お泊まり勉強会 中編

9月になったとは言え、まだまだ猛暑は続いている。

急いで買い物から帰ると、それだけで汗だくだ。

流生に戯れ付く前にシャワー浴びなきゃ。


玄関を開けると、冷んやりした空気に触れた。

流生が、ここまでエアコンで冷やしておいてくれたみたい。


2階の自室に戻ると、陽葵達は真面目に宿題に取り組んでいるようだった。

陽葵は私の机で、亜里沙はクッションに座りローテーブルで、それぞれ問題を解いている。

亜里沙の向かいで、結菜が流生の隣に座り、分からない所を教わっているようだ。

ここまでは許せる。

ここまでなら…





「結菜、近いよ!」


結菜の身体が、明らかに流生に触れている。

密着していると言って良いレベルだ。


「確かにユナっちもくっつき過ぎだけど、リンコもその位で、目くじらを立てないの」


また、陽葵に宥められた。

その陽葵も私を煽ってるとしか思えない。


「何で3人とも、流生のTシャツ着てるのよ?!」


そう、3人が流生のTシャツを着て、宿題をしている。


「ブラウスとキャミ洗濯してるから、ルイちゃんに着替え貸して貰っただけだよ」

「私のTシャツ出して行ったよね?」

「…リンコのちょっと小さかったから」


確かに亜里沙と結菜は私より背が高い。

それでも、私のTシャツが着れないほどではない。

私だって165cmある。

2〜3cmしか変わらない筈だ。

陽葵に至っては、私より5cmくらい小さい。


「陽葵は、私より小さいよね。亜里沙と結菜だって、そんなに私と変わらないよね」


陽葵がTシャツの胸の辺りを指で摘んで、身体から浮くように軽く引っ張った。

その仕草に、プチンと来た。


「分かった、もう良い。流生、そのTシャツ脱いで」


私が流生のTシャツを捲りあげようすると、3人が流生をガン見する。


「り、凛、何するんだ?!」

「私も流生のTシャツ着る!」

「…洗濯したの持って来るから」

「流生が今着てるのが良いの」

「これ、汗臭いから」

「臭くないもん!流生は良い匂いしかしないもん!」

「……」


あれ?ドン引きされた?

陽葵達もイタい子を見る目で私を見ている。


「分かったから、脱ぐから」


観念したように、流生がTシャツの裾に手をかけた。

その横で結菜が赤くなりながら、流生をチラチラ見ている。


「あ、ここで脱いじゃダメ!」


結菜だけじゃなかった。

陽葵も亜里沙もソワソワしながら、流生を見ている。


「自分の部屋で脱いで来て」


流生を部屋の外に押し出した。


「「「チッ!」」」


何?

