66 アドリアの誘惑と後悔

 聖王国は比較的森と平地の多い土地柄だ。


 開拓もきちんとされており、街道も整備されている。石畳とかではないが。こういった部分はローマの道路敷設って実はすごい事業だったんだな、と改めて思うわけだが、今歩いている道もそれなりに快適に歩けている。

 コレットがいたヘント村は街道から少し逸れた森の中にある辺境の村、ということで多少不便な場所にあるようだ。それもあって攻撃対象となってしまったのだろうか。


「国境沿いに近いんだったっけな」

「そうですね、地図上では大荒野の近くですね。通商路上ではないので隊商が通るわけでは無かったようですが」

 アドリアが地図を片手に場所を説明してくれる。聖王国の西側には大荒野と呼ばれる不毛地帯が広がっており、そこには西方諸国との交易路が続いている。交易路は複数あるが、有名な道の途中には冒険者の集う都市国家デルファイが存在する。

 大荒野……名前だけ聞くと不毛の地のように聞こえるが、実際はただ単に開拓が全くされていない場所がぽっかりと西方諸国の間に広がっているのである。理由はいくつかあり、強力な国家の樹立が難しかったこと、神話時代の戦争で人がすまない土地になったこと。そして混沌だけでなく蛮族、さまざまな魔物の天国と化した無法地帯だからだ。

 冒険者にとってはまだ見ぬフロンティア、であるため冒険者が今一番稼げる都市として、デルファイは注目されているのだ。なので、個人的にも大荒野での冒険、というのはやる価値があると思っている。


「ところで今日は野宿になっちゃうかな。川沿いとかに移動しようか?」

 ヘント村まではあと一日ちょいかかるのでどこかで休まないとダメだろうな。街道沿いに村や街はもうないので、野宿しかないのだ。

「じゃあキャンプ張れる位置まで移動しましょう」

 皆で街道を少し逸れ、川の方へと移動する。地図上では少し小さめの川が記載されているのだ。




 キャンプに適した場所を確保し、野宿の準備を始める。テントや寝袋、篝火などを一纏めにしている冒険者基本セット(名称は千差万別だが、俺はこう略している)はこの世界では常識のような装備で、家庭にも1個、冒険者一人に1個というのはお世辞抜きでも必需品となっている。冒険者組合ギルドに加入すると、まずこれを購入させられたのには閉口したが、理由もちゃんとあって野宿一つできないで荒野に放り出すと100%帰ってこないという現実もある。

 これのおかげで生きて帰れました! というのはビギナー冒険者の口癖のようなものだ。


 そして俺は薪を拾っている……はずが、こっそり忍び寄ってきたアイヴィーに悪戯されている最中だった。

「お、おい……何してるんだよ」

「最近一緒にいれなかったから……だめ?」

 アイヴィーは俺の首に手を回して少し期待する目で俺を見る。アイヴィーも最近こういう甘え方が増えた。本来の彼女はこっちなんだろうなあ、と思いつつアイヴィーの唇を啄むように、自分の唇で軽く触れていく。

 そして強引に舌先を唇の間に差し入れ、彼女の舌へと絡めていく。頬を染めて、吐息が漏れ、俺を見つめるアイヴィーの目が潤む。ああ、やっぱり可愛いな。軽く口元から唾液が漏れ出し、筋を作っていく。唾液を拭き取ることもせずに舌を絡めていくアイヴィー。

「んっ……大好きよ、クリフ……」

「アイヴィー……」

 集めていた薪を落とした俺は、近くの木にアイヴィーを押し付け、思うままにアイヴィーの口内を舌で蹂躙していく。アイヴィーが背中に絡めた両手に力を込め体を密着させて、強く俺の舌を絡め取る……吐息が艶かしく漏れ出す。唾液まじりの舌が絡む淫猥な音と、二人の荒い息以外には音は聞こえない。

