72 塵は塵に(ダスト・トゥ・ダスト)
「お待ちしておりましたよ、使徒よ。私はネヴァン、魔道士です」
村に入ってすぐ、黒いローブの女魔道士が出迎えてきた。武器を構えて警戒する俺たち。フードを目深に被ったその顔はよく見えず、ニタリと笑う口元だけが印象付けられている。
「
「まずはお話をしましょう……こちらへ」
ネヴァンは恭しく頭を下げる。
俺たちを廃墟となった村の広場へと誘導し、歩き出すネヴァン。よく見ると恐ろしく背が高い、一般的なこの世界の女性はネヴァンの胸の高さくらいしかないのではないだろうか?戦士階級の女性で一部このくらいの身長のものがいるくらいだ。かなり珍しい。そしてローブ越しでもわかるくらいのプロポーションだ。
「クリフ。人の気配が無さすぎるわ」
アイヴィーが警戒を解かないまま歩いている。トニーもその言葉に頷く。
「離れの方に人のようなものを感知しましたが、全く動いておりません。それ以外はこのネヴァンというものしかここにはいないようです」
感知魔法でトニーが周囲を索敵していたようだが、確かにあまりに静かすぎる気がする。村に住んでいた人たちはどこにいるのだろうか? それまでの生活の形跡すら、もはや灰になっているのか。
「さて……こちらで良いでしょう」
ネヴァンが広場の中心にたち、こちらへ振り返る。フードをあげると、薄桃色の長い髪と彫刻のような美しい顔が現れた。しかしその目は……金色の山羊のような目をしており、不規則に左右の目が回転しているのだ。
「うっ……」
あまりの不快感にアイヴィーが口を押さえる、人間の目ではない。明らかに
「私は
ネヴァンは手を広げ、自己紹介を改めて行い不思議な目を俺たちに向けて問い始める。
「ゲームから降りる?どうやって」
「それはそうですね、美しい令嬢とそこの少女を連れてどこか遠い国に行って欲しいですね」
ニタリとアイヴィーと……アドリアを見て笑うネヴァン。その目を見て、怖気付いたようにアドリアがびくりと震える。蚊帳の外になってるトニーはどうするんだよ。
「それでお前らはどうするんだ?」
「魔法の研究を続けます、もちろん人体実験も込みで。楽しいですよ、人は変化すると本性が出ますので」
獰猛な笑顔で長い舌を出し、舌なめずりをするネヴァン。ああ、やっぱりこいつはクソ野郎だ。
「断る、ロレンツォは確かに嫌な奴だったが、それでも人として
杖を突きつけてキッパリと告げる、そうだロレンツォだって普通に人生を送る権利やチャンスがあったはずだ。もしかしたら和解だってできた可能性すらある。チャンスも与えずに、こいつらは堕とし、玩具にしてしまったのだ。
「俺はお前らを許さない……許す気はない」
その言葉を聞いて、ネヴァンがくすくすと笑う。
「それは重畳……では私を殺しますか?」
両手を広げて挑発をするネヴァン、ニタリと笑うその歪んだ笑顔がアルピナを連想させる。やはり
手を広げたままネヴァンはゆっくりと近づいてくる。どういうことだろう?魔道士であれば接近戦は避けるもの、という常識を考えるとこの行動は不可解だ。思いも掛けない行動に全員が混乱して硬直する。
「さあ、私は無防備ですよ? 正義の使徒として私を殺さないのですか? クフフ……」
ネヴァンが笑顔で近づいてくる。誰も動くことができない……。そしてネヴァンは俺の眼前まで迫る。あまりに無防備すぎて俺も動くことができない。
「お優しいですね……少し好きになってしまいそうです」
値踏みするように俺を見つめると、歪んだ笑顔のまま、俺の頬を突然長い舌で撫でるネヴァン。唐突な行動だったので反応できなかった……全身が総毛立つ。慌てて飛びのいて距離を取る。撫でられた頬に感じる涎の冷たさ、そして恐ろしいまでの不快感、寒気を感じて顔が歪む。
「ちょっと! 何してるの!」
「何してるんですか!」
アイヴィーとアドリアがほぼ同時に声を荒げて怒り……そして思わず二人が目を見合わせてキョトンとする。自分が何に怒っているか自覚して、アイヴィーから目を逸らして赤面するアドリア。やっちまった、という苦い顔をしている。
「……っ!」
が、すぐに気を取り直してアイヴィーが
「ガエタン好みの戦士ですね、さすがですよ」
クスクス笑いながらネヴァンは俺たちに手を差し出す。細く滑らかな指だ、完璧な造形といってもいい。ただ……若干作り物のような印象が否めない。
「でも……強いだけではダメなのですよ」
不気味すぎる笑いを浮かべて、ネヴァンの姿がかき消える。どこへ行った?!と慌てて周りを見るがすぐに見つけられない。
「えっ?」
アドリアが驚いたような声を出す。アドリアを見ると、ネヴァンが彼女の背後に立っており、その細い肩に手を乗せていた。咄嗟のことにアドリア以外全員の動きが鈍った。恐怖からゆっくりと背後を見るアドリア。
「あなたは……弱い心だわ」
ネヴァンは無理矢理にアドリアの頬を掴むと獰猛な笑顔を浮かべ、突然アドリアの唇を奪った。
「ん! んんーっ!」
抵抗するアドリアの唇をこじ開け、口内にネヴァンの舌が差し込まれ口内を舐る。驚きと困惑で顔を真っ赤にしてネヴァンの胸を叩き、涙を流しながら逃げ出そうとするアドリア。その後一瞬びくりとアドリアの体が震えると、そのまま放心したように動かなくなり、崩れ落ちる。
「アドリア!」
アイヴィーが急いで駆け寄り、突きを繰り出すが……ネヴァンは避けようとすらしない。両手を大きく広げるネヴァン。
「……塵は塵に……クハハハハ」
笑顔のまま、口から血を流しネヴァンの姿がゆっくりと崩壊していく……ぼろぼろと音を立てながら、
「アハハハハハハ! アハハハ!」
狂ったような高笑いと共にネヴァンが塵と化し、姿を消す。それまであった気配が全く無くなり、沈黙だけがその場に残る。耳には不快な高笑いがいつまでも聞こえているような余韻が残っている。
「た、倒したのか?」
「気配がなくなりましたな……」
「クリフこっちきて! アドリア……しっかりして!」
アイヴィーの叫びでハッと気がつき、二人の方向を見る。アイヴィーに抱えられたアドリアがぐったりとして動かなくなっている……。
「ア、アドリア?」
まさか、とは思ったがよく見ると胸の上下動で、アドリアが辛うじて生きていることがわかる。
「や……やめて……私に…そんなの…見せないで……」
アドリアの口から呟きのようなものが漏れ出す。
「毒か? くそっ……とりあえず休ませる場所を探そう」
村の中にはまだ焼けていない家もあるかもしれない、まずはアドリアの治療が優先だ。俺はアドリアを抱えて動き出す。
抱えられたアドリアが呟き続ける。
「助けて……クリフ……怖いよ……」
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