今3人とも舌打ちしたよね。



着替えて戻って来た流生は、両手に1枚ずつTシャツを持っていた。


「一応洗濯してあるのも持って来たけど」

「こっちが良いの!」


私は流生の手からTシャツを受け取ると、そのままお風呂場に向かった。


軽くシャワーを浴びて部屋に戻ると、今度は陽葵が流生に分からない所を教わっていた。


「俺一人じゃ間に合わない。凛も見てやってくれ」

「えっ!リンは私達と大差ないよ」


亜里沙が失礼な事を言う。


「ふん!私を夏休み前の私と思わない方が良いよ」


ちょっとカチンと来て、強気に出た。


「ほら亜里沙、どこが分かんないの?」

「えっと、この問題なんだけど…」

「ああ、これはね……」


これは私も躓いた所だ。

流生の凄い所は、ただ正解に導いてくれるだけでなく、何で躓いたか気付くように教えてくれる事だ。


私は流生に教わった事を思い出しながら、亜里沙に解説した。

結菜にも同じように分からない所を教える。


「ちょっと、どうなってるの?」


結菜は驚きを隠せない。


「私はAクラスを目指す事にしたの」


3人に向かって、宣言した。


「リン、正気なの?」


また、亜里沙が失礼な事を言う。

私は3人に流生の計画を話した。


「来年、流生がウチの学校に来るんだもん」

「嘘でしょ?!ルイちゃんなら、もっと上に行けるよ」

「何で嘘なのよ。流生は、私と同じ学校に行きたいんだって」


ダメだ。

自分で言っていて、顔がニヤける。


「ルイっちが桐高に来るのと、リンコがAクラスに上がるのと何の関係があるの?」

「陽葵は鈍いなぁ。流生なら2学期には飛び級スキップして、2年に上がって来るよ」

「「「あっ!」」」

「気付いた?スキップした生徒は必然的にAクラスに行くのよ。私がAクラスに上がれば、2年の2学期には流生と同じクラスよ」

「でも、ルイちゃんなら、2年をすっ飛ばして3年に上がっちゃうんじゃない?」

「それは出来ても、やらないんだって。私と一緒に修学旅行に行くって言ってくれたもん」

「「「……」」」


3人が完全に沈黙した。


「ゲ、ゲームばかりしてたかと思えば、いつの間に…」

「フフン、ゲームの中でも勉強は出来るのよ」


驚いた亜里沙に向かって、完全なドヤ顔だ。


「リンちゃんはゲームの中で、ルイちゃんに勉強を教わってるの?」

「そうよ、TGOで冒険して、デートして、勉強して…」

「な、なんて羨まけしからん…」


陽葵がポロリと本音を零した。


「私もTGOの第2期クローズドβの抽選に応募するわ」

「えっ?!」


結菜が意を決したような顔で言った。


「ルイちゃん、お願い。当選したら、私にも勉強教えて。当選しなくても、オープンβから参加する。親に言って、家庭教師代もちゃんと払うから」

「わ、私もルイに勉強見て欲しい…」

「私もリンコに置いていかれたくないな」


元々3人とも勉強は出来るのだ。

1人が抜け出せば、刺激を受けて追い掛けて来るのも自然な流れだ。


「第2期が始まるのは、1ヶ月後です。その話は後にして、今は目先の宿題を片付けましょう」


流生はこの話を先送りにした。


「そうだね」

「ルイの言う通り、宿題やっちゃわなきゃ」

「うん、宿題も終わってないのに、リンちゃんに追い付くとかないよね」


気合を入れ直した陽葵達の集中力が上がった。

その様子を見た流生は、静かに部屋から出た。


「これなら、暫くは俺がいなくても大丈夫そうだな」

「流生、何処行くの?」


部屋の外までついて行き、流生に尋ねた。


「風呂洗って、飯の支度の続きする。客間から布団も出さなきゃ」

「私も手伝うよ」

「一人で大丈夫だよ。凛はみんなの勉強見てあげて。自分の勉強にもなるから」

「…ホントに何から何までゴメン」

「謝る事じゃないって言ったろ。それより、親父も麻里さんも今日帰って来ないって」

「えっ、今日も?!」

「泊まりでデートらしいよ」

「私達に気を使ったのかな」

「多分ね」


私は部屋に戻り、流生は階段を降りて行った。




「ふぃ〜、終わったぁぁああ!」


亜里沙が最後の1問を解き終えた。


「イェ〜イ」

「やったね」

「お疲れ〜」


4人でハイタッチを交わす。


「それにしても、リンコがここまで出来るようになってるとは驚いたよ」

「流生に鍛えられたからね〜」

「ルイに見て貰ったのって、夏休みだけでしょ」

「流生は教える時、容赦ないから」

「そうなんだ。でもルイちゃんって怒鳴ったりしないでしょ?」

「それは流生だけじゃないでしょ。普通は怒鳴るとかないでしょ」

「いやいやいや。リンコもウチの兄貴知ってるでしょ。アイツは直ぐ怒鳴るよ」

「そういう話、よく聞くよね。だから兄妹で勉強教わるのやだって」

「ルイちゃんみたいな子は珍しいんだよ。リンちゃん恵まれ過ぎ」



ピンポ〜ン♪


宿題を終え、4人で話し込んでいるとインターホンが鳴った。

流生が対応しているようだ。

玄関のドアが閉まる音がして暫くすると、階段を上がる足音が聞こえた。


「流生〜、みんな宿題終わったよ」

「ちょうど良かった。メシの支度出来たよ」


時刻は19時30分を過ぎていた。


「みんな集中してたから、お腹空いたのも忘れてたんじゃない?」

「確かにリンの言う通りね」

「もしかして、またルイっちの手料理?」

「ヒマリちゃん、欲張り過ぎだよ」

「ゴメンナサイ、夕飯は手抜きです」


流生に続いて、ダイニングに入った。


「うわぁ〜、ルイ、これでゴメンって意味分かんないよ」

「凄い!」

「ルイちゃん、流石にこれは申し訳ないよ」


テーブルの中央には、飯台に入った酢飯が置かれていた。

皿の上には海苔が重ねられている。

ウニ、イクラ、トロ、車エビ、シマアジ、ノドグロ(?)…、高級な寿司ネタが並んだ桶。


「手巻きにしようと思って、寿司屋にネタを届けて貰ったんです」

「「「「……」」」」

「凛、吸い物作ってあるから、よそってくれ」

「リンちゃん、私も手伝うよ」

「ヒマリ、私達はお茶用意しよう」

「うん、ルイっちはもう座ってて」


4人で椀とお茶の準備して、手巻きパーティーが始まった。


「ルイちゃん、どれ食べる?私が巻いてあげる」

「ユイナ、何抜け駆けしてるのよ」

「抜け駆けも何も、流生は私のだって言ってるでしょ」

「もう、リンコは少しくらい良いでしょ」


結菜と亜里沙が流生の世話を焼く。


「ルイっちご飯粒ついてるよ」


陽葵が流生の口元についたご飯粒をとって、お約束通りパクッと食べた。

意外と陽葵も油断出来ない?

みんな宿題が終わって浮かれているし仕方ないか?


私も今日は少しくらい、3人が流生にベタベタしても我慢する事にした。

この後、更なるカオスが待っているとも知らずに。

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