 俺たちは十分満足するまで、お互いの唇を貪った後キャンプに戻ることにした。




 晩御飯を食べ、多少みんなで談笑したのち、見張りに俺が立つことになった。野宿していても結局獣や魔物がいる野外で寝ていることは変わらないので、交代で見張りを立てることには変わりがない。これをサボって獣に食い殺されました、というのも案外旅行者の間ではポピュラーな死因だったりもするわけで。

「クリフさん……」

 みんなが寝静まっているはずの時間にアドリアが起きてきて俺に話しかけた。

「ん? 寝れない?」

 軽く頷くアドリア。寝れないなら寝れるように飲み物とか渡さないとな、と睡眠導入効果のあるハーブを手持ちから探してお茶にしていく。金属製のカップを出し、そこにお茶を入れて渡す。


 黙ってお茶を受け取り、お茶を飲み始めるアドリア。

「あ……すいません」

「熱かったら少し冷ますよ」


「やっぱり優しいですね、クリフさん」

 にへら、と俺に屈託のない笑顔を向けるアドリア。ちょっと幼い感じの印象だけど、間近で見るとかなりの美少女なんだよねえ、出るとこちゃんと出てるし。ベアトリスの記憶もあるけど、半森人族ハーフエルフを見ると、子供の頃にベアトリスに感じた淡い恋心のようなものを思い出して胸がちくり、と痛む。

「どうしました?」

 アドリアがちょっとだけ陰った俺の顔を見て心配そうに覗き込む。


「あ、いや実は……」

 子供の頃にセプティムが連れてきた半森人族ハーフエルフの魔道士ベアトリスの話をすることにした。興味深そうにその話を聞いてくれるアドリア。

「そっかー……クリフさんの初恋はその半森人族ハーフエルフなんですね」

「そうかもね。まだ子供の頃だったんでいまいち認識してなかったけど……」

 笑いながらそう答えたが、今実際考えてみるとどうなんだろうなあ、と少し悩む。初恋か……精神的な部分を考えると、初恋だったのかとても悩むところだ。


 しかしその答えを聞いたアドリアの反応は違った。

「クリフさん……もしかして、私も彼女に立候補できるんですか?」

「え?」

「だって半森人族ハーフエルフが初恋だったんですよね?」

「はい?」

「私半森人族ハーフエルフですよね」

「そうですね……?」

「そうですかあ……なら立候補しちゃおうかなあ?」

「え?」


「いいんですよ、私アイヴィーがいても……クリフさんにとって都合がいい女でも……」

 少し悩ましい顔でサラッととんでもないことを言い始めるアドリア。少しだけスカートの裾をチラッと上げて、白い太ももを見せつけるように……えええええ、ちょっと。その言葉と行動、そして太ももの滑らかさにドキッとする。だって男の子だもん、都合がいい女でもいいって言われちゃったら心が動くのは仕方ないの。太ももの奥を想像してしまい、少し自分が期待してしまっているのがわかる。


 そして……アドリアがしなを作るように俺の胸にもたれかかると俺の頬に手を沿わせる……少し上気した頬、潤む緑色の瞳、少女のような可愛らしい外見の中に大人の色気を感じさせる。胸の膨らみも控えめだが、柔らかな胸を俺に押し当てている。アドリアはゆっくりと俺に顔を近づけ……急に笑い出した。

「びっくりしました? ねえねえ、ドキッとしましたか?」

 なんだ〜、びっくりしたけど冗談か。ドキッとしちゃった自分に少し恥ずかしさを感じる。と同時になぜこんなこと言い出したのか少しだけ疑問に思う。

「びっくりしたよ……」

「あはは、でもクリフさんが私の太もも眺めた時の目付き……いやらしいですよぉ」

 全く……心臓に悪いなと思いつつ、見回りをするために立ち上がる。

「冗談にしても人が悪いなあ……俺頭冷やしてくるよ、早めに休んでね」

 立ち上がって見回りを始めるクリフ。その後ろ姿を見て、少し寂しそうに見送るアドリア。


「……私……なんで今頃後悔してるんだろう……」

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