79 夢見る竜(ドリームドラゴン)

「お疲れ様でした〜」

「お疲れ〜」


 半森人族ハーフエルフの少女が笑顔でジョッキを掲げる。それに唱和して『夢見る竜ドリームドラゴン』のメンバーがジョッキを掲げていく。

「いや〜、クリフさんがついに火炎の嵐ファイアストームをまともに使えるようになりましたねえ」

 少女が魔道士にぐふふ、と悪戯っぽい笑みを浮かべて笑いかける。

「そうねえ、暴発して死にかけたのが、ちょっと前だったのにね」

 金髪の女剣士が同じように笑う……ただ、その笑顔は少し優しい感情が含まれたものだ。他のメンバーも笑いながら手に持ったジョッキから思い思いに酒を飲んでいる。


「アドリアにアイヴィーまで……ひどくないみんな?」

 クリフと呼ばれた魔道士がジョッキに入ったエールを飲みながら、二人に反論する。そう、『夢見る竜ドリームドラゴン』のメンバーには王国出身の魔道士クリフ、金髪の女剣士は帝国剣聖の弟子アイヴィー、そして半森人族ハーフエルフは聖王国の魔道士アドリアであった。あのネヴァンとの戦いから三年、彼らは一八歳となっていた。

 大学を休学して彼らは今、大荒野の都市国家デルファイで冒険者として活動をしている。


「クリフ殿は影で努力をしておりましたぞ」

 竜人族ドラゴニュート斥候スカウト、『外れの』ロスティラフがクリフを慰めながら肉を食いちぎる。ただ、その表情は人間と違って、ドラゴンのような容姿のため表情がよくわからない。そして二つ名の『外れの』は、彼が説明しないので誰も理由を知らない。

「私はクリフ殿の努力が実った、と考えておりますな」

 竜人族ドラゴニュートはこの世界にすむ知的種族の一つで、何百年もかけてドラゴンへと進化していく唯一の種族だ。ただし、ドラゴンの道を踏み外したものしか冒険者として旅をすることはないと言われる。


「とはいえ、俺たちも単眼巨人サイクロプスを討伐できるレベルになったのは良いことだよな」

 重装備の戦士……ロラン・カネがお代わりのエールを飲みながら笑う。金髪に榛色の目をしており、年齢は二〇代後半だろうか。クリフやアイヴィー、アドリアよりも年上の落ち着いた雰囲気の男性だ。


 ロランの言葉に全員が頷く。単眼巨人サイクロプスはこの大荒野においてもかなり危険な魔物の一つで、今回討伐した個体はかなり巨大だった。はっきりいえば普通の冒険者ではこのサイズの単眼巨人サイクロプスを倒すことはできない。『夢見る竜ドリームドラゴン』のメンバーの実力の高さが証明されたようなものである。

 現在、『夢見る竜ドリームドラゴン』は一年程度の活動期間だが、冒険者組合ギルドにおいて依頼達成率九九パーセントという素晴らしい成績を収める名物パーティとして知られるようになった。


「いやほんと皆がいてくれて良かったよ……」

 クリフは本心から頭を下げる。このメンバーは本当にバランスが良いと思っているのだ。防御力に優れたロラン、攻撃力に優れたアイヴィー、弓と探索の技術に長けたロスティラフ、回復や支援を担当するアドリア、そして圧倒的な火力を誇るクリフ。それぞれの能力を生かし実力を一〇〇パーセント発揮できるメンバーが揃っていると自負している。

 ……『夢見る竜ドリームドラゴン』のメンバーはそれから数時間、酒と料理を楽しんだ後それぞれ自分たちの部屋へと戻っていった。




 俺は暗い部屋の中で目を覚ました。

 隣には……恋人としてもう何年も一緒にいるアイヴィーが寝ている。身体はシーツに包まれているが、彼女の汗の浮いた寝顔と、解けた金色の長い髪がベッドに広がって……とても不思議な雰囲気を醸し出している。

 冒険の後にこうやって同衾をするようになってもう一年以上、俺たちは恋人としての関係をより深めていた。

 彼女と肌を合わせている時間に本当に幸せを感じる……アイヴィーは前世の記憶の中を探っても同じレベルのものが見当たらないくらい、最高の恋人として俺の横にいてくれている。


 彼女は初めて会った頃は細身のスタイルだったが、ここ一年くらいで大きく大人の女性としての魅力が高まったと思う。正直いえば、他の冒険者が下心丸出しの目で彼女を見ることに対して俺自身が嫌悪感を感じるようになってしまっており、彼女への依存が強くなっていることを感じている。


