82 アイヴィーの幸せな記憶
「ん……」
アイヴィー・カスバートソンは頬に当たる水滴の冷たさで目を覚ました。私は今どこにいるのだろう?全身に強い痛みを感じて、身震いする。どこ、ここは……クリフ……どうして今一緒にいないの……心細さを感じて愛する男の顔を思い浮かべる。思い浮かべた後に、すぐに自分が置かれた状況を確認しなければいけない、という冒険者としての意識を思い出し、周りを見渡す。
今、薄暗い場所で自分が寝ていることがわかる。頬に当たる水滴は、天井から……見ると天井に大きな穴が空いており、私はそこから落ちたのか、と理解できた。
それまで廃墟を探索していた、というのは覚えているのだが……。
「うっかりしてたわね……」
体の痛みの原因を調べてみる。骨が折れているなどはないようだが、打身はひどいので、早めに治癒魔法などで治療してもらわないといけないだろう。まずは仲間と合流しなければ……。周りを見渡しても一人しかいない自分に少し不安を感じる。ここ数年、クリフが一緒にいたことで私は少し弱くなったのだろうか?
「いや、そんなことはない……はず」
自分に言い聞かせて、
「剣を信じるんだよ、アイヴィー。最後は剣が君を守る」
セプティムの優しい顔が脳裏に浮かぶ。そうですね、
大きく息を吸い、そして吐く。心を落ち着け、アイヴィーは歩き出した。
「さ、みんなと合流しましょう」
自分が落ちた場所が、廃墟の下にある洞窟であることを歩いていて理解した。どうやら遺跡か何かが村の地下に存在していることを知らずに入植したのではないか?と思うくらい、今自分がいる場所の壁や床は整えられた場所だ。
「人の手が入っているわね……」
不安から独り言が多くなる。これは子供の頃からの癖だ。
その時、前から何かが歩く音が聞こえた。
音はだんだん近ついてくる、軽い音だ。そして鎧の擦れる音。自らの眼を凝らして集中する。私の目には魔力が備わっている。暗闇の中でもある程度の光さえあれば、集中すればきちんとものを判別できる。魔力を感知したり、幻覚を見通すことすらできる。これはカスバートソン家に連なるものであれば有することができる特殊な能力、と言えるかもしれない。
クリフに使ったことはないが、多分使うと色々見えるのだろう……やたらエロいしな。母親から愛するものに使うことは不幸を呼ぶからやめなさい、と言われていて私はそれを守っている。
少し待った後、私の前に現れたのは
つまり、私たち『
私は、歩いてくる
「はっ、脆いわ」
私たちは普通じゃない。ロランもそうだが、
「この程度では……ね?」
私はものの一〇分程度で
洞窟を進んでいくアイヴィー。薄すぼんやりと洞窟内には光があるが、彼女の目や夜目の効くものでないと行動できないかもしれない。とはいえ彼女の目にも物の輪郭はぼんやり見えているだけなので、かなり辛い。時折石などにつまづいたりしながら暗闇を進んでいく。
「全く……光を出す魔法くらい勉強しておけばよかった……」
あの魔法はクリフやアドリアが得意だった……そんなことを考えながら歩いていく。ふと、今まで来た通路のことが気になって振り返る。暗い通路がずーっと続いている。
「何もないわね……」
そして前を見て、アイヴィーは目を見開いて驚いた。どこかの屋敷の通路が前に続いていたのだ。
「え?」
後ろを振り返ると、屋敷の通路が続く。どうして?今まで洞窟を歩いていたのでは?危険を感じて
ふと通路の柱に何かが刻まれているのに気が付き、近づいてその傷を見て思い出した。これは私がつけた傷。背が伸びるたびにナイフで柱に背の高さを確認していた。そう、見覚えがあるはずだ。この通路は私の……カスバートソン伯爵家の屋敷だから。
「ど、どうして……」
通路のドアがガチャリと音を立てて、一人の男性が現れる。アイヴィーの心に懐かしさが広がる。
「どうしたアイヴィー怖い顔をして、父上がお呼びだぞ」
「お兄様……」
長兄アラン・カスバートソンがそこに立っている。彼女の記憶のままに優しく微笑んでいる。
「また剣の稽古か。お前はカンピオーニのところに嫁ぐのだろう?強くなってどうするのだ」
「い、いえ! お兄様! ロレンツォはもう3年も前に死にました……」
そうだロレンツォはもう死んだ。
「何を言っているのだ、ロレンツォなら今屋敷に来ているぞ。ご挨拶なさい」
アランは訝しげな顔をしてアイヴィーに寄ってくる。これはおかしい! この記憶は……もうずーっと前の……。
「どうした? 随分と緊張しているんだな。そんな怖い顔をしていたら、彼に嫌われてしまうよ」
アランはぽん、とアイヴィーの頭に手のひらを置く。ああ、これはアラン兄様が私によくしてくれた仕草だ。この大きな手のひらを、暖かさを感じたくて、よく撫でてくれと頼んだっけ。
「さあ、行こうか」
アランはアイヴィーの手をとり、通路を進んでいく。懐かしさが勝りアイヴィーは言われるがままに剣をしまい、通路を進んでいく。やがて通路の終わりに大きな扉が現れる。そうだ、ここは応接室になっていたっけ……。
扉がゆっくりと開き……応接室に父と、厳しかった母と……カンピオーニ侯爵の姿がある。カンピオーニ侯爵はその威厳のある髭を撫でながら……微笑んでいる。
「ようやく来たか……こちらがお前の婚約者たる、次男のロレンツォだ。ロレンツォ、婚約者にご挨拶をなさい」
その言葉でアイヴィーは笑顔のまま、ロレンツォの方向へと顔を向ける。
そして凍りつく。
記憶にある、あのロレンツォの顔じゃない。山羊の仮面、
ロレンツォがそこにいる。こんな記憶じゃない! ロレンツォの姿はこんなのではなかった! 家族が皆拍手をしている、やめてやめてやめて! これは化け物! 私の元婚約者じゃない。
「おめでとう、アイヴィー。いい子じゃないか」
「アイヴィー、ロレンツォ様と仲良くね」
「こんなに立派な男性だとはね、アイヴィーよかったね」
お父様、お母様、アラン兄様何を言っているの……! 化け物がいるのよ!
「ロレンツォ、婚約者殿を大事にするのだよ」
カンピオーニ侯爵がぐにゃりと歪んだ笑顔で笑い、拍手をする。
「裏切り者、俺を捨ててあいつに走った、こんにちは俺のアイヴィー」
「い、いやああああああああ!」
彼の顔にある山羊の仮面がずるりと落ちる。耐えきれずにアイヴィーは恐怖で叫んだ。
山羊の仮面が地面へと落ちると、顔が半分溶け落ち憎しみをぎらつかせるロレンツォがそこにいたのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます