48 堕落の落胤(バスタード) 02

「いたぞ、なんだあれは……」


 マックスが絶句する。堕落の落胤バスタード……その怪物は冒涜的な何かだった。顔には山羊を模した悪魔の仮面を被っていて、上半身に複雑な紋様が刺青のように刻まれ、複雑に蠢いている。そしてその上半身は、複雑かつ出鱈目に生えた手足を不規則に生やす肉塊に生えている。肉塊は生えた手足がバタバタと蠢き、肉を擦り、血を噴き出しながら進むのだ。仮面で顔は見ることができないが、ぐぐもった声、悲鳴か慟哭のような不気味な声をあげながら、こちらに向かってくる。


「うっ……なんですかあれは……」

 アドリアがあまりの醜悪さに吐き気を覚えたらしい。口元をおさえながら対峙する。

「なんなのこれは……」

 アイヴィーも顔を歪めて刺突剣レイピアを構えた。この場にいる全員が同じ気持ちを抱いている。そう、嫌悪感を感じるレベルの醜悪さ、それがこの堕落の落胤バスタードの印象だった。想像以上の悪夢、という言葉でしか表現できない。


 悲鳴のような声をあげて堕落の落胤バスタードが叫ぶ。その声すら嫌悪感に満ちたものだ。複数の腕が伸び、俺たちに向かってくる。

「食らったらやばい、避けるんだ!」

 俺の言葉に反応してパーティが攻撃を避ける。アイヴィーが避けざまに刺突剣レイピアを振るい、腕を切り落とす。刺突剣レイピアで腕を切り落とすのは達人レベルの技だ。


 パーティの反撃が堕落の落胤バスタードに向かう。が、堕落の落胤バスタードは避けることすらせず、叫ぶ。血飛沫と魔法による爆光が肉塊を包む。ちぎれた四肢の断面が盛り上がり、再び新しい腕や足が出鱈目に生えてくる。

 悲鳴とも泣き言も取れる声を叫び続ける堕落の落胤バスタード。そこで少し違和感を感じる、なんだろうこの違和感、痛がっているのだろうか?


 堕落の落胤バスタードが複数の腕を振り回して俺たちに襲いかかる。その緩慢な攻撃を避けて、魔法による打撃を打ち込む。

「<<炎の槍ファイアランス>>!」

 炎が肉塊の表面を焦がすが、焦げた表面は黒い泡と共に手足を増やし増殖していく。が、増殖の速度は少し遅い。

「炎の攻撃は増殖が鈍ります! 火属性の魔法で反撃を!」

 判明した弱点を叫んで伝える。こういった情報共有は冒険者時代に散々行った行動だ。


 声に反応したマックスが炎魔法に切り替え、堕落の落胤バスタードへと撃ち込む。さらにアイヴィーも炎の武器ファイアウェポン刺突剣レイピアに炎を纏わせ斬りつけていく。

「私の支援魔法で強化しますぞ!<<力の祝福ストレングス>>」

 トニーがポージングをキメると、セロンの体がぼんやりと光り輝く。セロンもその勢いのままに戦斧バトルアックスを振り回し、次々と伸びてくる手足を叩き落としている。

 プロクターが弓の精密射撃で仮面を狙うが、その攻撃は振り回されている腕によって防がれてしまう。腕に突き刺さった矢を乱暴に引き抜くと、さらに威嚇するように叫び声をあげる。


 接近戦では分が悪いと判断したのか堕落の落胤バスタードの上半身が腕を振るうと、そこに炎の球体がいくつも生み出される。

火球ファイアーボール?!しかも複数発動だと!」

「範囲魔法です!我が魔力よ、仲間をその邪なる攻撃より守り給え!<<魔法の障壁プロテクション>>!」


 アドリアがそれを見て魔法の障壁プロテクションを展開する。この魔法は魔法攻撃のみに反応して防御する魔力の結界を展開する魔法で、魔法の盾マジックシールドが単体展開なのに対して障壁の名の通り、ある程度広い範囲を指定することができる。アドリアの魔法の障壁プロテクションは魔力の展開もさながら、かなり頑強なものになっているのがわかる。


 火球ファイアーボールが次々と撃ち出されるが、魔法の障壁プロテクションにぶつかるとその場で爆発し四散していく。普通に直撃でもすれば腕の一本や二本はもげるくらいの威力がある爆発だ。放った火球ファイアーボールが俺たちに届く前に爆発したのを見て、堕落の落胤バスタードが少し考えたような仕草をするが、すぐに叫び声をあげて肉塊に生えた腕をアイヴィー目掛けて振り下ろす。

 が、見当違いの方向へと腕を振り下ろし地面を叩く。


「やらせませんよ!」

 クレールさんによる幻惑魔法、影の衣シャドウベールがアイヴィーをつつんでおり、その輪郭がぼやけるように歪む。この魔法は対象の姿を歪ませ、誤認させる魔法だ。平たくいうと攻撃を当てにくくする。一度この魔法を使う盗賊と戦った時本当に厄介だったのを覚えている。

「先輩ありがとう!」

 アイヴィーが刺突剣レイピアで振り下ろされた腕を焼き切る。悲鳴をあげて堕落の落胤バスタードがもがき苦しむが、すぐに別の場所から手足が生え始めていく。


「こんな……なんてひどい……うぐっ」

 その様子を見てアドリアが気分を悪くしたのか、口元を抑える。

「アドリア大丈夫か?」

 アドリアが吐き気を堪えるように咳き込むと、再び前を向いた。

「だ、大丈夫です。当分お肉は食べれそうにないですけど」

 同感だ。とにかく醜悪な外見なのだ、そして千切れた箇所から血が噴き出しながら、新しい手足が生えてくる。またその際の匂いもひどい、いわゆる肉が腐ったような刺激臭が鼻をつく。前衛の二人も気分が悪そうな顔をしている。後衛の俺たちですら吐き気を感じているのだから、二人への影響は甚大だろう。

 再びちぎれた手足が刺激臭とともに、もりもりと生えていく。


「しかし……この生命力は一体どうやって……」

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