 彼女の白い頬に軽く手を這わせる。

「ん、うん……っ」

 手が触れると少しピクリと動く彼女を見てちょっと悪戯をしたくなり、シーツに隠れている彼女の体に手を這わせる。とても滑らかな手触り、絹のような滑らかさというのだろうか? 手の動きに合わせてアイヴィーが少し体を震わせる。

 その手の動きに気が付いたのか、アイヴィーが目を覚まし……俺を見つめる。


「なあに? まだ足りないの?」

 少し甘えたような声で俺に問いかけるアイヴィー。彼女はそっと俺に体を寄せると、密着した体に彼女の柔らかい胸の感触が触れ、俺の鼓動が少し高鳴る。

「ん? アイヴィーが可愛いからね」

「……ばか……」


 恥ずかしそうに俺の目を潤んだ瞳で見つめるアイヴィー。軽く唇どうしを合わせ、飽き足りない欲望を感じた俺は彼女の唇を割って俺の舌をアイヴィーの口内へと侵入させる。

 舌を絡めて、彼女の口内を蹂躙していく……とても強引に、でも優しく、そして強く。

「んっ……」


 切なそうな吐息が漏れ、アイヴィーが俺の背中に腕を絡めていく。唇を離すと唾液の橋がお互いの口にかかる。

「愛してる……ずっと……抱きしめて」

 アイヴィーの懇願に応じて俺は彼女を抱いたまま、再び彼女を仰向けに寝かせる。再び唇を重ねる。

 娘を傷物にするな、そんな言葉を数年前に聞いた。すいませんお義父様、僕は今お嬢様と愛しあっています。でも……正直溺れてしまいそうなくらい、あなたの娘さんは素晴らしいです。もう手放せないかもしれません……。

 切なそうなアイヴィーの表情を見ながら、俺は欲望のままに彼女の裸体を隠しているシーツを剥ぎ取っていく。

 ああ、俺は……。




「アドリア殿は苦ではないのですか?」

 まだ酒場で酒を楽しんでいたロスティラフがジョッキのエールを飲み干すアドリアに話しかける。

「んー?何のことですかぁ?……クリフさんとアイヴィーのことですか?」

 ここまでかなりの酒量をこなすアドリアはかなり酩酊しており、少し据わった感じの目をロスティラフへと向ける。頷きながら、やれやれ……といった感じでロランを探すが、すでにロランはこの場にいない。

「ロランさんはもう娼館へ行っちゃいましたよ、入れ上げている子がいるんだそうで」


 アドリアがからからと笑うと、ふと寂しそうな顔をしてぽつりと呟く。

「私も……正直いえば、そうして欲しいと思ってますよ、でも約束なんです」

 アドリアがジョッキをお代わりして、そのジョッキに入ったエールを軽く煽る。

「クリフ殿やアイヴィー殿のような人間や、アドリア殿に代表される森人族エルフなどの種族は複雑ですな」

 ロスティラフは何本食べたか忘れてしまった肉を再び口へと入れる。

「私は竜人族ドラゴニュートですからな、我々はそもそも卵生でして、愛し合うとおっしゃるものがよくわからないのです。生殖行動である、というのは理解しておりますが」

 人間の行動は理解ができませぬよ、とジョッキのエールを煽って飲み干す。エールは最高だ、禁欲を美徳としている竜人族ドラゴニュートである身でも、この飲み物は素晴らしいと思う。


「ここだけにして欲しいですけど……たまにクリフさんと会ってて……順番だから良いんです」

 その言葉に訝しげな表情……とはいえ目元でしかわからないが、ロスティラフが表情を浮かべてアドリアを見る。アドリアがジョッキに入った残りのエールを飲み干すと、薄く笑う。

「乙女は秘密が多いんですよ、ロスティラフさん。クリフさんは案外エロ魔人なので少し揺すったら……簡単でしたよ」

 座った目のままジョッキの中身を見つめるアドリア、かなり酔ってるな、とロスティラフは判断した。


 ロスティラフは軽く酔いを覚ますかのように頭を振ると、ゆっくりと立ち上がる。

「もう休みましょうか、明日も早いですから……それとアドリア殿をちゃんと部屋まで送らないと、私が怒られますので」

 その言葉に頷いて、アドリアは笑いながらロスティラフに手を差し出す。


「では、乙女を守る護衛に送っていただきますね」

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