閑話

第84話 後日談 富沢商会

地球からダンジョンが消滅し、加護持ちから刻印が消え、カオスサーガは解散した。とはいえ、そのメンバーが散り散りになった訳ではない。権田商会改め、富沢商会の社員として働いている。


山梨県の山中に広大な敷地を持つ富沢商会は産廃業者だ。久しぶりに足を踏み入れると、一部の社員は俺に気付いて会釈をする。律儀なことだ。


看板の掛け変わった事務所のドアを開けると、一際身体の大きな男が一番に立ち上がり、ヒョコヒョコと歩いて来た。


「ボス。お久しぶりです」


「ここのボスはお前だろう。富沢」


「ほほほ。これは染み付いた習慣なのですよ」


富沢の様子に気付いた社員たちがビシッと立ち上がり、直角に礼をした。


「富沢の教育か?」


「社長は私、富沢。ボスはボスです。これは譲れません」


「まぁ、仕方ない」


カオスサーガの後半は面倒臭くなって完全に顔出しで指揮していたからな。実質的に俺がカオスサーガを率いていたことは公然の秘密だった。


「で、ボス。今日はやはりあの件ですか?」


「そうだ。奴は何処にいる?」


「……案内します」


そう言って富沢は歩き始めた。



#



「入ってまーすうう」


特務課と書かれたドアを富沢がノックするも、返ってくるのは気の抜けた返事だけだ。開く気配はない。


「目々野!ボスがわざわざいらっしゃったんです!さっさと開けなさい」


「富沢さん、合鍵持っているでしょうう?勝手に入ってくださいようう」


目々野は相変わらずだ。


「全く……」


富沢は舌打ちをしながら鍵の束を出し、特務課のドアを開けた。


「……お、お久しぶりですうう」


特務課の中身はまるでズボラな独身男性が暮らすアパートの一室のようだった。その中で布団から顔だけ出した目々野が面倒臭そうに言う。


「元気そうだな。目々野」


「……お、お陰様で」


「俺が何故来たかわかるな?」


「……あ、会いたくて?」


「そうだ。何故かいまだにスキルを使える目々野に会いたくてな。目々野、早速スキルを使ってみてくれ」


「……今日ですか?」


「悪いが、日帰りの予定だ。今すぐ速やかにスキルを使え」


観念した目々野がもそもそと布団から這い出し、ちゃぶ台の前で胡座をかく。


「スキルと言っても前に比べたら効果は弱いですしー、使うにも条件があるんですようう」


「ほう?どんな条件だ」


「ぼ、僕の身体にこのカブトムシがとまってないと、スキルは使えないんですようう」


そう言う目々野の身体にカブトムシがとまっている様子はない。


「何処にカブトムシがいるんだ?」


「……ボスなら見えると思ったのに……」


目々野は少し残念そうにする。


「富沢は見えるのか?目々野が言うカブトムシを……」


「残念ながら私にも見えないんですよねぇ」


富沢も首を捻る。


「……じゃースキルを使いますよううー【水生成】」


ちゃぶ台に置かれたガラスのコップが俄に水で満たされた。


「水を飲んでいると、しばらく食事しなくても平気なんですようう」


流石、かつて怠惰の神様の加護を授かっていた男だ。怠けることに余念がない。


「目々野、そのカブトムシはいつからお前の身体にとまるようになった?」


「……刻印が消えた頃ですうう」


「なるほどな。もう布団に戻っていいぞ」


「……ありがとうございますうう」


異世界の残滓を感じながら、俺は特務課を後にした。

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