていたタオルの匂いを嗅がせてもらったけど、この方法だと難しい。

 匂いを真っ直ぐに辿れない。


(チャロだったら、他人の家でも土足で上がれるのに)


 人間に戻れたけど、チャロの方が便利な時がある。

 犬に戻るつもりはないけど、人間と犬の両方に自由に変わる事が出来れば最高だ。

 憎き受付女性二人の身体を肉球で蹂躙できる。


「多分、この辺には居ないと思う。近所の人達には飼い主さんが聞いているはずだから」


 猫探しを始めて、一時間経過。

 探すのに飽きたのか、疲れたのか、難しい顔をして、エイミーが言ってきた。

 同意見だけど、流石にスライム洞窟に再び化け猫が現れているとは思わない。


「疲れたのなら帰っていいよ。匂いなら一人でも辿れるし、苦戦したのがレア魔物の所為なら、身体は全然疲れてないから」


 このまま頑張っても楽しいデートにはなりそうにないから、優しさをアピールしてみた。

 でも、逆効果だったみたいだ。優しさは時として、人を怒らせるみたいだ。


「ううん、それは駄目だよ。二人で受けたクエストなんだから、二人でやらないと!」

「そ、そうだよね。仕事だから疲れて当然だよね。ごめん、ごめん」

「もぉー、私の事を女の子扱いしているでしょう! 性別にこだわらないで、同じ人として見てくれないと駄目だよ。ルディは優しくしてくれているみたいだけど、帰れなんて言われたら、まるで私が役立たずみたいでしょう!」


『えっ、違うの?』と怒っているエイミーに正直に聞き返すのは絶対に駄目だ。

 そのぐらいは分かる。


「エイミーの力を借りる程のクエストじゃないと思っただけだよ。全然役立たずとか思ってないよ」

「本当かなぁー?」

「本当だよ! エイミーの事は凄ぉ~~~~く。頼りにしてるんだから!」

「ふぅーん、だったらいいけど」

「ほっ」


 違うと否定したのに、ジィーと疑うように見てくる。女の勘は鋭い。

 とりあえず疑われないように、何度も何度も褒めまくった。

 そして、何とか機嫌が直ったのか許してもらえた。

 相変わらずの劣等感の塊だ。猫を見つけたら、エイミーに捕獲させないと。


 ♢

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