63 痛いですぅー、やめてくださいお義父様
カスバートソン伯爵とフィネル子爵は少し高台に建設された夜景の綺麗なレストランで食事をとっていた。
彼らの周りには帝国兵が護衛としてついているが、彼ら自身からすると
「あの剣を娘に渡したのか」
「はい、アイヴィーはあれを受け取っても良い、と僕が判断しました」
「そうか……もうそんな歳なのだな」
伯爵は赤ワインの入ったグラスを傾け、芳醇な香りと少しスパイシーな舌触りを楽しみつつ聖王国産のワインも悪くないなと考えていた。そんな様子を見ながらフィネル子爵=セプティムは笑顔で続ける。
「あの子に足りないのは実戦経験の数です。冒険者としての能力はクリフが補えます……心を許せる仲間、恋人としてもね」
「ぐ……言い直したな。正直いうならアイヴィーがあの涙と鼻水を垂らしていた小僧の妻……というのは考えたくないな」
「でも、選択肢はアイヴィー本人が決めるべきでしょう」
セプティムはフォークをふらふらと振りながら、伯爵に笑いかける。あまりお行儀の良い行動とは思えないが、この男だから許されている行動かもしれない。
伯爵は苦々しい思いでワインを傾け……少し香りが強すぎて、舌触りが好きになれないな、と先ほどまで高評価だったワインの評価を改めた。
「ワインの味が変わったのは、伯爵のお気持ち一つですよ」
セプティムがそんな心を見透かすように笑う。本当にこの男は不思議な男だ。
もともとは西方の騎士領に生まれ、下級貴族の子弟として何不自由なく暮らしていたそうだ。冒険者になったのも気まぐれで、各地を旅する間に恐ろしいほどの才能を発揮するようになった。人生で二度
さらに帝国に戻ってくる前に、地方の戦乱で敵方の兵士一〇〇人を一晩で斬り伏せ、
帝国に戻ってから、旧知だったカスバートソン伯爵領へと招聘され、アイヴィーやロレンツォの師匠として剣を教え、とある小規模な動乱で活躍。その活躍を見た帝国皇帝が直接子爵としての地位と領地を与えた。
正直に言えば血筋と抜擢された方法が方法だったため、今でもセプティムへの偏見は帝国貴族内には強く残っている。下賤な冒険者あがり、とか人殺しで成り上がった殺人鬼など。彼の陰口を叩くものも多い。
「フィネル子爵、私は良い父親でありたいと願っていた。娘が女性として他家に嫁ぐ、それが幸せなのだと」
伯爵が少し感傷的な瞳になって独白をし始める。セプティムはあえて無言で聞き役に回る。
「娘が自分で恋心を抱いた男と、一緒にいたい、と言われるとは思ってなかった。あの瞬間まで」
まあ、そうだろうな。とセプティムは思った。貴族令嬢にとっての幸せは家のために尽くすこと、政略結婚で家の名を存続させること、そして嫁ぎ先の主人を支え政治的に盛り立てることだ。
「でもあの子は……うう……よりにもよって魔道士の男と……」
「まあ、あの子は私に剣を教えてくれ、といってきた時から貴族令嬢の枠には収まらないな、と思ってましたからね」
その時のことはよく覚えている。今でもはっきりと。
五年前……。
「私に剣を教えてください!」
逗留先の伯爵家で、たった10歳の少女が急にそんなことを言い出したのでセプティムは困惑していた。
「なぜ?君は貴族令嬢として将来が約束された身だ。剣に没頭することは必要では無いだろう。それに父上からも剣を教わっていたはずだ」
「それでは不十分なのです! 私はもっと強くなりたい! 父上よりも……この国の誰よりも」
その目はキラキラと輝いていた。ああ、僕にもこんな時期があったな。剣士として身を立てる、そんな純粋な願いを込めた目だ。
「……父上より強くって……将来父上を守るためかい?」
「それだけじゃないですよ、未来の旦那様も領民も剣で守ります!」
強い意志を感じる目だった……多分今のセプティムよりも強い意志、もしかしたらこの子は……。
「セプティム……」
ベアトリスがその様子を見て、セプティムに相槌をうつ。ベアトリスは多分頼まれたわけじゃない。彼女の意思が本物だと言いたいのだろう。それくらい覚悟は決まっているということか。
「ああ、もうっ。君らは連携しているのか……ベアトリスがいうなら仕方ないな。厳しいからな」
「はい! よろしくお願いします!」
翌日からセプティムは彼女に剣を教えることを決めたのだった。
グラスからワインを空けて、軽く注ぐ。
「まあ、最近は
セプティムはグラスから軽くワインを飲むと、悲しそうな顔をしている伯爵に語りかける。
「巣立ちの時が来たのでは無いですかね?道筋を僕らが決めてしまう、のはいささか傲慢だと思いますよ」
伯爵は図星を突かれたように、咳き込むとグラスから少し荒くワインを飲む。
「私は今更後悔してるよ、あの子が剣を習いたいと言い出した時に了承したことや、当初渋ってた君が剣を教えてしまったことも……そしてあの子がロレンツォを負かしてしまって拗れたことも」
「ははは、でもその剣が結果的にあの子を守っていますよ。そしてその剣は彼女の信じる道を指し示しているんです」
セプティムは笑いながら伯爵に告げる。
「あれだけの危険を乗り越えている。素晴らしい才能ですよ」
ふう、とため息を再びつく伯爵。その様子を見てまあ、納得はしてないだろうが、黙ってるしかないだろうな、と考えてセプティムはニコニコ笑う。
「とは言え、僕らがここに残っているのは良くないですからね、早めに退散するとしましょう」
「そうだな……領地の経営にも差し障るだろう……」
それから数日経過し、事後処理が終わった伯爵とセプティムは帝国へと帰っていった。
「クリフ、いつか帝国に来てくれ。家族を紹介したい」
セプティムが俺に手を伸ばしそう告げる。俺も笑顔で握手を交わし、必ず行きます、と伝えた。
伯爵はアイヴィーと別れを惜しんでいたが俺の視線に気がつくと急にこちらに向かってきた……顔はかなりお怒りの様子で正直どうしようか迷ったが、戸惑っていると意外にも握手を求められた。
「クリフ君……色々とすまなかった。アイヴィーを守ってくれると嬉しい」
「は、はい! ……って痛っ」
そして伯爵は笑顔のまま俺の手を握る手に力を込め、俺だけに聞こえるように小声で話す。
「忘れてないだろうが、もう一度言う。あの子を傷物にしたり、悲しませるなよ」
笑顔のままギリギリと手に力を込める伯爵……痛いですぅーやめてくださいお義父様。そして伯爵は手を離すともう一度俺の横へと立ったアイヴィーに向かって話し始める。
「アイヴィー、そのうち領内へ彼を連れてこい、良いかこれは父としての命令だ」
「承知いたしました、お父様」
アイヴィーがスカートの裾を持ち上げてお辞儀する。下を向いていたが、顔が完全に緩んでいるのを俺は見逃さなかった。お辞儀をしてアイヴィーに軽く尋ねる。
「な、なあ? 領地へ連れてこいってのは?」
アイヴィーが赤い顔で俺をみると、とても……今までになかったような笑顔で俺に微笑んだ。
「あなたとの婚約……交際を認めてくれるってことなのよ」
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